第20話 ファイの帰還

 ヴィクシーは、勇者ノーゼと憲兵、そして<6枚の光の翼を持つ何者>かによって倒された。



 しかし、ヴィクシーは根を伸ばし、種を撒き、何処にでも出現する。その本体を殺さなければ、人類に安寧は無い。



 ファイの保護した2人の子供は、避難所で両親が見つかった。




 ファイがカタリナ村に帰ってきたのは、彼女が王都へ経って4日後のことだった。



 カタリナ村の落とし格子式の門が鈍い音を立てて持ち上がると、



 その奥から、複数人の男性の声が聞こえてくる。



「また会いましょう!!」

「今度は俺とデートして下さい!!」

「馬鹿お前。既婚者だっつってんだろ」

「それはそれでありだよなぁ」



 声援が飛び交う中心に、ファイの姿があった。美しい白銀の髪を靡かせて、門を潜る。



 王都からここまで護衛してくれた彼らに、笑顔を向けると──



「マジで可愛い、天使」

「また呼んでくださいね、ファイさん!!」

「きっとですよ!!」



 そうして、門は閉められた。



 いまだ興奮が冷めやらぬ彼らの、愉快な声が聴こえてくる。



 クスリと微笑したファイは、再び歩き出そうとする──その時、1人の少年に気が付いた。



 同じく白銀の髪を持ち、晴天の青よりも美しい瞳が、ファイに向けられている。



 思わず両手の力が抜け、持っていた荷物を落とした。それから、ファイの脚は勝手に前へ進んでいく。



「キャビーちゃん──っ!!」



 膝を地面に付け、ロングスカートが汚れるのも厭わない。倒れ込むようにして、キャビーを抱き締めた。



 我が子を実感し、涙さえ出てきそうになる。



 カタリナ村に残したこと、4日間も会えなかったこと、それらが言葉として溢れ出す。



「元気だった? 良い子にしてた? 夜はちゃんと寝れた? ごめんね、寂しかったよね」



 そう捲し立てると、「母上」と彼が呼ぶ。いつもより元気な声だった。



 ファイは不思議に思い、キャビーと顔を合わせる。すると、彼は満面の笑みを作って迎えてくれていた。



「おかえりなさい」



「か、かかかっ──可愛すぎるっ!!」



 キャビーの笑顔は、初めてかも知れない。感動と衝動が、同時に心臓の鼓動を速める。初恋のような、一目惚れのような、そんなときめきに近い。



「うぅー可愛いよぉ」



 キャビーの頭を抱き締め、わしゃわしゃと撫でる。彼はされるがまま脱力していた。



 だが、ふと──



 まるで魂が入れ替わったように別人になってしまった息子に、ファイは不安を覚える。



 自分が呑気に王都へ行っている間、何かがあったのかも知れない。



 虐められていたら、どうしよう。



 無闇やたらに絡んで来る村民こそ居ないが、陰で悪口を言われているのは知っている。



 それはキャビーだけでなく、それは自分自身の素性についてもだが。



 心配でならない。



「キャビーちゃん」



 彼を解放し、問うてみる。



「どうして、笑顔を作ったの……?」



 おかしな質問だということは分かっている。恐らくこの笑顔は、子供であれば普通の振る舞いなのだ。



 しかし、普通だとか、特別だとか関係なく、この振る舞いがキャビーらしいとは思わない。



「どうして、とは?」



 キャビーは表情を作らず、問い返す。



 そう、これが彼らしいのだ。



「あっ、ううん。何でもないなら、いいのよ。ただ……あんまり笑ったりしないし、何かあったのかなって」



「…………」



「ご、ごめんね。変なことを言ってしまって……私も会えて嬉しいよ、凄く」



 困らせてしまっただろうか。



 彼の行動にいちいち反応しては、プレッシャーを与えてしまうかも知れない。



 キャビーの頭を撫で、ファイは何でもないふうに立ち上がる。落とした荷物を拾いに戻った。



 そんな母の背中を見て、キャビーは静かに言う。



「強いて言えば──」



「え?」



「子供らしくない、と言われたので」



 母の留守中、アイネとメリーと3人で過ごした。その時、彼女に言われたのだ。



「子供らしくない」「怪しい」「まるで前世の記憶があるみたい」



 きっと冗談で言ったのだろうが、偶然的を得ていた。



 これを、ファイに知られることだけは避けたい。



 その結果が、子供らしい笑顔だった。



「キャビーちゃん。それ、誰に言われたの!?」



「アイネですが」



「そ、そう……何だ、アイネちゃんね」



 ファイはそれを聞いて、安堵する。アイネに悪気は一切無かったのだろうと察した。



 小さく息を漏らした。



「ねぇ、実はね。王都で凄いことがあったのよ──」



 ファイはそのように口火を切った。



「勇者に出会ったの!」



「ゆ、勇者ですか……?」



「うん! ノーゼちゃんって子」



「え、誰ですか……?」



「んー、誰かなぁ。小さな子供勇者だったよ?」



「よく分かりません」



「あはは──あのね、その子だけどね。勇者『らしく』しようと、凄く頑張っていたわ。あの歳で、勇者を演じないといけない。言ってること、分かるかな?」



「はい」



「ふふっ、流石はキャビーちゃんね! でね、そういう演じないといけない時が、キャビーちゃんにもいずれ来ると思うの──でもね、お母さんの前では、本当の貴方で居て欲しいなって」



