第27話 懇願 6月9日最初以外改稿
魔法は生活に欠かせない必須スキルだ。ゴミの焼却や洗濯、飲料水の確保、排泄物の後始末、料理等、使用用途は多岐に渡る。
仮に適性が無くとも、生活魔法程度であれば、対応したコアを用いて、発動することが可能である。
基本的には魔法は、イメージである。
火を付ける等の魔法は、誰しもがイメージが出来る。逆に、治癒や異空間などは難しい。
闇魔法──異空間、裏、魂などは、そもそも知覚出来ない。イメージは不可能に近い。
ミャーファイナルのように、光魔法の適性が無いにも関わらず、治癒魔法が扱えるのは稀有な例である。
だが当然、必ずしもイメージすれば魔法が発動される訳ではない。自身に合ったイメージを探す必要があるのだ。
「例えば、手を使うとか。ファイ、見てて。こうして──」
リトは茶色のコアを持ち、掌を下に向ける。
すると、地面が掘り返った。
「凄い……わ、分かったわ。私もやってみる……!」
「リトの真似をしても意味無いにゃ。やっぱり何も分かってないにゃ」
「えっ!? だ、駄目なの!?」
「はぁ……」
キャビーは、クィエに生活魔法を仕込んでいた。そこへファイがやって来て、今のような惨状となってしまったのである。
「母上のことは放っておいて、クィエ。私のやり方をもう一度見ろ」
魔法はイメージの世界である。同じ魔法であっても、各々で効果が異なる場合もある。
手を下に翳せば地面が割れる、上に向ければ旋風が吹く。指を出せば火が灯り、握れば水が溢れ出す。
「おにぃたま、すごい! クィエもやるぅ」
「コアなら沢山あるから、やってみろ」
「ねぇ、おにぃたまぁ。これ、だれのコア? にんげん?」
「いや人間では無いが……みゃーさん、これって何のコアなんですか?」
ミャーファイナルに尋ねてみると、彼女は面倒臭そう顔を向けてくる。
「それは養殖されたラットのコアにゃ。育てて、生きたまま心臓から抜き取るんにゃ」
「ちょっと、みゃーさん。私の子供にそんな怖いこと教えないで下さい!」
「みゃーは聞かれたから、答えただけにゃ。そ、そんな顔で見るなにゃ……」
養殖されたラットから取れたコアは、小さく持ち運びに優れ、安価であり、王都では当然のように出回っている。
それ故に、威力の高い魔法は使えず、仮に大きな魔力を通してしまうと割れてしまう。犯罪目的で使用出来ない、という点では、非常に都合の良い代物だった。
「だってさ、クィエ」
「クィエも、ぬいてみたーい」
「また今度な。人間でやろう」
小さくクィエに耳打ちし、彼女は元気よく返事を返す。
その後、数時間のうちに彼女は全ての魔法を発動するに至った。
一方で、ファイは発動の兆しは全く見えず、練習を断念する。
「ふぇええん、キャビーちゃん。お母さん、もう嫌だぁ」
「母上、離れて下さい」
「あ、でも全部キャビーちゃんとクィエちゃんに任せればいっか」
そう言って、ファイは息子に頬擦りをする。
「クィエ、おかぁたまのために、やったげるぅ」
「クィエちゃん……有難う。貴方は本当に天使みたいね」
「てんしちゃう、まぞく」
「クィエちゃん!?」
母親と話す際のクィエは、とても嬉しそうだ。キャビーと話している時とは、また違った顔をする。
キャビーは、それが気に入らない。
だから、クィエを睨み付け、その度に彼女は怯えて縮こまるのだ。
「母上、いい加減離れて下さい」
「えー、嫌だ嫌だ」
「私と練習を始めて6年くらい経ってますが、生活魔法はおろか、適性のある光魔法ですら使えないなんて……」
「キャビーちゃん……?」
「やはり、人間かどうか疑わしいですね!」
「ひ、酷いっ! うわぁぁん、クィエちゃん。お兄ちゃんが酷いこと言う」
ファイは、今度はクィエにしがみ付く。
そんなクライン家の様子を見て、リトとミャーファイナルは愕然としていた。
「ファイってば、何か幼くなるよね。私と同い年で25歳よ、彼女」
「これが幼児退行ってやつにゃ。家でやって欲しいにゃ」
