第25話 洗脳


 クィエが生まれて1年と半年──



 彼女はファイの愛情を受けながら、すくすくと成長している。



「クィエ、良く聞くんだ。これからお前は私のものだ。私の為だけに、お前は力を使うんだ──いいな?」



 母の血を継いだクィエは、とてつもないポテンシャルを備えている。



 キャビーはずっと考えていた。そんな彼女を洗脳し、言いなりに出来れば、心強い味方になると。



「あぃあ」

「よし、良い子だな」



 クィエの癖っ毛を撫でる。



 キャビーはファイの描いた地図を用意し、クィエと2人して床に向き合った。



「ここが私達の居るカタリナ村だ。それでこっちが、魔族の領地。つまり、味方だ。分かったか?」



 クィエは兄を見て、笑う。



「ここが人間の国、アルトラル王国だ──つまり、敵だ」



「クィエ、お前は魔族。人間は敵。これが一番重要だから、覚えておくように」



 首を傾げるクィエを無視し、キャビーは話を続けていく。



「一端に魔族と言っても、彼らから見た魔族と、人間から見た魔族では定義が異なっている。私達は魔族側に付くのだから、正しい魔族を説明してやるからな」



「あぃ?」



「その昔、現代の魔族の祖先は、人間と交わったそうだ。人型や、限り無く人に近い魔族が居るのはその為だな。で、人間の遺伝子が少しでも入った魔法生物を魔族と呼んでいる」



「ドラゴンやゴブリンなどは、普通の魔法生物だな。因みに獣型の魔法生物は魔獣なんて呼ばれ方もするが、まぁ雰囲気で分かれば良い。なんせ、我々は姿形が多いからな」



 人間から見た魔族は、基本的に言葉を話す知能の高いものを指す。ドラゴンは魔族に入り、それ以外のゴブリンなどは魔物と呼ばれることが多い。



「取り敢えず人型は全員魔族だ。良いな」



「あゃ……?」



「それで魔族と人間はな、約2000年以上前から戦争している」



 これは人間の歴史から判明したことである。歴史を記録することを魔族が覚えたのは、魔族の国が誕生してからの話だ。



「魔王は人間を見習い、国を作った。長きに渡る人間との戦いを終わらす為に──っ」



 キャビーは拳を作り、国を作った理由について、クィエに力説する。



 国を作った理由──それは先ず、同胞を守ることにあった。



「魔族といっても、やはり弱い奴は居るからな」



 次に、思想を統一し、大きな集団として団結させる。人間は数が多く、最後は総力戦になることを魔王は案じたのだ。



「魔族は人間のように、特殊な思想は持ち合わせていない」



 せいぜい保守派や過激派といったくらいに限られる。



 思想の統一は難しいが、勇者という強大な力の出現によって、それは次第に解決していった。



「最後に──人間との共存だ。まぁ、面向きだがな」



 国として認めさせ、話し合いの場を設ける。人間の王は魔王の強さを真に知らない。間近で対面すれば必ずただの弱者である王は恐怖する。



 ギィーラを人間として送り込んだのと同じように、いずれ王を籠絡させれば良いと考えた。



「だが、人間の勇者に負け、魔族は数を減らしたようだ。今の世界は私が死んでから100年以上も経過している」



 クィエは親指を吸いながら、兄の話を聞く。理解しているのかは、また別問題だ。



「人間は悪だ。魔王様はきっと闇討ちされたに違いない。クィエ、私たちで人間を倒すんだ」



 いいな、と締め括る。



「あぅ」



 とクィエは返事をする。



「よし、いいぞ。お前は私の言うことだけを聞いていれば良いからな。勝利した暁には、お前は幹部だ。それか、四天王……いや、側近? 女だから、姫か? ま、好きな役職を与えてやろう」



