第26話 クィエの魔法

「やるな……っ、キャビー」



「レイスさん。これで何敗目ですか、あなた」



 時折、キャビーはレイスから剣術の訓練をつけて貰っている。模擬戦では4年前の初戦以降、レイスに白星は付いていない。



 レイスはそんな優秀なキャビーに対して──師匠として鼻が高い一方で、才能の差に嫉妬もあった。


 

 キャビーに弾かれた木刀を拾いあげる彼の様は、想像するまでもなく、悔しさが滲み出ていた。



「……いちいち負けた回数なんて数えてられっか」



「レイスさん。あなたは、もう少しコンパクトに振った方がいい。特に私のような小柄な相手だと、簡単に──」



「あー分かった分かった。マジでヘコむからやめろ。以後、気を付けるよ」



 2歳になったクィエは、傍らで彼らの打ち合いを見ていた。勝負が付いたのを察し、彼女はトタトタと、兄の元へ近寄る。



「おにぃたま、かったぁ?」



 辿々しい口調で、クィエが言った。



「ああ。お前も私を見て勉強しておけよ」



「あい!」



 手をぎゅっと上にあげてアピールをする。



 そんな彼女の癖っ毛を、キャビー撫でてあげる。クィエは、デレデレと口を緩ませるのであった。



 キャビーは、ふと奴隷の様子を見る。



 奴隷達は歩行訓練を行なっていた。首輪に鎖が通され、障害物に引っかからないように歩いている。



 時々そのような訓練を見掛けていたが、何の為にやっているのか分からない。



 レイスに尋ねてみると、



「あー、あれか? 森を歩く練習だよ」



「森を歩く?」



「遠征作戦があるからな。それの準備だよ。俺達が奴隷をペットのように連れ歩くんだ。木に引っ掛かられると、困るだろ?」



「そうですか。因みに遠征作戦とは?」



 レイスは渋い顔をする。何処まで言っていいものかと、悩む。



「まぁ、簡単に言うと森の奥地へ行くんだ。別に今に始まったことじゃない」



 兵士達がカタリナ村を出ていくことがあった。奴隷を沢山率いている場合は、その殆どが森の奥地へ向かっているという。



 但し、戻ってくる奴隷はやや少ないのだとか。



「確かに、たまに見たことがありますね」



「ああ。だが、次の作戦はかなり大掛かりでな」



「何しに行くんですか?」



「それは──」



 レイスが答える前に、カタリナ村の門が開いた。



「キャビー、すまねぇ。ちょっと仕事だ」



 誤魔化すように言うと、レイスは門の方へ行ってしまう。



 キャビーも彼の後を追うことにする。



 カタリナ村に入ってきたのは、荷台付きの馬車だった。荷台は大きく、黒いテントのようなもので覆われている。



 まるで外からの視線を嫌っているみたいだ。



 その荷台から、複数人の奴隷が出て来た。



 虚な眼をしているものから、肉付きの良い健康体もいる。



 レイスは、奴隷を届けた男に軽く会釈をすると、話し掛ける。



「ジシシさん、いつも有難う御座います」



 ジシシと呼ばれた男は、曲がった背筋をそのままに、答える。



「いえいえ。こちらこそ……ひひっ」



 気味の悪い歪んだ笑みだった。レイスは顔を引き攣らせ、受け取りのサインを済ませる。



 早々に、その場から退がった。



 カタリナ村の門が閉められ、馬車は元来た道を戻るのだった。





 やはり、カタリナ村を出る正規の方法はあるらしい。



 ジシシの馬車に、キャビーは顕現魔法で生み出した鷹を乗せた。



 キャビーは顕現体の行動を遠隔で感じ取れる。ただし、視界は共有していない。



 鷹はある程度進んだ後、馬車から落下してしまった。幻影魔法の効果をしっかりと受け、方向感覚に狂いが生じたようだ。



 しかし、馬車は引き返すことなく、進んでいく。



 因みに、蝶などの昆虫類は、幻影魔法の効果を受け付けない。ある程度複雑な生物にしか、効果がないらしい。



 例えば蝶やその他の昆虫に紐を括り付け、彼らに誘導して貰う。といった方法は、失敗に終わった。昆虫では力が弱かった。あくまで本人の意思で歩いている為、引き返すことになった。