「本当の私……?」



「そう。本当の貴方」



「母上は、どのような私でもいいと」



「ええ、どんな貴方でもいい」



「そうですか」



 アイネに唆され、不要な心配をしてしまった。

 


 万が一にでも、魔族の生まれ変わりだと、バレることはない。



「お家、帰ろっか」



 荷物を持ったファイが言う。キャビーは彼女の横を並んで歩いて、家に向かった。



「あ、キャビーちゃん。良かったら、最後にもう一度笑ってくれない……? お願いっ!! 一生のお願いっ!!」



「嫌です」



「そんなぁ──っ!?」



 ファイは協力してくれた村民に謝辞を述べ、王都の土産物を手渡して回った。



 旅の疲れも相まって、その後は寝室で倒れ込むようにして眠ってしまう。



 すると、夢を見た。何度も見た夢だ。



──1人の子供が、分厚い本を読んでいる。傍には大人が座っていた。


 

「ネンファお婆ちゃんはどうして殺されたの?」

「それはね、魔族に加担したからだよ」

「でも、ハイル叔父さんは英雄だって言われてるよ」

「そうだね」

「一緒に頑張ったのに、不公平じゃない!? なんで、ネンファお婆ちゃんだけ燃やされたの!?」



「──許さない゛っ!!」



 ファイは夢から覚めた。額に汗が滲んでいる。



 何度も見ている筈なのに、やはり知らない記憶だった。だがきっとこれは、身体に刻み込まれた──



 過去の記憶だ。



 

 既に、日は落ちてしまっている。



「も、もうこんな時間……」



 ファイは寝室から出ると、夕飯の支度を始める。



 夕飯が出来上がった頃、匂いに釣られてキャビーが帰ってくる。恐らく、また屋根の上に居たのだろう。



「ご飯出来てるよ」



「……? 豪華ですね」



「でしょ!? 王都で買ったの。沢山食べていいからね」



「はい、頂きます」



 手を合わせてから、キャビーはステーキから食べ始める。溶けるような柔らかい食感だった。パンに挟んで食べるのも、また絶品だ。



 頃合いを見て、ファイに尋ねる。



「父上はどうでしたか……?」



「え? あ、うん。元気だったよ……!」



「どう、元気でしたか?」



「ど、どう……? う、うーんと、頑張った!」



「そうですか。何を頑張っていたのですか?」



「へっ!? お、お仕事とかぁ? たまに戦ったりもするし」



「どのようなお仕事なんですか?」



 キャビーからの質問が絶えない。



「キャビーちゃん……?」



 だが、彼は至って真面目な顔をしている。未だ嘗て、彼がこれ程興味を示したことがあっただろうか。



「どんな、仕事ですか!?」



「は、はい……き、基本的に偉い方を守っているよ。あんまり自分の時間は取れなくて、大変そうだったよ」



「そうですか……」



「で、でも大丈夫! 代わりに私がキャビーちゃんと一緒にいれてるから、きっとあの人も頑張れてるの」



 しかし、父親が居ない環境というのは、どうなのだろうか。キャビーは少なからず父親を気にしている。



「ねぇキャビーちゃん。お父さんが居ないの、寂しい……?」



「いえ」



「ん? あれ……? あれれ??」



 ファイは、もう一度聞いてみる。


 

「キャビーちゃんはさ……お父さんに会いたい?」



「別に」



「え!? そ、そそそうなの!?」



 思わず即答してしまったキャビーだが、よくよく考えて言い直す。



「いえ、会いたくない訳ではありません。どちらかと言うと、どのような人物で、何をしているのか……それが知りたかったのです」



 あくまで、利用出来るか、又は障害になるか、そこが重要である。



「そ、そうだったのね……」



「はい。因みに、父上は怖いですか?」



「え? う、ううん。ちょっと気難しいけど、優しいよ」



「そうですか。なら良かったです」



 キャビーは言い終えると、残りの夕飯を食べ始める。ファイはそんな彼を見て、ポツリと溢す。



「──いつか会えるよ」



 と。



「今は、私で我慢してね」



 ファイはキャビーの頭を撫でる。少し憂いを帯びた笑みで、彼を見つめる。



 そんな彼女に疑問を抱きつつも、キャビーはパンに齧り付いた。



『作者メモ』


 また書きすぎたので、前半後半を一気に載せます。

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