第19話 王都 後編


「ノーゼちゃん、ノーゼちゃん。これ貴方に似合うわよ」



「ファイさん、待って──あの、さっきから……ご自分のものを選んだ方が」



「私のはいいよぉ。それより、こっちは!? あ、この耳飾り、貴方の髪によく似合ってるわ」



 まるで着せ替え人形のようにノーゼを飾る。彼女に強く出ることも出来ず、彼はされるがままだった。



「け、結局何も買わないんですね……」



「ええ! そんな大金、私持ってないから。あはは」



「でも、夫さんは王宮勤めなんですよね!? だったら──」



「いいの! 次行きましょう」



 誤魔化すように、彼を強引に連れて行く。ノーゼは困ったように笑うしか無かった。



 王都の中心街に続く、セリエス川。その両岸は特に人通りが多く、沢山の店が構えている。



 ファイはノーゼの手を握り、ふらふらと店に立ち寄った。



「ノーゼちゃんは、どうして勇者になったの!?」



「い、いきなりですね……なれたから、なっただけです」



「そうなんだぁ。じゃあ、天才だぁ」



「天才だとしても、これでは意味がありません」



「意味? どういうこと?」



「僕には目標が無い。何をすれば良いのか、よく分からないんです。用意された優れたパーティメンバーとも、そりが合わないですし」



 聴きながら、彼に帽子を被せていく。



「悩んでいるのね。でも、私は助けて貰ったよ?」



「偶然です。偶然、助けられた」



「そっか。何をすれば良いのか、何がしたいのか、分からない。でも、何をすべきかは分かっているのね」



「何をすべきか──? それはどういう……」



「だって、勇者らしく助けてくれたじゃない。勇者って、そういうものでしょ?」



「え? あ、はい。そうですね」



「じゃあ、大丈夫。今はそれでいいんじゃないのかな」



「……そ、そうでしょうか」



「ええ。すべきだと思うことを、実際に出来る力がある。どうしても出来ないことが訪れた時、それが貴方の目標となるの」



「な、なるほど……」



「いつか私の息子と、娘と──貴方は良い友達になれるといいね」



「あれ、娘さんも居るんでしたっけ?」



「ううん、まだね──うふふ」



 ファイとノーゼは、最後に王都が一望出来る展望台へ訪れた。



 お咎め様の森から流れるセリエス川が、王都の、更に東へ伸びているのが分かる。



 その先は夕焼けだった。



「何処まで続いているのかなぁ。一度行ってみたいなぁ」



 綺麗に並んだ街並みは、端に行くにつれ歪み始めている。家屋を無理矢理詰め込んだように、まるで歯並びが悪い。



 でも、そんな様子も嫌いにはならない。



「この何処かに<農園>があるのよね」



「え、何か言いましたか?」



「ううん、何でもないよ」



「そう、ですか。ファイさん、ところで……有名な本一冊と、適当な食べ物。それだけで良かったのですか?」



「うん、勿論だよ。あっ、見て! あそこ、王宮があるよ! シキマが居るんだぁ」



 黄色を基調とした城。王都の建築物の中でも異彩を放ち、遠方からでも直ぐに分かる。



「いや、知ってます。僕、勇者なんで。っていうか、シキマって夫の名前ですか? そんな人居たかなぁ」



「あはは、ごめんごめん。息子と来ている気分で」



「はぁ──息子さん、どんな子なんですか」



「とっても良い子よ。とっても可愛いし」



「ファイさんの子供なのですから、可愛いのは納得ですが」



「あら、私のこと可愛いって言ってる? やだなぁ、人妻に……」



「ち、違います! そういうことじゃ──」



 すると、ノーゼは何かを感じ取り、言葉を区切った。



「ノーゼちゃん……?」



「ファイさん。少し揺れています」



「え? ほ、本当に!? 全然感じないけど」



「僕のコアは9割が黄色です。微々たる感覚が常人より遥かに研ぎ澄まされています」



 展望台の壁に触れ、下を覗き込む。



 何かが地面の中を這っている。



「ファイさん、ここは危険です──」



 すると、ドカァンッ!! 



 突然、強烈な衝撃が展望台を揺らした。



「──な、なにっ!?」



「ファイさん、伏せて下さい。敵襲かも知れません」



 この場は、ファイと子供が2人、大人が3人だった。ノーゼは勇者として、考える。



 その間にも、地震の如く地面が揺れる。



「ママぁ──っ!!」


 