 話は戻り──



 ジシシの馬車は、幻影魔法の効果を受けていなかった。何か細工があるのかも知れない。又は馬に限り、幻影魔法が効かないのかも知れない。



 だが、ジシシ本人は幻影魔法に掛かっていると推測される。



 あくまで馬が歩いているのだ。紐を括った蝶の実験と同じで、ジシシが馬を誘導することは出来ない。



「レイスさん。奴隷が沢山来ましたね」



 キャビーはレイスの太腿を小突き、尋ねる。



「あ、ああ。キャビー、まだ居たのか」



「これも遠征作戦の為の補充ですか?」



「そんなところだ。前に奴隷が逃げやがってな──」



「初耳です」



「あ、やっべ」



 レイスは思わず口走ってしまい、バツの悪そうな顔をする。



「この村から逃げるなんて。凄いのですね」



「……はぁ、あのな。誰にも言うなよ? でっかい魔獣に襲われたんだ。それで兵士が死に、連れていた奴隷が逃げた。それだけの話だよ」



「逃げた奴隷はどうしたんです」



「奴隷は首輪を付けているから、魔法を使うと死ぬ。今回は放置だった」



「放置、ですか」



 怪訝そうなキャビーの様子に気付いて、レイスは弁明する。



「いやまぁ、少しは探したさ。でも見つからん。探す労力は大きい癖に、見返りがショボい。それに、大体の奴隷は森を抜けられずに死ぬ」



「馬車道を辿れば、逃げれそうですが」



「流石にそれくらいは、俺達も探している。馬車道には、見張りも居るしな」



「そうですか。確かに、魔法を使わず森を抜けるのは、難しそうです」



 特に身体強化の魔法が使えないのは痛手だ。あれがあるのと、無いのとでは、速度や移動距離が数倍違ってくる。



 キャビーは、やたらめったらひっ付いてくるクィエを背負った。



「もういいのか?」



「ええ。クィエに魔法の訓練をさせるので」



「意外と妹思いだよな、お前」



★ 



 クィエのコアは、青色の単色を示した。


 

