第22話 カタリナ村の外
勇者ハイル物語の本。これを買ってきたのは間違いだっただろうか。
絨毯の上に寂しく残されたそれを、ファイはキャビーの眼に付かないよう、棚の奥にしまった。
★
魔族は本当に負けたのか。
魔王は本当に死んだのか。
何故100年以上経っているのか。
ネィヴィティは何をしているのか。
生き残っている魔族は居ないのか。
疑問は尽きない。
何が真実で、何が残されているか、確かめなければならない。
「それが魔王の息子たる私の責任だ」
「キャビーちゃん。屋根に居るんでしょ? お昼ご飯、出来たよ。冷めちゃうよー」
何となく、母に合わす顔が無かった。
キャビーは彼女の呼び掛けを無視し、顕現魔法を使用する。
時々カタリナ村に降りてきて、塀の上から食べ物を狙っている野鳥。ファイからくすねた卵を利用し、1週間近く粘って罠を張り、捕獲に成功した。
「来い」
右腕に、黒い鷹が出現する。
それを前方に投げ、彼は屋根から降りた。
塀に向かって全力で走る。
カタリナ村の外へは、一度も降りたことがない。村の外がどうなっているのか、先ずは調べる必要がある。
キャビーは塀に接近すると、地面を蹴り。飛び上がった。勢いを利用し、塀を登る。
彼の真下から上昇してきた鷹に手を伸ばした。脚を掴み、それの勢いも相まって、塀の頂点に達する。
そのまま塀を飛び越えた。
「上手くいった」
カタリナ村の外に着地する。
細長い針葉樹林が群生し、陽光は僅かに地面へ届く。霧が薄らと広がっており、視界は悪い。
様相、村の中と全く異なっている。
「…………」
一先ず、方向を見失わないよう注意し、直進する。
カタリナ村と違い、整備されていないここは、やや起伏が目立つ。ただ、それでも深い森というだけで、山の中とは違う。大きな傾斜は見られない。
地面には疎に雑草が生え、木の根っこが浮き出ている。
「動物が1匹も見当たらない……」
あわよくば顕現魔法のストックにしたかったが、何ひとつとして動く物体がない。静止した静かな世界だ。
兵士が時々獣を狩っている為、当然生き物が住めない環境ではない。村の中から野生動物の声が聴こえることもあった。
一度振り返ってみる。カタリナ村の塀が遠くにあった。
このまま森を出れば、母は驚くだろうか。
「くそ……っ」
人間の女のことなんてどうでもいい。
やはり、村に長く居過ぎた所為で、魔族としての自覚が失われつつある。
早く、村を出なければ──
ふと、キャビーは立ち止まった。
「……?」
目前に、濃い霧が広がっている。他の場所よりも明らかに濃い。
よく観察すれば、濃い霧はカタリナ村を囲うように広がっている。
「暗いな……」
陽光を遮断するほどの霧。不可解な霧。
キャビーは闇魔法の司る「空間」を利用した空間探知魔法を発動させる。
彼の場合、触れてさえいれば、その物の物理的な内側を見ることが可能となる。
顕現魔法では、これを使用し肉体の模倣を行なっていた。
現在触れているのは、地面と空気。
範囲内の空気の形を確認し、物の位置関係を把握する。地面は一先ず気にしない。
利点は、全方位を警戒することが出来る。勿論、木にぶつからずに歩くことも可能だ。
しかし、実際に目視している訳ではない為、止まっている物体を生物と認識出来ない場合がある。
今は、自身に迫り来る物体にだけ注意を向ける。
そうして、キャビーは霧の中を進んで行った。
★
「カッコウケブラが飛んでる。村民に注意喚起をした方がいい」
「はい、隊長」
レイスは急ぎ、畑仕事をする村民の元へ向かう。空に飛んでいる肉食の飛翔生物について、注意喚起をして回る。
そして、ファイの元へ──
「レイスさん……?」
「あっ、ファイさん。今日もお美しいですね……」
「は、はぁ……?」
「えっと、大きな肉食の飛翔生物が空を飛んでいます。万が一に備えて、注意して下さい」
ファイはレイスに言われ、空を見上げる。
やや緑がかった灰色の生物を発見する。
「あ、あれですか?? わぁ、大っきいです」
「そんな呑気なこと言ってないで、注意して下さい。いいですね」
「注意って、具体的にはどうすればいいのかしら……? 私、魔法が苦手で」
レイスは「あー」と口を開けて、固まる。
「火に弱いのですが、取り敢えずファイさんは逃げて下さい。襲われたら、横に逃げるんです」
「は、はいぃ」
ファイが納得したのを見て、レイスは次の村民のところへ向かう。
「そうだ、キャビーちゃんに守ってもらお」
「守ってくれるかな……?」
