第20話 ファイの帰還
ヴィクシーは、勇者ノーゼと憲兵、そして<6枚の光の翼を持つ何者>かによって倒された。
しかし、ヴィクシーは根を伸ばし、種を撒き、何処にでも出現する。その本体を殺さなければ、人類に安寧は無い。
ファイの保護した2人の子供は、避難所で両親が見つかった。
★
ファイがカタリナ村に帰ってきたのは、彼女が王都へ経って4日後のことだった。
カタリナ村の落とし格子式の門が鈍い音を立てて持ち上がると、
その奥から、複数人の男性の声が聞こえてくる。
「また会いましょう!!」
「今度は俺とデートして下さい!!」
「馬鹿お前。既婚者だっつってんだろ」
「それはそれでありだよなぁ」
声援が飛び交う中心に、ファイの姿があった。美しい白銀の髪を靡かせて、門を潜る。
王都からここまで護衛してくれた彼らに、笑顔を向けると──
「マジで可愛い、天使」
「また呼んでくださいね、ファイさん!!」
「きっとですよ!!」
そうして、門は閉められた。
いまだ興奮が冷めやらぬ彼らの、愉快な声が聴こえてくる。
クスリと微笑したファイは、再び歩き出そうとする──その時、1人の少年に気が付いた。
同じく白銀の髪を持ち、晴天の青よりも美しい瞳が、ファイに向けられている。
思わず両手の力が抜け、持っていた荷物を落とした。それから、ファイの脚は勝手に前へ進んでいく。
「キャビーちゃん──っ!!」
膝を地面に付け、ロングスカートが汚れるのも厭わない。倒れ込むようにして、キャビーを抱き締めた。
我が子を実感し、涙さえ出てきそうになる。
カタリナ村に残したこと、4日間も会えなかったこと、それらが言葉として溢れ出す。
「元気だった? 良い子にしてた? 夜はちゃんと寝れた? ごめんね、寂しかったよね」
そう捲し立てると、「母上」と彼が呼ぶ。いつもより元気な声だった。
ファイは不思議に思い、キャビーと顔を合わせる。すると、彼は満面の笑みを作って迎えてくれていた。
「おかえりなさい」
「か、かかかっ──可愛すぎるっ!!」
キャビーの笑顔は、初めてかも知れない。感動と衝動が、同時に心臓の鼓動を速める。初恋のような、一目惚れのような、そんなときめきに近い。
「うぅー可愛いよぉ」
キャビーの頭を抱き締め、わしゃわしゃと撫でる。彼はされるがまま脱力していた。
だが、ふと──
まるで魂が入れ替わったように別人になってしまった息子に、ファイは不安を覚える。
自分が呑気に王都へ行っている間、何かがあったのかも知れない。
虐められていたら、どうしよう。
無闇やたらに絡んで来る村民こそ居ないが、陰で悪口を言われているのは知っている。
それはキャビーだけでなく、それは自分自身の素性についてもだが。
心配でならない。
「キャビーちゃん」
彼を解放し、問うてみる。
「どうして、笑顔を作ったの……?」
おかしな質問だということは分かっている。恐らくこの笑顔は、子供であれば普通の振る舞いなのだ。
しかし、普通だとか、特別だとか関係なく、この振る舞いがキャビーらしいとは思わない。
「どうして、とは?」
キャビーは表情を作らず、問い返す。
そう、これが彼らしいのだ。
「あっ、ううん。何でもないなら、いいのよ。ただ……あんまり笑ったりしないし、何かあったのかなって」
「…………」
「ご、ごめんね。変なことを言ってしまって……私も会えて嬉しいよ、凄く」
困らせてしまっただろうか。
彼の行動にいちいち反応しては、プレッシャーを与えてしまうかも知れない。
キャビーの頭を撫で、ファイは何でもないふうに立ち上がる。落とした荷物を拾いに戻った。
そんな母の背中を見て、キャビーは静かに言う。
「強いて言えば──」
「え?」
「子供らしくない、と言われたので」
母の留守中、アイネとメリーと3人で過ごした。その時、彼女に言われたのだ。
「子供らしくない」「怪しい」「まるで前世の記憶があるみたい」
きっと冗談で言ったのだろうが、偶然的を得ていた。
これを、ファイに知られることだけは避けたい。
その結果が、子供らしい笑顔だった。
「キャビーちゃん。それ、誰に言われたの!?」
「アイネですが」
「そ、そう……何だ、アイネちゃんね」
ファイはそれを聞いて、安堵する。アイネに悪気は一切無かったのだろうと察した。
小さく息を漏らした。
「ねぇ、実はね。王都で凄いことがあったのよ──」
ファイはそのように口火を切った。
「勇者に出会ったの!」
「ゆ、勇者ですか……?」
「うん! ノーゼちゃんって子」
「え、誰ですか……?」
「んー、誰かなぁ。小さな子供勇者だったよ?」
