第28話 交渉


 兵士や奴隷を率いて、お咎め様の森の奥深くへ潜る。それが遠征作戦だ。



 1年後のそれに、メリーも連れて行かれてしまうらしい。



「必ず死ぬ……?」



 アイネは頷く。



「奴隷がどうして連れて行かれると思う……? 囮よ、囮」



 お咎め様の森には、危険な原生生物が生息している。兵士の生存率を上げるには、奴隷を囮として活用するしかないという。



 囮以外にも、未知のきのこや果実、野草を食べさせる等の使い方もあった。



「アルトラル王国の兵士より、奴隷の命なんて何百倍も安いのよ」



「それはそうだろうな」



「今回の遠征作戦は、いつもより大掛かりなの」



「知っている。だが、必ず死ぬなんて、本当に言い切れるのか?」



 アイネは暗い顔になって答える。



「アンタが生まれる前……ファイさんもカタリナ村に来たばかりの頃──」



 ファイがカタリナ村に来たのは、キャビーを孕む少し前である。アイネが今から言うそれは、約8年前にあたる。



 アイネが1歳の時だ。



「同じような規模の遠征作戦があったの。参加した奴隷は全滅した。兵士も数人死んだわ──凄く悲しかったのを、覚えてる」



 アイネは続ける。



「小規模な遠征なら、今まで何度もあった。5年間で獣人は僅か2名を残して、総入れ替えになった──分かる? 全員死んだのよ」



 キャビーは、奴隷に思い入れはない。

 彼女の深刻な表情に対し、適当な相槌を取る。



「ちょっと、ちゃんと聞いてるの!?」



「ああ、聞いてる聞いてる。それで?」



「だ、だから……必ず死んじゃうの、メリーは」



「それは分かっている。その続きは?」



「え? ……な、ないけど」



 その瞬間、風呂場は鎮まり帰った。



 アイネは気不味くなって自身の鎖骨を数回なぞり、遠くを見るキャビーの視線を追った。



 すると、彼は立ち上がる。



「母上に解決したって言ってくる」



 告げた後、浴槽から出ようとする。



「──え!? ……ま、待ってっ!! ちょっと待ってよ!!」



 アイネは瞬時に彼の腕をひっ掴んだ。

 縋るように手繰り寄せる。



「まだ何も解決してないじゃない!! 話聞いてたの!?」



「話はあれで終わりなのだろ? 母上に言ってくる」



「──っ!? 待ってって!!」



 尚も出て行こうとする彼を、必死で押さえ、何とか浴槽へ連れ戻した。



「メリーを助けたいの……力を貸してよぉ」



「じゃあ、メリーを助ける具体的な作戦は?」



 アイネは俯く。

 未だ考えていなかったのだ。



「話にならんな」



「待って、お願い。一緒に考えて欲しいの!」



「お前の父親に言え。そいつに頼めば終わりだ」



「言ったわよ、当然。でも、駄目だった。何度も何度も言った。泣いて懇願した。でも駄目だったのよ」



「どうして」



「獣人が嫌いだからよ。好きな人なんてそうは居ない」



「母上は別に獣人を嫌っていなさそうだが」



「ファイさんは、まぁ……それに、村の人は割と普通なのよ? 閉鎖的な空間だから、差別的な人はオエジェットさんが間引いてるの。お父さんは別。研究者だから、ここに住んでるだけ」



 この村に、差別的な者は居ない。しかし、アルトラル王国では、獣人を魔族と同列に考えている。


 

 命を奪うことに、躊躇はない。



「私の記憶では、お前はメリーを嫌っていた印象だが」



 アイネはバツの悪そうな顔をする。



 思い返せば、何度もメリーを疎かにした。彼女から嫌われてもいい筈なのに、それでも世話を焼いてくれた。

 