 叫び、泣く2人の子供。



 地面が割れ、緑の何かが姿を見せ始める。



「大丈夫よ! だから、泣かないで!」



 ファイは子供を抱き寄せ、励ますように言う。



「大丈夫、ここには勇者のお兄ちゃんが居るからね。きっと大丈夫」



 それから彼女は、ノーゼを見る。



 ノーゼには、彼女の不安が見てとれた。



「ファイさん。ヴィクシーです。ヴィクシーが来ました」



「遂にね……ノ、ノーゼちゃん……っ」



「はい、僕に任せて下さい。たとえ魔族だろうが僕なら──」



 ファイの眼に、首を上げた巨大が映った。それは暗い緑の身体に、赤い邪悪な花を咲かせている。



 ファイは叫ぶ。



「ノーゼちゃん、後ろ!!」



 言われる前からノーゼの身体に電流が走っていた。危険信号だ。



 振り向き、いざヴィクシーを捉えると、その巨大に脚が竦む。



 植物性の身体は、展望台よりも高く聳えている。地面の亀裂はどんどん広がり、そこから蔦を伸ばしている。



 破壊範囲が大き過ぎる。



「──ノーゼちゃん!!」



「……っ!? はい!!」



 何度目かの呼び掛けに、ノーゼは気付く。



「ノーゼちゃん。皆んなを逃がさないと……」



「そ、そうですね……」



 ノーゼは展望台から身体を乗り出し、下を覗く。


 

 既にヴィクシーの蔦が巻き上がって来ている。今にも展望台が崩れてしまいそうだ。



「お、大人の方は早く下へ……」



 唖然とする大人達に、彼はもう一度言う。



「早く下へ! 僕は勇者ノーゼです。僕の名の元に、早く下へ……」



 ノーゼの指示に従い、大人3人は梯子を伝い、下へ降りて行った。



「ファイさんと、子供は僕が運びます」



「う、うん」



 壁が破壊され、支柱が折れる。そんな、振動が伝わってくる。



 彼は葛藤を露わに、汗を滲ませていた。



「ノーゼちゃん……?」



 すると、ヴィクシーの蔦が展望台の頂点にまで到達してきた。それはうねりながら、あらゆるものに絡み付いていく。



「も、もうこんなところまで──!?」



 子供が母を求め、泣き叫ぶ。



 それが息子と重なり、胸が締め付けられる思いだった。



「大丈夫。大丈夫だからねぇ。もう直ぐ助かるからね」



 ファイが子供達に告げた直後──


 

 知ってか知らずか、蔦が逃げ場を無くすように周囲を覆っていく。光が失われていく。



「か、囲われた……?」



 怯えた子供の声が反響する。ファイは必死に勇気付けるも、そろそろ展望台自体が限界を迎える。



 蔦が引き締まる音がし、塔が破壊されていく。



「ノーゼちゃん!!」



「ファイさん、すいません。もう……もう大丈夫です」



 少年の声が聞こえた瞬間、彼の剣に雷光が宿る。



 円を描くように、剣が薙ぎ払われた。



 雷鳴が響いた。



 辺りは瞬く間に晴れ、夕焼けの空が頭上に広がっている。



「ファイさんは僕に捕まって下さい」



 ノーゼが言い、ファイを背中に背負う。



 彼は子供を両脇に抱えると、展望台から出来るだけ遠くに向けて、飛び降りた。



 その時、ファイはこちらを見つめるヴィクシーと眼が合った。それは溶解液の涎を垂らし──



「エヘ……エヘ……エヘ……」



 不気味な声を上げ、笑っていた。



 ノーゼは着地と同時に電気を放ち、静かに降り立った。



「少し痺れたかい?」



「うん、ちょっと」

「もう助かったぁ?」



「もう大丈夫……」



 ファイはノーゼを強く抱き締めた。



「ファ、ファイさん!? は、恥ずかしいです」



「有難う、ノーゼちゃん! 本当に有難う……っ」



 嫌がるノーゼを、ファイは離さない。彼は諦めて、力なく身体を委ねる。



「ファイさん。展望台の下へ逃した大人は、残念ながら全員潰されて死にました」



「……感じたのね」



「はい。僕は命を選んだんです……例えあの3人が生き残る道があっても、僕は貴方を選んだでしょう──これでも勇者でしょうか」



 ファイはノーゼの顔を見て言う。



「これは私のせいだわ」



「え? ど、どうしてファイさんの……?」



「何でもない、忘れて。それより救った命を誇りなさい。助けたことに罪悪感を抱いてはダメ。失った命は背負い、次の糧にするしかない。勇者ハイルも全員は救っていない」



「はい……」



「ごめんね。私には力が無いから、何も出来ないけど……貴方ならまだ救える命があるでしょ。さぁ、行って──」



「でも、ファイさんは」



「ここまで来れば大丈夫。子供達は私に任せて! さぁ、早く。また何処かで──」



「分かりました」



 ノーゼは頷くと、魔力で強化した脚で、前戦に戻っていく。ファイは子供を保護し、避難所を目指した。


 

 

『作者メモ』


 この話書くか迷ったのですが、一瞬でファイに帰ってきて貰うのもアレなんで、追加しました。次の冒頭には、帰らせます。


 キャビーが居ないので、ファイが意味深なことを好き勝手言ってますが、私にはどうすることも出来ませんでした。


 ノーゼは2章で頑張りますが、やらかします。

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