★
「キャビー……っ!! 助けて、お願い……っ!!」
それは突然だった。
眼を腫らし、鼻水が垂れ、随分と長い間彼女は泣いていたらしい。
そんな彼女──アイネがキャビーに縋り付いた。
「鬱陶しい」
キャビーは彼女を突き飛ばす。隣に居るクィエも、彼女に敵意を露わにした。
地面に倒れてしまったアイネを見て、キャビーは小気味良く鼻で笑う。
「お願い。助けてキャビー……メリーが連れて行かれちゃうの」
顔を上げた彼女が言う。
「私がお前のような人間を助ける筈ないだろ」
「人間……? キャ、キャビー……! だ、だって、アタシたち友達でしょ!?」
「私はその友達とやらになった覚えはない」
「そ、そんな酷いこと言わないでよ……」
「私とクィエは訓練中だ。失せろ」
「ちょ、ちょっとくらい話を──」
「クィエ、行くぞ」
「うん。クィエもこのニンゲンきらい」
クィエはキャビーの手を握り、2人して自宅へ向かい始める。
アイネは涙と鼻水を拭き、立ち上がる。去って行く彼らを寂しそうに見た。
「待って……ちょっとくらい聞いてよぉ」
それでも頼れる人が居ない彼女は、服の裾をギュッと握り締め、トボトボと彼らの後について行く。
「付いて来るなっ! 鬱陶しい」
キャビーは振り返って言い放つ。木刀を彼女に向けて、投げ付けた。
それは丁度、アイネの脚元に突き刺さる。彼女はビクリと肩を震わせて、尻餅を着いた。
アイネが顔を上げれば、殺意を剥き出しにしたキャビーが目前に来ていた。木刀を引き抜いた彼は、静かに告げる。
「私はお前が大嫌いだ。二度と近寄るな」
「ひっ……」
彼女は酷く怯え、彼らが去って行くのを黙って眺める。
孤独が彼女を包み込み、涙が溢れてきた。
メリーの名を呼んでみても、彼女が現れることはない。誰一人として、寄り添う者は居なかった。
アイネはそこで、永遠とも思える時間を過ごすのだった。
★
ファイが畑仕事から帰宅してきた。
服に汚れが付き、額には汗を滲ませている。本日の彼女の仕事は、だだっ広い畑から幾つかの農作物を収穫することだった。
疲れたぁ、とファイが漏らす割に、表情は笑顔だった。
彼女の背後には、泣きべそを掻いたアイネが隠れていた。
そこへ、クィエがドタドタと走っていく。
「おかぁたま、おかえりぃ」
彼女は両手を掲げると、母に抱っこの要求をした。
「うぅぅん、クィエちゃんただいまぁ〜」
ファイは眼をハートにさせて、クィエを抱き上げる。
「クィエちゃん、良い子にしてたぁ?」
「おかぁたまは、すきぃ」
「──っ!? お母さんも、クィエちゃん大好きぃ〜」
「おい、クィエ。ちょっと来い」
扉から姿を見せたキャビーに呼ばれ、クィエは母の手をすり抜けた。残念そうにするファイを尻目に、キャビーは耳打ちする。
「クィエ、何度言ったら分かる。母上は人間だ。私の言いたいこと、分かるよな?」
ファイには聴こえないよう、細心の注意を配りながら伝える。
クィエの肩を掴み、圧を加える。
「お、おにぃたまも、すき」
「そういうことじゃない。お前は今後一切、私だけを見ていればいいんだ」
「何ぃ? キャビーちゃん、やきもち妬いちゃったのぉ?」
ニタッと唇を伸ばしたファイが嗜める。
「違います、母上。私は──は、母上っ!?」
ファイは我が子の元に小走りで向かうと、2人を纏めて抱き締めた。
「もぅ、二人とも可愛いんだから。ぎゅぅ〜っと。あははっ」
「は、母上。汗が、汚れが付いてしまいます」
「え? あっ、いけないいけない」
咄嗟に二人を離すも、汗や飛び跳ねた泥を子供達に移してしまった。
しかも、クィエはお構いなしにもう一度母に抱き着いてしまう始末だ。
「あはは……キャビーちゃん、ごめんね」
「汚いです」
汚いし、クィエを母に取られるしで、キャビーは不機嫌になる。
「お、お風呂一緒に入りましょっか」
「はい」
「あ、そうそう。アイネちゃん、ずっとウチの前で泣いていたんだけど、何か知ってる?」