 彼女が兵役に就いて──居なくなって、ようやく分かったのだ。



 メリーが居ないのは、とても寂しい。



「……べ、別に嫌ってない」



「ふーん……理解はした。しかし、助けると言っても、結局バレてしまうんじゃないのか?」



「ど、どういうこと?」



「遠征前にメリーを隠したとして、何処で匿うつもりだ? それに、メリーが居ないとバレれた時は? 彼らは探すんじゃないのか?」



 村を囲うように幻影魔法が張っている為、どうやっても村からは逃げられない。



 キャビーは1年以上掛けて、幻影魔法について確認しているが、今だに突破方法は分かっていない。



「な、なるほど……確かにそうね。それに連帯責任で他の獣人が殺される可能性もある。そうなれば、メリーもきっと──」



「遠征後に逃がす。それが一番か」



「私達も着いていく、ってことよね!?」



「馬鹿か、お前。私は行かない」



「え!? なっ、見捨てるつもり!?」



「方法は考えてやる。後は何とかしろ」



「そ、そんな……っ、待って! 一人じゃ無理よ! アンタ強いんでしょ!? 着いて来てよ!!」



「嫌だ」



「な、なんでよぉ……っ!?」



 アイネはいじけて膝を抱えてしまった。

 口元までお湯に浸かる。

 ブクブクと泡を立てた。



 そしてハッとして、顔を上げる。



「待って! 逃した後、どうするの?」



「頑張って森を抜けるしかないだろうな」



「そ、そんなの無理よ……っ! 無理無理無理無理。絶対生き残れない。あの子、弱いもの……」



「今から鍛えさせればいい」



「首輪があるんだから、魔法は使えないのよ!? 鍛えたって意味ないじゃない!!」



「出来ることはやっておけ」



「うっ……それは、そうね」



 キャビーが呆れているのを見て、アイネは悔しそうに唇を歪める。



 なんとか情に訴えかけたい。



 彼女は「聞いて欲しいの」と、口火を切る。



「アタシはメリーと、もう一度一緒に住みたい。ずっと一緒に居てくれたから──」



 アイネが生まれた直後に、母親は死亡した。死因は失血死だった。

 母と子、互いに顔を見ることは無かったという。



 彼女にとって、赤ん坊の頃から世話役をしてくれていたメリーの存在は──



「お母さんみたいなものなんだから……っ!!」



「奴隷が母親?」



「そ、そうよ悪い!? ア、アンタだって、ファイさんが大事なんでしょ!! それと同じよ」



 キャビーは答えない。

 認められる筈も無かった。



 だが、母と同じ存在だと聞いて、ほんの少しだけ感情が揺れる。



「わ、分かってくれた……?」



「ああ、理解はした。だが、仮に遠征作戦を生き残ったとして、お前の奴隷にはならないだろ。そこはどうする?」



「……それは、説得するしかない」



 自身無さげに、ゴニョゴニョと彼女は言う。



「それを今やれ」



「も、もうやったよぉ……っ!! 今回の遠征作戦さえ過ぎればいいの!! 後のことは、今はいいの!!」


 

 目先のことしか考えられない、不完全な思考。10歳にも満たない少女の脳では、この辺りが限界なのだろう。



 キャビーは深い溜息を吐き、言う。



「今回の遠征作戦は死亡率が極端に高い。だから先ずは、生き残るようにしたい。その後は、次の遠征まで猶予があるから、お前がなんとかする……これでいいのか?」



「そ、そうよ。手伝ってくれるのね?」



「……無理だ。やるならお前一人でやれ」



「え!? ど、どうしてよっ!! 今のは、やってくれる流れじゃないの!?」



「私には、何のメリットもない」



「そ、それは……っ」



 アイネは、また眼を落としてしまった。



 キャビーは鼻を鳴らし、とうとう浴槽を出てしまう。彼女には眼も暮れない。



 風呂場を後にしようとすると──



 突然、アイネが背後から抱き着いてきた。



 彼女はギュッと抱き締め、身体を密着させる。僅かに頬を赤くし、キャビーに言う。



「い、一生……アンタのものになるから」



「なんだって?」



「だから、アタシのことを好きにしていい、って言ったの」



「好きに? 何をさせたい」



「ちがっ、アンタがアタシにしたいことをするの!!」



「例えば?」



「はぁあああ!? 何、言わせたいの!? 変態、スケベ野郎!! エッチなことよ!! 好きにすればいいでしょ!!」



「エッ、はい?」



「だぁからぁ!!」



 歳下のキャビーに対し、アイネは持ち得る全ての知識を伝える。



 エッチなことについて、キャビーは学んだ。



 彼は大いに納得し、頷く。



「ほんっと、お子様なんだから」



「つまり、私と子作りがしたいんだな?」



「だ、だから、アタシじゃないってば!! アンタが、アタシとしたいの!! ──アレ? もう分かんないよぉ」



 子供を成すことは、キャビーにとっても本望である。魔族として、人間としての本能がそう告げている。



 クィエに対して行った実験で、よく分かった。


 人間の子供は洗脳が可能なのだ。



 母体は兎も角、キャビー自身の血を濃く受け継げば、良質な個体を作ることも可能だろう。



 その子を教育すれば、自分だけの軍隊を作れる。



 数十年近く掛かる計画──



 既に母体となるものが1人確定するということは、十分メリットがある。



 いつでも計画を始められる。



「お前は母上のような身体では無いが……まぁ何人も作らせれば、いつかは──」



「ア、アタシだってもう少しすれば、ファイさんのようになるもん!」



「いいだろう。先ずは策を練ろう。実行するかは、まだ決めらない」



「う、うん。それでいい」



 今まで一番良い回答を得られた。



 アイネは安堵し、疲れ切ったようにキャビーの肩へ頬を寄せる。そして、小さく呟くのだった。



「ありがと」



『作者メモ』


 遠征作戦は1年後になります。27話で半年後って書いてました。


 矛盾してるところとか、おかしなところって無いですかね……。


 1話から5話くらいまで、大幅に改稿を予定してまして、更新が無い日があるかも知れません。気長にお待ち頂き、次回からも読んで貰えると幸いです。


 ミャーファイナルの初出タイミングと、魔力暴走の削除等を、現在は予定しています。

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