第23話 幻影魔法 4月13日改稿
キャビーとファイは、オエジェットにしっかりと叱責された。
その後──
「キャビーちゃん、すごく探したんだから。お母さんも外に出ようとしたら、止められちゃうし──」
ファイはキャビーの手をぎゅっと握り締めている。その一方で、彼は握り返そうとはしなかった。
決して眼も合わせない。
彼は恐れているのだ。
勇者ハイル物語によれば、「魔族は敗北した」と記されていた。それが事実なら──いや事実の可能性が高い。
100年もの間、人類に浸透してきた物語だ。
キャビーは今、存在理由が分からなくなっていた。
心だけは魔族でいると誓った筈なのに──
母を受け入れることで、心までも魔族では無くなってしまうのではないかと──それがどうしようもなく怖い。
「ふふっ。ね、村の外は危なかったでしょ? 村の中ならお母さんが守ってあげれるからね。村の中に一緒に居ようね」
「あ、キャビーちゃん。今日のお夕飯はハンバーグにする? それともお魚のステーキ? お母さんはねぇ──」
キャビーの口は、施錠されたように固く閉じられている。
それでもファイは語り掛ける。
諦めず息子を呼び続ける。
子供の心はとても難しい。
感受性が豊かで、波のように揺れ動く。
その波が落ち着くまで、折り合いが付くまで、時間を掛けて何度でも──
彼に寄り添うことを辞めない。
★
カタリナ村の柵の外には、水魔法による幻影魔法が張られている。
主に有名な原理は、水の屈折を利用した脳の錯覚だろうか。
又は、
霧自体に幻影効果のある成分が含まれている。だろうか。霧に触れるか、吸い込んでしまえば効果が発揮され、村へ引き返すようになっている。
幾つかのテストは必要だが、概ねこの辺りが妥当と思われる。
このような魔法を展開しておく理由は、奴隷を逃さないため。村の外からの襲撃を防ぐため。
行商人や兵士達が外に出る時は、一部が解放されているか、それとも幻影魔法を掻い潜る方法を知っているかだ。
「メリーに聞きたいことがある」
「は、はい!!」
キャビーは母から逃亡し、屋根で考えに耽っていた。すると、アイネを抱っこするメリーを見つけ声を掛けた。アイネは眠ってしまっている。
「な、なんでしょうか……キャビー様」
「村の外に行ったことは?」
「む、村の外ですか……? わ、私は王都の農園出身なので……えっと、まぁ一応ありますけどぉ」
「農園って何」
「それはぁ……あんまり言っていいのか分かりませんが、獣人を増やしてるところ、と言えば宜しいでしょうか」
「ふーん」
彼の素っ気ない返事に、メリーは困惑する。
「はぅ……」
「じゃあ、この村に来てから外に出たことは?」
「な、無いです。私は一般奴隷ですので。アイネお嬢様のお世話が仕事です。でも最近は失敗ばかりでご主人様に──」
キャビーは彼女の言葉を遮り、「聞いてない」と一蹴する。
「はぅぅ……」
「他の奴は?」
「は、はい……兵役している奴隷は、外に行きます。確かに霧の件を話しておりました」
誰が魔法を制御しているか、魔法が解けることはあるのか、など幾つか質問をしたが、有益な情報は得られなかった。
「使えないやつ」
「はぅ……あ、キャビー様。お待ち下さい、あの──」
キャビーの去り際に、彼女は言う。
「……噂によると、『そういうモノ』が刺さってあると」
「そういうモノ……? 分かった、メリー。やはりお前は使える人間だな」
「へっ!? キュンッ──」
メリーの元から去り、彼は屋根の上に戻る。
一人の時はここが一番落ち着く。誰にも邪魔されることはない。つまり、他人の眼を気にせず、魔族としての活動が出来る。人間を見下ろせるのも、やはり気分が良い。
キャビーは考える──
今までの疑問や障害は些細な問題に過ぎない。あまりに不可思議で、思考するのも諦めていた事項がある。
メリーが言うには「そういうモノ」が刺さっているらしい。
その情報が正しければ、少しは納得出来るというものだ。
幻影魔法を展開するには、相応の魔力が必要になる。しかし、その供給源が不明だったのだ。
カタリナ村から数百メートル離れた位置で、尚且つカタリナ村を囲うように霧が展開されている。
かなりの広範囲になる。
相当な魔力消費だろう。
仮に、一度展開すれば数日留まり続けるとしても、やはり永久とまではいかない。あれだけの範囲を、数日置きに散布するのは、現実的ではないように思える。