ファイは息子が居るはずの屋根に向かい、声を掛ける。しかし、返事は無かった。
「うーん?」
まだそっとしておいた方がいいのだろうか。
強がって他者を遠ざけているけど、落ち込んでる時は構って欲しい。辛い時こそ、優しい言葉を掛けて欲しい。
それが彼にとって、また子供の躾として、マイナスだとしても──少なくとも、ファイはそう思う。
「よしっ」
意気込んだ彼女は、納屋から梯子を取り出して、息子に会いに行く。
「キャビーちゃん、お空に凄いの居るよ。一緒に──え? キャビーちゃん、何処っ!?」
★
前方にカタリナ村が見えた。
何度やっても、見えてくるのは自分の生まれ育ったカタリナ村だった。
「ループしている?」
濃い霧が立ち込めるそこを、真っ直ぐ進んでいくと、必ずカタリナ村が見えてくる。
──必ず戻ってきてしまう。
間違いなく、この霧には魔法が込められている。
「霧ということは水魔法、しかし──」
どのような魔法だろうか。
キャビーは前世の記憶を辿り、考える。
そして、幾つか仮説を思い付く。
闇魔法による異界化。
水魔法による幻影魔法。
自身だけの異空間を作り、物体を持ち運ぶ──所謂、アイテムボックス。それを応用して、この村全体を異空間に閉じ込めている。又は、異空間のゲートのようなものが展開されている。
ただやはり、霧の発生という現象を見るに、後者の方が可能性が高そうだ。
幻影魔法──光の屈折により、錯覚させる。前に進んでいるようで、実は引き返している。
「顕現しろ──」
もう一度、鷹を出現させる。
「進め」
そう命令を下すと、鷹は霧の方へ歩いて行く。すると、鷹は霧に飲み込まれていく。
少して、それは同じように歩きながら戻って来た。
顕現体の位置を感じ取った限り──
「やはり引き返している」
次に、キャビーは鷹を腕に乗せ、前方へ放り投げる。
鷹は、更に遠く離れた位置で着地した。
この方法であれば、より遠くに進めるようだ。しかし──
それはまた、戻って来てしまう。
キャビーは唸る。
恐らくどの位置に着地したとしても、引き返すように幻影を見せているらしい。
これを突破する方法は、勢いよく向こう岸に飛ぶか、上から超えるか、霧を晴らすしかない。
念の為、ぐるっと一周する。
カタリナ村を囲うように、霧が撒かれていた。一切の隙間は無い。
ふと、
「眼を閉じていれば、どうだろうか」
思い立って鷹に命令してみる。だが、鷹は当然のように引き返して来た。
「光を曲げているというより、これは──」
すると、金切り声を上げた物体が上空から迫ってくるのが分かった?
それはキャビーの後方に、ドサッと落下する。
振り返り確認すると、灰緑の怪物がのたうち回っている。キャビーを狙って来たのではなく、偶然空から落ちてきたらしい。
きっと、幻影魔法の霧に触れてしまったのだ。
それは腕と翼が一体となり、牙のような大きな爪を1本ずつ有している。黄色の嘴は太くて、長い。
体長は大人よりも、二回り程度大きい。
その巨大が起き上がると、豆粒のような眼でキャビーを見た。
カッコウケブラ──そう呼ばれる怪鳥は翼を広げ、キャビーに咆哮する。
「キェオォォァッ──!!」
耳をつんざくような悲鳴。キャビーは眉を顰め、異空間から取り出した奴隷用の木刀を構える。
怪鳥は叫び終えると少年に突進し、爪を振り下ろす。それは緩やかに湾曲しており、地面に深く突き刺さる。
少年が避けたのを認め、反対の爪を振り下ろした。
彼は怪鳥の腕を潜り抜けて回避する。
「どうにかして捕獲出来ないものか……」
突き刺さった爪で地面を掘り返す。少年に向き直ることもせず、腕を振り回して彼に攻撃する。
また地面を突き刺す。何度も何度も繰り返される。
顕現魔法のストックにするには、触れなければならない。触れて、肉体と魂を模倣出来るまで調べ尽くさないとならない。
しかし、戦略もなく暴れ回るそれに、近付く機会は訪れない。
「鳥頭が──っ」
キャビーの身体から黒い靄が放出された。それは徐々に蝶の形を成していく。
顕現化させた死結蝶を怪鳥に突撃させ、隙を探す。
蝶が切り裂かれ、食べられ──
キャビーは回り込み、背後から怪鳥の首に組み付いた。木刀をそれの首に回し、両手で抱える。
怪鳥は怒気の篭った叫び声を上げ、キャビーを振り落とそうと暴れ始める。
「この──っ!」
やがて、それは木に何度も身体をぶつけ、擦り付けた。
木と怪鳥の巨体に挟まれそうになり、キャビーは、仕方なく手を離した。一度距離を取る。