「え……?」
ファイはクィエを抱きかかえたまま、背後に隠れたアイネの背中を押す。いつの間にか、連れて来ていたらしい。
キャビーは心の中で舌打ちをする。
「知りませんけど」
アイネは俯いて眼を合わせようとしなかった。
いつもお転婆な彼女だが、相当落ち込んでいることが窺える。
ファイは察して、
「えいっ。アイネちゃんにも抱き着いちゃえ〜」
アイネを抱き締めた。これには元気付ける意味も込められているが──
「ファイさん……?!」
アイネは思わず顔を上げてしまった。
「アイネちゃんも私の娘みたいなものなんだから。何があったのかは知らないけど……遠慮なく甘えていいんだからね」
「ファイさん……」
アイネに母親は居ない。このような抱擁には慣れておらず、自然と涙が込み上げてくる。
「よしよし」
「母上……」
「うーん? キャビーちゃん、またヤキモチ妬いちゃった? うふふ、駄目よ。今は女の子だけの空間なんだから」
「何を言ってるのかよく分かりませんが……なんかちょっと」
キャビーは奇妙な不快感を覚えていた。
その理由がファイに由来していることは直感的に分かった。
尚更、不快だった。自分自身が不快だった。
本当にヤキモチだろうか。いや、そんな筈はない。
「キャビーちゃんが拗ねちゃうから、ここまでね」
「拗ねてません」
「あらあら、いけないわ。すっかり汚しちゃったから、アイネちゃんも一緒にお風呂、入りましょうね」
ファイはわざとらしく言うと、クィエとアイネを解放する。
そして、キャビーの耳元で言うのだった。
「キャビーちゃんに任務です」
「……な、何ですか」
「アイネちゃんを慰めて、どうして泣いているのか聞いて来て下さい」
「えっ……正気ですか」
「お風呂、長くなって良いからね」
ファイはウィンクする。
「クィエちゃんはお母さんとお外で遊びましょうね。泥だらけだから、何してもいいよ」
「やったぁ!!」
クィエを連れて、ファイは外へ出て行ってしまった。そんな勝手な彼女らに、キャビーは舌打ちをもうひとつ。
「クィエのやつ……後でちゃんと言ってきかせないと」
そして、アイネに向き直る。彼女はキャビーから眼を背けて、膨れていた。
「行くぞ」
キャビーはお構いなしに彼女の腕を取り、引っ張っていく。
「な、何よ。アタシ達は別に友達じゃないんでしょ!」
「母上の命令だ。さっさと来い」
「ま、待って! い、嫌よアンタなんか。アタシなんか、放っておけばいいじゃない!」
助けてと言ったり、本当によく分からない。
徐々にイライラが募ってくる。
「ちょっと、触らないでっ! ──な、何で、そんな力強いのよ」
人間であり赤の他人であるアイネに慈悲は無い。
キャビーは彼女を強く引き寄せると、首を掴んだ。
「かはっ──」
「聴こえなかったのか? 母上の命令だ。お前の意見はどうでもいい」
「はっ、はな……て……」
いっそのこと、このまま捻り殺してしまえばどれ程気分が良いだろう。
しかし、まだダメだ。
キャビーはアイネの首を離し、もう一度腕を引っ張っていく。
すると咳き込みつつ、彼女が叫ぶ。
「……こ、この変態っ!!」
「なに……?」
眉を立てて、キャビーを強気に睨み付けている。
彼は首を傾げた。
「私は別に変体しないが」
「……? な、何言ってるの……?」
「ふん。行くぞ」
それから同様のことを叫び、性懲りもなく暴れ散らかすアイネだったが、キャビーの力に敵うはずもなく、結局風呂場に到着する。
そこで常備されているコアを彼は手に取った。赤色と青色のコアだ。
浴槽には未だお湯が張られていない。その為、水魔法で水を溜める必要があるのだ。浴槽に備え付けの長い鉄製の筒に薪が入っており、そこには火を付けた。
「アンタ、器用なのね。アタシは水魔法苦手だから」
アイネを一瞥し、キャビーは溜めた水の中に手を入れる。同じく赤いコアが握られており、魔力を込める。
火魔法が司る<熱>を使い、浴槽の水を直接温め始めた。