100年だ。転生するまでの100年の間に、人間は開発したのだ。魔力を貯蓄し、魔法を展開し続けるような装置を──
原理は分からないが、そうであると仮説を立てるしかない。でないとあまりに不自然過ぎる。
魔力を貯蓄するため、いずれ誰かが村の外に出る筈だ。その頻度や、装置の場所を調べれば、隙が見つかるかもしれない。
★
カタリナ村の夜空は燦然と輝く星で覆われている。魔族領では見ることの出来ない澄んだ夜空だった。
──とても綺麗。
きっとネィヴィティならば、そう言う筈だ。綺麗とは何かキャビーには未だ分からないが……。
「人間は良いですね。毎日このような空が見えて」
当時、人間の村を襲撃したネィヴィティは、そのように言っていた。
それに対しギィーラは、
「ネィヴィティ様は本当にそうお考えなのですか?」
そう問い返す。
すると彼女は「まさか」と即答するのだ。
「人間の真似をしてみただけです」と。
才能もあり、コアや個体としての能力も高い。そんな彼女が昔から大嫌いだった。
だからこの時、人間の真似を辞めない彼女と、兄妹喧嘩をしたのを覚えている。
無論、ギィーラに勝機は無い。
彼女によって倒されたあと──
「後少しでお別れなのですよ?」
そう言っていたのを思い出す。
ネィヴィティは、今どうしているのだろう。きっと何処かで、魔族を率いているに違いない。
次期魔王である彼女が、そう簡単に死ぬとは思えない。彼女の強さをきっと誰よりも知っているギィーラが、そう信じているのだ。
彼女が居る限り魔族は負けていない。
だから魔族の一員として、任務は続けなければならない。ネィヴィティも、ギィーラを信じているのかも知れないから。
当面の目標「幻影魔法の突破」は定まった。
だが、今回の一件で判明したことが、もう一つある。
もし幻影魔法を突破しても、母は必ず追って来てしまう。そして任務の障害になる。
村を出る際は、彼女を殺害しなければならない。
★
夜──
冬が近いのか、気温が急激に下がる。いつの間にか、誰かが屋根に置いてくれた毛布を纏っても、寒さには耐えきれなかった。
キャビーはあまりの寒さに、屋根の上で一夜を過ごすことは出来なかった。
遂に家に戻り、母の居るベッドへ忍び込む。
恐る恐る布団に入り、ベッドの隅で横になる。
スー、スー、と母の寝息が背後から聴こえてくる。
それを頼りに──そろそろ、思考がボヤけ始めた。
だが、不意に声がした。
「おかえり」
キャビーは寝返り、母を確かめる。彼女は眼を閉じ、やはり寝息を立てたままだ。
気の所為だったのかもしれない。
「……ふん」
キャビーは鼻を鳴らし、寝返りを打つ。眼を閉じて眠ろうとするが、無性に気になって──
「母上……起きてますか?」
「母上……? 本当に寝てる?」
やはり彼女は寝息を立てている。
本当に気の所為だったようだ。
「……ぅ、寒っ」
キャビーは布団に潜り込んだ。ギィーラだった頃みたいに身体を丸めて、暖まる。
少し物足りない。
暖かい場所を求め、
キャビーは母の胸に額を当てる。眼を閉じた。
母は変わらず寝息を立てている。
大丈夫、眠っている筈だ。
人間としての本能が赴くまま、ついやってしまった。でも寒いのだから、仕方がない。それに母は眠っている為、問題ない。
──あぁ、どうしてこうも決意が揺らいでしまうのだろう。
人間というのは不思議だ。いや、人間の母だろうか。それとも、この女だからか。
魔族だった頃はもっと、ブレない性格だった気がするのに。
いずれ、彼女は殺さなければならない。このようなことを、していてはいけない。
キャビーは逡巡する心を落ち着かせるように、顔を埋めて眼を閉じる。
すると、
「何処にも行かないでね」
誰かが言った気がする。
その呟きは静寂の夜が攫い、虚空へと消えていく。
しかし、言葉は母の身体を通し、振動となって伝わってきた。
魔族でなくなってしまう恐怖ですら、薄れていく。そんな不思議な心地良さが、母にはあるのだ。
『作者メモ』
んー、キャビーの心情描写が難しい。言いたいことが何となく伝わりますでしょうか?
分かりにくいようでしたら、教えて下さい。
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