 ふふんと鼻を鳴らして、キャビーは自分の勝利のイメージに口角を上げる。



「もう一度だ、クィエ。ここが、人間の国。つまり敵だ──」



 そんな彼らを見守る母が居る。キッチンで家事をしていた彼女に、彼らは気付いていない様子だ。



「ふふっ、キャビーちゃんったら楽しそう──」



 クィエの世話は相変わらず大変だったが、以前のようにネガティブな思考にはならない。



 キャビーが作る料理は、特にファイのモチベーションの維持に一役買っている。



「でも、何を話しているのかしら……」



 ファイが訝しんでいると、



「ん? えっ、ま、魔族……?」



 はっきりそう聴こえて来た。



「人間……敵……?」



「な、何を話してるの」



 ファイは食器を置き、彼らの元へ脚を進める。邪魔をしてはならない、と分かってはいるものの、彼女には確かめたいことがある。



 以前、勇者ハイル物語を渡した時に、聞けなかったことだ。



 ふと、カクモの実を剥いていたことを思い出し、それを持って行く。



「お、おやつの時間ですよー」



 すると──



「てき──っ!!」



 ファイに気付いたクィエが、彼女に指を差していた。



「へ……?」



 ファイは、思わず皿を落としそうになったのを、何とか持ち堪える。しかし、状況は未だ掴めない。



 母親に向けて指を刺し続けるクィエの姿に、隠しきれない動揺を見せる。




 一方でキャビーは頭を抱えた。



「ク、クィエちゃん……? クィエちゃーん。お、おお母さんは敵じゃないでしょう……? みかた。ほら、みかたって言って」


 