「大雑把なやつ」
ある程度の温度に達すると、キャビーは桶でお湯を掬いとる。
すると、アイネにお湯をぶっかけた。彼女は、服ごとびしょ濡れになってしまう。
「は──っ!?」
まさかそんな扱いをされると思っていなかった彼女は、口をあんぐりとし、思考を止めてしまった。
「熱いか?」
聞かれた彼女は、思わず怒鳴りつける。
「アタシで確かめんな、こらぁっ!」
勿論、温度は把握していた。思い付きで言ったことだが、彼女の怒りを買えたことに大変満足する。
「この濡れた服、どうすんのよ!」
「後で私が洗ってやるから、今は兎に角風呂に入れ、汚い」
「一言余計なのよ、アンタはいつも」
言いつつ、アイネは濡れた服を脱いで専用のカゴに入れ始めた。続いてキャビーも服を脱いだ。
ふと、アイネは気付く。
「待って……何でアタシ脱いでんの? しかも、アンタの前で」
アイネは、自身が下着姿になっていることに驚く。まるでそれが当たり前というふうに、自然と脱いでしまった。
キャビーに至っては、既に裸になっている。恥じらいを見せない彼は、隠すことなくアイネに向き直っている。
「は? え、アタシがおかしいの?」
アイネは赤面することも忘れ、困惑する。
「早く脱げ。そして、入れ」
「え、うん……」
頭からお湯をかぶり、2人して浴槽に浸かった。余剰分のお湯が溢れて、流れ出た。
透き通った水面に、二人の身体が透けてみえる。そこでアイネは、ようやく恥じらいを思い出す。
自身の身体を隠す為に、腕を組んだ。
「何隠してる」
「か、隠すに決まってるでしょ。この変態!エッチ! スケベ!」
「母上にも偶に言われる。何がどうして……」
「アンタ馬鹿でしょ」
今年で10歳になるアイネは、少しずつ女性らしい身体になっていた。胸もやや膨らんできている。
キャビーは女性の身体にやや興味があった。魔族である彼に当然やましい気持ちはない。
服の上からでは分からないが、男女で身体の作りが全く違う。それが妙に新鮮で、気になったのだ。
そしてアイネは、母やクィエとも少し違っている。
彼女と浴槽で対面し、明確に違う部分である胸を見ようと、腕を剥がしに掛かる。
「ちょっ、待って!? 本当に馬鹿なの!? ──きゃぁっ!?」
取っ組み合いになり、勢い余ってキャビーは彼女を押し倒してしまった。
アイネは腰を滑らし、二人は水中で向かい合う。
アイネの赤面した顔があった。
体勢を立て直し、ぶはぁっ、と水面から顔を出す。次の彼女は膨れっ面になっていた。
「最っ低ー」
だが、観念したようで彼女は腕を下ろした。キャビーは遠慮なく、彼女の身体を観察する。
キャビーの表情に変化は見られない。
赤面する様子もない。
それはそれでショックだった。
「か、感想くらい言いなさいよ」
「感想って、何の」
「お、女の子の身体を見たんだから、良かったかどうかくらい言うのが男でしょ!!」
何を言っているのか、さっぱり分からない。それはキャビーもアイネ一緒だった。
「母上の方が(個体として)良い身体をしている」
「……最低」
アイネは、また涙が溢れてきた。一体何にだろうか、と自問自答する。
ざぶん、とアイネはお湯に顔を付けた。
「さて──」
キャビーが言うと、アイネは顔を上げる。
「な、何よ……っ」
「助けってのは具体的に?」
「え? ……た、助けてくれるの!?」
「違う。先ずは話し合いだ。人間は話し合いが好きだろう?」
アンタも人間でしょうが。
言い掛けて、言葉を飲み込んだ。
「アタシはメリーを助けたいの。パパに解雇されて、メリーは今兵役に就いている。1年後の遠征作戦に連れて行かれるの……!!」
「そうなれば──メリーは絶対死んじゃうの!!」
『作者メモ』
前半の話ですが、今更過ぎますね。本当はもう少し前にやるつもりですが、忘れてました。
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