第23話 幻影魔法 4月13日改稿

 キャビーとファイは、オエジェットにしっかりと叱責された。



 その後──



「キャビーちゃん、すごく探したんだから。お母さんも外に出ようとしたら、止められちゃうし──」



 ファイはキャビーの手をぎゅっと握り締めている。その一方で、彼は握り返そうとはしなかった。



 決して眼も合わせない。

 彼は恐れているのだ。



 勇者ハイル物語によれば、「魔族は敗北した」と記されていた。それが事実なら──いや事実の可能性が高い。

 100年もの間、人類に浸透してきた物語だ。



 キャビーは今、存在理由が分からなくなっていた。



 心だけは魔族でいると誓った筈なのに──



 母を受け入れることで、心までも魔族では無くなってしまうのではないかと──それがどうしようもなく怖い。



「ふふっ。ね、村の外は危なかったでしょ? 村の中ならお母さんが守ってあげれるからね。村の中に一緒に居ようね」



「あ、キャビーちゃん。今日のお夕飯はハンバーグにする? それともお魚のステーキ? お母さんはねぇ──」



 キャビーの口は、施錠されたように固く閉じられている。


 

 それでもファイは語り掛ける。

 諦めず息子を呼び続ける。



 子供の心はとても難しい。

 感受性が豊かで、波のように揺れ動く。



 その波が落ち着くまで、折り合いが付くまで、時間を掛けて何度でも──



 彼に寄り添うことを辞めない。





 カタリナ村の柵の外には、水魔法による幻影魔法が張られている。



 主に有名な原理は、水の屈折を利用した脳の錯覚だろうか。



 又は、



 霧自体に幻影効果のある成分が含まれている。だろうか。霧に触れるか、吸い込んでしまえば効果が発揮され、村へ引き返すようになっている。



 幾つかのテストは必要だが、概ねこの辺りが妥当と思われる。



 このような魔法を展開しておく理由は、奴隷を逃さないため。村の外からの襲撃を防ぐため。



 行商人や兵士達が外に出る時は、一部が解放されているか、それとも幻影魔法を掻い潜る方法を知っているかだ。



「メリーに聞きたいことがある」



「は、はい!!」



 キャビーは母から逃亡し、屋根で考えに耽っていた。すると、アイネを抱っこするメリーを見つけ声を掛けた。アイネは眠ってしまっている。



「な、なんでしょうか……キャビー様」



「村の外に行ったことは?」



「む、村の外ですか……? わ、私は王都の農園出身なので……えっと、まぁ一応ありますけどぉ」



「農園って何」



「それはぁ……あんまり言っていいのか分かりませんが、獣人を増やしてるところ、と言えば宜しいでしょうか」



「ふーん」



 彼の素っ気ない返事に、メリーは困惑する。



「はぅ……」



「じゃあ、この村に来てから外に出たことは?」



「な、無いです。私は一般奴隷ですので。アイネお嬢様のお世話が仕事です。でも最近は失敗ばかりでご主人様に──」



 キャビーは彼女の言葉を遮り、「聞いてない」と一蹴する。



「はぅぅ……」



「他の奴は?」



「は、はい……兵役している奴隷は、外に行きます。確かに霧の件を話しておりました」



 誰が魔法を制御しているか、魔法が解けることはあるのか、など幾つか質問をしたが、有益な情報は得られなかった。



「使えないやつ」



「はぅ……あ、キャビー様。お待ち下さい、あの──」



 キャビーの去り際に、彼女は言う。

 