「よく分かりません」
「あはは──あのね、その子だけどね。勇者『らしく』しようと、凄く頑張っていたわ。あの歳で、勇者を演じないといけない。言ってること、分かるかな?」
「はい」
「ふふっ、流石はキャビーちゃんね! でね、そういう演じないといけない時が、キャビーちゃんにもいずれ来ると思うの──でもね、お母さんの前では、本当の貴方で居て欲しいなって」
「本当の私……?」
「そう。本当の貴方」
「母上は、どのような私でもいいと」
「ええ、どんな貴方でもいい」
「そうですか」
アイネに唆され、不要な心配をしてしまった。
万が一にでも、魔族の生まれ変わりだと、バレることはない。
「お家、帰ろっか」
荷物を持ったファイが言う。キャビーは彼女の横を並んで歩いて、家に向かった。
「あ、キャビーちゃん。良かったら、最後にもう一度笑ってくれない……? お願いっ!! 一生のお願いっ!!」
「嫌です」
「そんなぁ──っ!?」
★
ファイは協力してくれた村民に謝辞を述べ、王都の土産物を手渡して回った。
旅の疲れも相まって、その後は寝室で倒れ込むようにして眠ってしまう。
すると、夢を見た。何度も見た夢だ。
──1人の子供が、分厚い本を読んでいる。傍には大人が座っていた。
「ネンファお婆ちゃんはどうして殺されたの?」
「それはね、魔族に加担したからだよ」
「でも、ハイル叔父さんは英雄だって言われてるよ」
「そうだね」
「一緒に頑張ったのに、不公平じゃない!? なんで、ネンファお婆ちゃんだけ燃やされたの!?」
「──許さない゛っ!!」
ファイは夢から覚めた。額に汗が滲んでいる。
何度も見ている筈なのに、やはり知らない記憶だった。だがきっとこれは、身体に刻み込まれた──
過去の記憶だ。
既に、日は落ちてしまっている。
「も、もうこんな時間……」
ファイは寝室から出ると、夕飯の支度を始める。
夕飯が出来上がった頃、匂いに釣られてキャビーが帰ってくる。恐らく、また屋根の上に居たのだろう。
「ご飯出来てるよ」
「……? 豪華ですね」
「でしょ!? 王都で買ったの。沢山食べていいからね」
「はい、頂きます」
手を合わせてから、キャビーはステーキから食べ始める。溶けるような柔らかい食感だった。パンに挟んで食べるのも、また絶品だ。
頃合いを見て、ファイに尋ねる。
「父上はどうでしたか……?」
「え? あ、うん。元気だったよ……!」
「どう、元気でしたか?」
「ど、どう……? う、うーんと、頑張った!」
「そうですか。何を頑張っていたのですか?」
「へっ!? お、お仕事とかぁ? たまに戦ったりもするし」
「どのようなお仕事なんですか?」
キャビーからの質問が絶えない。
「キャビーちゃん……?」
だが、彼は至って真面目な顔をしている。未だ嘗て、彼がこれ程興味を示したことがあっただろうか。
「どんな、仕事ですか!?」
「は、はい……き、基本的に偉い方を守っているよ。あんまり自分の時間は取れなくて、大変そうだったよ」
「そうですか……」
「で、でも大丈夫! 代わりに私がキャビーちゃんと一緒にいれてるから、きっとあの人も頑張れてるの」
しかし、父親が居ない環境というのは、どうなのだろうか。キャビーは少なからず父親を気にしている。
「ねぇキャビーちゃん。お父さんが居ないの、寂しい……?」
「いえ」
「ん? あれ……? あれれ??」
ファイは、もう一度聞いてみる。
「キャビーちゃんはさ……お父さんに会いたい?」
「別に」
「え!? そ、そそそうなの!?」
思わず即答してしまったキャビーだが、よくよく考えて言い直す。
「いえ、会いたくない訳ではありません。どちらかと言うと、どのような人物で、何をしているのか……それが知りたかったのです」
あくまで、利用出来るか、又は障害になるか、そこが重要である。
「そ、そうだったのね……」
「はい。因みに、父上は怖いですか?」
「え? う、ううん。ちょっと気難しいけど、優しいよ」
「そうですか。なら良かったです」
キャビーは言い終えると、残りの夕飯を食べ始める。ファイはそんな彼を見て、ポツリと溢す。
「──いつか会えるよ」
と。
「今は、私で我慢してね」
ファイはキャビーの頭を撫でる。少し憂いを帯びた笑みで、彼を見つめる。
そんな彼女に疑問を抱きつつも、キャビーはパンに齧り付いた。
『作者メモ』
また書きすぎたので、前半後半を一気に載せます。
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