 指を下ろしてくれはしたが、理解をしている様子はない。



「うぅ……」



「は、母上。これには深い事情が……」



「何よぉ言ってみて。あ、カクモ剥いたから、ここに置いとくね……」



 肩を落としたファイは、机に皿を置いた。



「母上、あのー……えっと」



 人間のことを敵であると教え続けた所為で、理解しているのかは置いておき、クィエは人間である母を敵だと認識したらしい。



 とても正しい反応だ。



 しかし、ファイには今後もクィエの世話を任せたい。だからといってクィエが懐いても困る。否定も肯定も出来ない、詰みの状況になってしまっている。



「やや酸っぱいですね、母上」



 取り敢えずカクモを食べたキャビーは、感想を告げる。



「うん、出荷前だからちょっと早いの。王都に着く頃には甘くなってるわ」



 そんなことよりも説明を要求したいファイは、キャビーに詰め寄る。



「一体! 何を教えているの! キャビーちゃん!」



「うっ……いや、それは──」



 語気を強める彼女に、キャビーは狼狽える。



 なんと説明するべきだろう。考える暇も無く、ファイは彼の頬を両手で潰した。



 むぎゅ──



「キャビーちゃん! 魔族がーってのも聴こえたけど?」



「そ、それもぉ……?」



 キャビーの狼狽える姿に、ファイの口が緩む。彼の頬から手を離した。



「キャビーちゃん。もしかして、ごっこ遊びか何かしてる? だったら、お母さんも混ぜて欲しいなぁ」



「ごっこ遊び……?」



「え何か別のものになりきって遊ぶの。違った?」



 それの一体何が楽しいのだろう、とキャビーは訝しむ。とはいえ、都合のいい解釈をしてくれた。



「いえ、似たような感じです」



「やっぱり? だと思ったぁ。だって急に魔族だなんて言うものだから」



 ファイは、薄っすらと笑みを浮かべる。



「で、キャビーちゃんは何になりきってるの? 私は王女様が良いなぁ」



「てき!!」



 またクィエによる指差しが始まってしまった。キャビーは諦めて様子を見守ることにする。



 クィエの指を下ろさせたファイが言う。



「クィエちゃんが魔族役なの? キャビーちゃんは?」



「……私も魔族です」



「ふ、2人とも魔族!? ゆ、勇者とかは……? 居ないの!?」



「勇者はちょっと……」



「どうしてぇ?」



「嫌だから、です」



「理由があるはず」



 キャビーは彼女の眼圧から逃げるように、顔を背ける。



 彼はやはり、何か言いたくないことがあるらしい。勇者ハイル物語を読んだ時も、酷く泣いていた。



 ──魔族が好き。



 それ自体は構わない。



 魔王が討伐され、平和か時代が訪れた。魔族による襲撃も珍しくなり、それに対する恐怖は殆ど無い。



 であれば、魔族を好きになることくらいあるだろう。



 しかし、キャビーの場合は、ただの好きでは収まらない何かがある。彼の心を動かす、強烈な何かがある。



 生まれて初めて見せた涙だ。その行方を母が追いたいというのは、至って普通のこと。



「キャビーちゃん……?」



「理由……ですか?」



「うん」



 キャビーは眼を逸らす。ファイは彼の両手を取り、もう一度聞いてみる。



「どうして魔族が好きなの? カッコいいから? 強いから?」



 キャビーはこくりと頷く。



「でも、魔族ってすっごく怖いのよ。ヴィクシーって魔族、知ってる?」



「ヴィクシー……?」



「うん。数年前に王都を襲撃したの。ここ最近で一番大きな事件だと思う。数十人、いやもっと多くの人が亡くなった。家を失った人も居る──それでも、魔族は好き?」



「はい。ヴィクシーは嫌いですが」



「そ、そう……」



 これ以上の追求はよくない。見守っていこう。



 ファイは決心し、笑顔で言う。



「分かったわ。男の子だもんね。強くてカッコいいものに憧れるものね」



「ええ。それは憧れます」



 母からの追求を逃れ、キャビーはホッと胸を撫でおろす。



「そうだ、母上。勇者ハイル物語は何処にあるのですか」



「えっ? ど、どうして……?」



「クィエに読み聞かせます」



 勇者ハイル物語は、キャビーの眼に届かない場所にしまっている。彼がもう二度と悲しまないようにと。



 買ってきたことを後悔していたけれど、また読みたいと言ってくれた。



 そのことに、少し救われた気になる。



 ファイは本を持ってきて、彼に手渡した。



「何処にやったんですか。探したんですよ」



「ご、御免なさい……」



「この本を読んで、母上に聞きたいこともあるんです」



 キャビーは、ページを開いていく。



 本の最終章──勇者ハイルと姉のネンファ姫が、魔王を倒した後。彼らの容姿が描かれている。



「このネンファ姫ですが、何処か母上に似ている気がします。眼の色や髪の色とか」



「……え、ええ。そうね。お母さんと一緒で、可愛いね」



「偶然ですか?」



「か、可愛いのが……?」



「はい?」



 キャビーは意味の分からないことを言う母を睨む。



「うぅ……ご、ごめん。ちゃんと話すから、睨まないでぇ」



「もうひとつ聞きたいことがあるんで、早く答えて下さい」



「そ、そんなに急かさないでよぉ……うぅ。キャビーちゃんが想像している通り、私は──」



「やはりですか」



「ええ。キャビーちゃんは、勇者の末裔よ」



「……そうですか」



 キャビーは、驚きはしなかった。寧ろ、ようやく納得出来た。



 母が単色のコアを持っている理由。そして、自身の身体に、とてつもない可能性を持っている理由。



 魔王の息子が、勇者の末裔になるとは皮肉だが、彼らの血が混じっているなら、決してあり得ない話ではない。



 ただ少し引っ掛かるのは、母の魔法のセンスの無さだ。



 これほどのポテンシャルがあるにも関わらず、ファイは魔法を使えない。相当センスが無いのだろう。



「母上、では次です」



「いいよ。言ってみて」



「どうしてネンファ姫は、火炙りになったのですか?」



 勇者ハイルが魔王を討伐して以降の話も、あの本で描かれている。



 勇者ハイルは何処かに消えてしまい、ネンファ姫は王都ヘイリムで処刑された。



 裏切りの姫、と彼女は言われている。



「うーん」



 ファイは唸る。



「彼女の本心は分からない。あの人は、魔族との共存を唱えていた、としか──」



「ですが、魔王を倒しました」



「そうだね。魔王はやっぱり倒すしかなかったんじゃないかな」



「何故ですか」



「魔王は強いから。そんな存在を放っておけないでしょ? だって、怖いもの──」



「勇者だって怖いです」



「あははっ。魔族からしたら、そうだね。結局、信用の問題だと思うな」



「信用……」



「うん。強い力は、それだけで皆んなに恐怖を与える。だから、取り除きたい。人間は臆病だからね」



「分かる気もしますね」



 その後、勇者ハイルの失踪についても尋ねたが、有益な情報を得ることは出来なかった。



 彼は既に寿命を迎えている筈だが、子孫を残している可能性はある。



 それが敵になるか、味方になるか。不安要素だ。



 ただ、王都に居るらしい4人の勇者は、ハイルと一切関係がないとのことだった。



「母上、有難う御座います。もう大丈夫です。向こうへ行ってください」



「え、嫌よ。ごっこ遊びするんだもん」



「えっ、本当にするんですか?」



「当たり前じゃない! はい私、王女様ね!」



 終始首を傾げて聞いていたクィエに、キャビーは目配せをする。「お前の所為だからな」と睨め付けた。



「私、もしかしてキャビーちゃん達に攫われたり!?」



「はい? 人間の姫に慈悲はないです」



「キャビーちゃん!?」



 そうして、3人はごっこ遊びに勤しむのだった。



『作者メモ』


 やっとクィエが生まれました。


 クィエは癖っ毛で、やや身長の高い女の子になります。人の容姿を描くのが苦手で、全然言及してません。特にアイネの容姿は、一切書いていないことに、最近気付きました……


 いつも読んでくれて、有難う御座います!

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