 彼女は、水魔法に高い適性を持つことになる。コアを調べた際、ミャーファイナルからは「化け物」と言われてしまった。



 水魔法が司るのは、<水、腐食、冷却、変化(液化、気化、固化)、?>などがある。



 適性が高ければ高い程、水という存在を感じ易い。



「クィエ。この桶の水を操れるか?」



「うぬ!」



 魔法の基礎はあらかた教えている。だが、元より彼女は身体で魔法の使い方を理解している。



「流石だな」



 クィエは指を振って、水を操作し始める。桶に入っていた水は彼女に合わせて、まるで生き物のように、飛び跳ねている。



 その独特な動きから、彼女の楽しい気持ちを伺い知れそうだ。



「水を幾つに分けられる」



「いっぱいできるよぉ」



 クィエが両手を上げると、水は天高く持ち上がる。



 そして、空を裂くように両手が下されれば、水が破裂し、細かく分裂した。



 最後には、水は小さな氷となって降ってきた。手に取ると、ダイヤモンドのように輝いている。



「すごい……?」



「あ、ああ……す、凄い。私の妹だ」



 正直嫉妬してしまいそうだ、とキャビーは思う。



「えへへ」



 キャビーは前世の記憶が相まって、上手く闇魔法が扱えない。



 そもそも闇魔法は、裏、消失、など眼に見えないものを司っている為、難易度が高いのだ。



 それでも7年間の訓練によって、ある程度のレベルには達している。だが、クィエと比べてしまうと、やはり見劣りしてしまう。



「クィエ。お前は何が出来る? 何が真っ先に思い浮かぶ? 得意な魔法をやってみせろ」



「んん? こぉ?」



 クィエはグッと力を込める。すると、身体から霧を発生させた。それはたちまち、キャビーを巻き込んで周囲に広がっていく。



 キラキラと、極小の氷が降ってきた。



「わはぁー、きれぇ」



「これがお前の魔法か?」



 キャビーは見上げて言う。



 側からは、スノードームのように見えていることだろう。



「クィエ。では──」



 その後、幾つかの検証が行われた。



 クィエは、水魔法の<変化>を得意としていることが分かった。



 霧を発生させ、水泡を作り、凍らせる。この一連の流れが高速で行われるのだ。



 だが、必ず霧を発生させなければならない。いきなり水や氷を出現させることは、少なくとも現時点では出来ない。



 仮に桶へ水を作り出す場合、



 彼女は周囲に霧を形成させ、指定した空間の霧を、数倍に倍加させることで、水を生み出している。



 但し、倍加させて発生した水を、更に倍加させることは出来ない。つまり、大量の水を作り出すことは、不向きだった。



「おにぃたま、どぉどぉ? しゅごい?」



 クィエは、霧の渦中で幾つもの氷の柱を作り上げた。



 それぞれが交差し、美しいモニュメントのようにも見える。


 

「ああ。これが転生体では無く、純粋な魂が織りなす魔法か」



 彼女が霧や水を作り出すのは、ただの過程に過ぎない。彼女が真に得意としているのは、氷の形成だった。



 癖っ毛の頭を撫でてやると、とても嬉しそうに声をあげる。



「えへっ、うへへへ」



「最後に、お前の霧の性能を確かめる」



「きり? なにする?」



「もう一度、霧を出してみろ」



 ふんっ、と両腕を曲げて力んだ彼女の周囲に霧が発生する。



 よほど氷を作り出すことが好きなのか、霧の中はキラキラと輝いている。



「おにぃたま、きれいでしょぉ」



「あーはいはい」



 取り敢えず、キャビーは霧の匂いを嗅いでみる。



「知ってはいたが、無臭だな。多分、腐食の効果は無い」



「ふしょくって、なぁに」



「黙ってろ」



「はい……」


 

 当たり前だが、幻影魔法でも無い。



 ただの霧だ。



「クィエ、眼を閉じていろ」



「うん!」



「本当に閉じているのか? 両手で押さえてろ」



「おにぃたま、いじわる」



 クィエの霧に、指を入れる。



「クィエ。私の指の周囲を凍らせれるか?」



「やってみるぅ」



「ゆ、ゆっくりだぞ。軽くやれよ。間違っても、私の指を凍らせるなよっ」



 すると、寸分の誤差無く、氷が形成された。



「まじか……じゃ、じゃあ、次は──」



 様々なところに指を入れて、確かめた。



 彼女は、その全てを完璧に対応した。



「クィエ、お前──」



 闇魔法による空間の認識──所謂、探知魔法。



 この霧には、探知魔法と同等の力を有しているらしい。それはつまり、ただ霧を発生させている訳ではないということ。



「この霧、全てを操っているのか?」



 霧に含まれている無限の水を全て操り、侵入者によってそれが押し退けられると、その物体の位置を特定している。



「ん? これ? そうだよ」



 理解してやっているのかは、甚だ疑問だが、彼女は簡単に言ってみせた。



「化け物だな」



「バケモノって、なぁに?」



「魔族ってことだ」



「クィエ、ちゃんとまぞく?」


 

「立派な魔族だ。一緒に、人間を皆殺しにしような」



「うん! みなごろし、するぅ」



 クィエは順調に魔族として成長している。



 だが、キャビーの思惑を通り越した、やや過激思想を持ってしまっている。



「おにぃたま。にんげんのころしかた、おしえて」



「いいだろう。人間はな──」



 彼らは、人間の殺害方法について大いに盛り上がり、日が暮れていくのであった。

 



『作者メモ』


 話の出だしと終わりが凄い苦手なんですが、どうしたものでしょうか……。


 それはそうと、水魔法の説明がよく分からない場合は、教えて下さい。霧出して、氷出せるんだなぁくらいで、理解度は充分です。


 大量の水出せるようにしちゃうと、ぶっ壊れるので出せないようになってます。


 後、最後の方若干読みにくいですかね……?

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