ざっと3秒分。のこり15秒程度あれば顕現化出来そうであった。
怪鳥の皮膚は、思ったよりも頑丈らしい。傷ひとつ付いていないのが分かる。
キャビーは作戦を変え、木刀をしまった。
怪鳥は再度咆哮すると、嘴を大きく開いた。
「……っ」
先程までとは違う攻撃パターンだ。
開いた口を地面に突き刺し、突進してきた。地面は抉れ、土を飲み込む。
その異様な攻撃に、キャビーは横へ飛び退いた。
飲み込んだ土の行方を追う。それは胃袋に収納されている訳ではないらしい。腹は大きくなっていない。
では一体何処に。
すると、怪鳥の頭上に何かが形成され始める。
土の塊だった。
空間に渦を作り、不均一な球体を幾つも形成していく。
土の塊には充分な魔力が込められ、少年に向かって放出された。
木であれば簡単に破壊出来そうな威力だ。
しかし、キャビーの魔力には遠く及ばない。やはり素材が土というのも悪かった。
それは、彼の腕に簡単に阻まれてしまった。
「鳥の癖に魔法を使うのか」
原理は不明だが、口の中に取り込んだものを丸めて飛ばせるらしい。分解、形成が可能な土魔法が妥当か。
怪鳥が怒り狂う。
キャビーは、向かって来た巨大の頭を蹴り、吹き飛ばす。怪鳥は木に衝突し、身体を反り返した。
「ふん」
少し気分が良かった。
彼は小刻みにジャンプし、身体に宿る熱を維持する。落ち込んでいた気分が、高まって来た。
さぁ来い。と、木刀を収納し、拳を構える。
だがその時、遠方から大人数名の声を確認すり。
「キャビー!! 大丈夫か!?」
レイスと兵士達。そして、その倍の奴隷の姿があった。
彼らは駆け付けると、奴隷を展開させる。
「奴隷は陣形を取れっ!! 訓練の成果を示せば、階級を上げてやる」
奴隷には階級制度があり、上に行くにつれ、犠牲になり難い場所に配置されるようになる。
奴隷は怪鳥を囲うように、奴隷が展開された。
「キャビー平気か!? どうして──いや、今はいい。それより……」
レイスは辺りの惨状に眼を向け、唖然とする。
「これ、お前がやったのか?」
「いえ私は避けていただけです」
「あの化け物は……?」
「あー、あれは私が蹴りました」
淡々と答える少年にレイスは悪寒を覚える。
「そ、そうか……だ、だがもう安心しろ。俺達が来たんだ」
言っている間にカッコウケブラは動き出し、奴隷と兵士と交戦を開始する。
「うぉ!? 何だよ、この威力は──」
木を破壊する怪鳥を見て、レイスが言う。
「確かに直撃は私でも嫌ですね」
「あ? お、おう。そうか……」
「レイスさん、あれ捕獲して私に下さい」
「は? 馬鹿言ってないで、お前は俺と一緒に──」
「馬鹿? 馬鹿ではありません」
キャビーのマジな顔に、レイスはドン引く。
「何お前、アレ捕まえろって言ってんの!? 無茶言うな。あんなもん、避けるので手一杯だっての」
「…………」
レイスや兵士達に、空間を探知するような魔法は使えないらしい。
自身の位置と、対象の位置を狂いなく把握出来るキャビーとは、見えている世界が違うのだ。
「なるほど。確かに、難しそうですね」
魔法を駆使して戦っている兵士を見て、キャビーは自身の身体を再確認する。
確かに前世では、空間を探知する魔法は使えなかった。その重要性を当時は軽んじていたが、いざ使えるようになると、圧倒的な差を感じる。
ファイの子供として生まれたのは、相当運が良い。
「なら、私が捕まえるので下がっていて下さい」
「馬鹿言うな。お前を助けに来たんだってば」
「だから馬鹿ではありません」
レイスは嘆息する。そして、彼の小さな身体を担ぐのだった。
「ちょっと、私は戦えます──おいっ」
「駄目だ。お前とファイさんは、バチクソにキレたオエジェット隊長から有難い説教が待ってるからな」
「母上まで!? 何故ですか」
「お? 何だ、やっぱりお前でも母親を巻き込むのは嫌なのか。ガキだなぁ」
「母を案ずるのに、子供も大人も関係ありません」
当然魔族での話だ。
「いきなり正論を言うな」
キャビーは、結局レイスに連れ戻されてしまった。
カッコウケブラは討伐されたが、獣人奴隷の死者については秘匿され、公開されていない。
『作者メモ』
カッコウケブラに名前の由来はありません。
今度登場する怪物も、それっぽい名前を付けますが、やはり由来はありません。
ですが、顕現魔法で召喚した際に、毎回名前を言うのは気持ち悪いので、「鷹」のように略します。
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