「……噂によると、『そういうモノ』が刺さってあると」



「そういうモノ……? 分かった、メリー。やはりお前は使える人間だな」



「へっ!? キュンッ──」



 メリーの元から去り、彼は屋根の上に戻る。



 一人の時はここが一番落ち着く。誰にも邪魔されることはない。つまり、他人の眼を気にせず、魔族としての活動が出来る。人間を見下ろせるのも、やはり気分が良い。



 キャビーは考える──



 今までの疑問や障害は些細な問題に過ぎない。あまりに不可思議で、思考するのも諦めていた事項がある。



 メリーが言うには「そういうモノ」が刺さっているらしい。



 その情報が正しければ、少しは納得出来るというものだ。



 幻影魔法を展開するには、相応の魔力が必要になる。しかし、その供給源が不明だったのだ。



 カタリナ村から数百メートル離れた位置で、尚且つカタリナ村を囲うように霧が展開されている。



 かなりの広範囲になる。

 相当な魔力消費だろう。



 仮に、一度展開すれば数日留まり続けるとしても、やはり永久とまではいかない。あれだけの範囲を、数日置きに散布するのは、現実的ではないように思える。



 100年だ。転生するまでの100年の間に、人間は開発したのだ。魔力を貯蓄し、魔法を展開し続けるような装置を──



 原理は分からないが、そうであると仮説を立てるしかない。でないとあまりに不自然過ぎる。



 魔力を貯蓄するため、いずれ誰かが村の外に出る筈だ。その頻度や、装置の場所を調べれば、隙が見つかるかもしれない。





 カタリナ村の夜空は燦然と輝く星で覆われている。魔族領では見ることの出来ない澄んだ夜空だった。



 ──とても綺麗。



 きっとネィヴィティならば、そう言う筈だ。綺麗とは何かキャビーには未だ分からないが……。



「人間は良いですね。毎日このような空が見えて」



 当時、人間の村を襲撃したネィヴィティは、そのように言っていた。



 それに対しギィーラは、



「ネィヴィティ様は本当にそうお考えなのですか?」



 そう問い返す。

 すると彼女は「まさか」と即答するのだ。



「人間の真似をしてみただけです」と。



 才能もあり、コアや個体としての能力も高い。そんな彼女が昔から大嫌いだった。



 だからこの時、人間の真似を辞めない彼女と、兄妹喧嘩をしたのを覚えている。


 

 無論、ギィーラに勝機は無い。



 彼女によって倒されたあと──



「後少しでお別れなのですよ?」



 そう言っていたのを思い出す。



 ネィヴィティは、今どうしているのだろう。きっと何処かで、魔族を率いているに違いない。



 次期魔王である彼女が、そう簡単に死ぬとは思えない。彼女の強さをきっと誰よりも知っているギィーラが、そう信じているのだ。



 彼女が居る限り魔族は負けていない。



 だから魔族の一員として、任務は続けなければならない。ネィヴィティも、ギィーラを信じているのかも知れないから。


 

 当面の目標「幻影魔法の突破」は定まった。



 だが、今回の一件で判明したことが、もう一つある。



 もし幻影魔法を突破しても、母は必ず追って来てしまう。そして任務の障害になる。



 村を出る際は、彼女を殺害しなければならない。





 夜──



 冬が近いのか、気温が急激に下がる。いつの間にか、誰かが屋根に置いてくれた毛布を纏っても、寒さには耐えきれなかった。



 キャビーはあまりの寒さに、屋根の上で一夜を過ごすことは出来なかった。



 遂に家に戻り、母の居るベッドへ忍び込む。



 恐る恐る布団に入り、ベッドの隅で横になる。



 スー、スー、と母の寝息が背後から聴こえてくる。



 それを頼りに──そろそろ、思考がボヤけ始めた。



 だが、不意に声がした。



「おかえり」



 キャビーは寝返り、母を確かめる。彼女は眼を閉じ、やはり寝息を立てたままだ。



 気の所為だったのかもしれない。



「……ふん」



 キャビーは鼻を鳴らし、寝返りを打つ。眼を閉じて眠ろうとするが、無性に気になって──



「母上……起きてますか?」



「母上……? 本当に寝てる?」



 やはり彼女は寝息を立てている。

 本当に気の所為だったようだ。



「……ぅ、寒っ」



 キャビーは布団に潜り込んだ。ギィーラだった頃みたいに身体を丸めて、暖まる。



 少し物足りない。

 暖かい場所を求め、



 キャビーは母の胸に額を当てる。眼を閉じた。



 母は変わらず寝息を立てている。

 大丈夫、眠っている筈だ。



 人間としての本能が赴くまま、ついやってしまった。でも寒いのだから、仕方がない。それに母は眠っている為、問題ない。



──あぁ、どうしてこうも決意が揺らいでしまうのだろう。



 人間というのは不思議だ。いや、人間の母だろうか。それとも、この女だからか。



 魔族だった頃はもっと、ブレない性格だった気がするのに。



 いずれ、彼女は殺さなければならない。このようなことを、していてはいけない。



 キャビーは逡巡する心を落ち着かせるように、顔を埋めて眼を閉じる。



 すると、



「何処にも行かないでね」



 誰かが言った気がする。



 その呟きは静寂の夜が攫い、虚空へと消えていく。



 しかし、言葉は母の身体を通し、振動となって伝わってきた。



 魔族でなくなってしまう恐怖ですら、薄れていく。そんな不思議な心地良さが、母にはあるのだ。



『作者メモ』


 んー、キャビーの心情描写が難しい。言いたいことが何となく伝わりますでしょうか?


 分かりにくいようでしたら、教えて下さい。

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