第18話 王都 前編
ファイがカタリナ村を出たのは、午前6時頃だった。それから丸一日馬車に揺られ、現時刻は午前9時頃となった。
ファイは、王都ヘイリムに到着した。
「有難う。またお願いしますね」
御者に礼を言い、王都の正門近くで馬車を降りた。
「……? 何か変だわ……」
王都の様子がおかしい。少し忙しなく感じる。
そんなふうに、感じた。
人や物の出入りが多く、通常よりも沢山の兵士が正門を警備していた。
王都を突っ切るセリエス川の中にも気泡を作り、兵士の監視があった。
「ど、どうしちゃったのかしら……」
ファイはフードを深く被ってから、門兵のところまで行く。
「お、おはようございます……」
「誰だ。何故顔を隠している」
門兵は怪訝そうに言う。ややひりついた雰囲気があり、今にも槍を向けられてしまいそうだ。
ファイはフードから顔を出した。
「わ、私です。ファイです。シーニアさん」
門兵は彼女の顔を見ると、ハッと顔を赤くする。
「ファ、ファイさんでしたか。失礼致しました。少々お待ち下さい。今調べますんで──」
彼は手を翳し、ローブを着たファイを入念に調べていく。
「あら、私の顔。忘れてしまったのですか?」
「勘弁して下さい。今結構やばいんすよ」
門兵は溜息を吐くと、問題が無いことを告げる。
シーニアは体内に白いコアを宿しており、光魔法の<真実>に適性があった。
本来は鉱石などの鑑定に用いられている。希少性の高い能力だ。
数年前、変身能力を有した魔族や、耳を切り裂いた獣人の侵入を許したことで、彼のような者が門兵として配置されるようになった。
「ファイさん。通ってもいいですが、いくら貴方でもそのローブは……魔族か脱走した奴隷かと──」
「ご、御免なさい……」
ファイは謝罪しつつ、話を変える。
「あ、あの! 何だか皆んな慌ただしいのだけど、何かあったんですか?」
「ああ、それが……」
彼は渋い顔をすると、人差し指を曲げて、ファイを傍まで呼び付け、耳打ちする。
「魔族が付近に現れたそうでして」
「ま、魔族!? どの魔族ですか……?」
「こ、声がデカいです」
「御免なさい……うぅ」
彼は改まり、「出来るだけ騒ぎを大きくしたくない」とそのように銘打った。
「どうやらヴィクシーのようです。種が王都に持ち込まれたという噂もあり──」
「そんな。王都にまで……」
「ファイさん。どうして来られたのかは知りませんが、早いとこ帰られた方が良いですよ」
「あ、有難う……でも大丈夫です。私は」
ファイはローブを強く握り、フードを被り直した。
「ファイさん、だからそれは──」
一礼し、足早に門を過ぎて行く。逃げるように裏路地へ入った。
王都の中心に続く道から逸れると、スラム街の様相が目立ち始める。
途端に子供や老人が多くなる。見窄らしい格好で、痩せ細っている。物乞いに明け暮れ、きっと明日になれば数人が死んでしまっているのだろう。
可哀想に思いながらも、ファイは駆け足で抜けて行く。
十数分歩いた先に、ファイの家があった。厳密に言えば、クライン家の家だ。
ファイはクライン家に拾われた。それ以前のことは、彼女にしか分からない。
当時──約6年前、近くの工房でパンを作り、売っていた。
年老いた当主が病気で死んだことで、クライン家の血は完全に途絶えている。工房はそれを機に、売り払ってしまった。勿論、遺言に従ってだ。
以降、ファイが家の所有者として、有り難く使わせて貰っている。
鍵を開け、中に入る。
「お爺さん、ただいま」
留守中、家を守ってくれた今は亡きクライン家の当主に挨拶をする。
荷物を置いた──
ヴィクシーという魔族が王都に潜伏しているらしい。
<ナラチ>、<ベルメーユ>と同列に語られる強力な魔族の一体だ。魔王軍には所属せず、1000年以上も人類を苦しめて来たと言われている。
「早く用事を済ませないと……」
白銀の髪に、青い瞳の組み合わせは、勇者ハイルの姉──ネンファ姫と同じである。それだけならまだしも、彼女は元より眼を惹いてしまう。
特に1人で居る時は、尚更だった。
フードを手放せないのは、時々騒ぎになるからだ。
だがしかし、平時なら兎も角、今は誤解を招くような行為は慎むべきだろう。
門兵の忠告通り、仕方なくフードを脱ぎ、外へ出ることにする。
★
「うぅ……王都に来ると毎回こう。だからフードは脱ぎたくなかったのにぃ」
ファイは、心の中で後悔する。
決して人通りは少なくない路地で──
ファイは早速、4人の男達に捕まっていた。身なりは冒険者風であり、とても屈強である。
「なぁ、1人なんだろ?」
「ヴィクシーっつう魔族が隠れてっから、俺達が護衛してやるよ」
「それにしても、スンゲェ美人だなアンタ。結婚はしてんのかぁ?」
彼らに教養は無いのか、ファイの髪や眼の色には触れて来ない。
「と、通して下さい! 私は結婚もしていますし、子供も居ます」
「おぉ、それは残念」
「だけど、俺達そんなの気にしないよなぁ?」
「も、もうっ! 退いて下さい!」
キッと睨み付けるも、彼らにとっては小動物の威嚇に過ぎない。
腹を抱えて笑い出した。
「怒った顔の方が可愛いじゃねぇか」
ニヤついた男によって、腕が掴まれる。
「ちょっ!? や、やめて──っ!」
「おいおいおい、暴れると怪我するぜ」
彼らの大きな手に比べれば、彼女の腕は小枝のようにみえる。強く握り締められ、骨が軋む。
「痛いっ──、お願い離してっ!」
通行人は見て見ぬふりをする。彼らに関われば、自身にも危険が及ぶからだ。憲兵を呼びに行くのが関の山だった。
しかし、そんな中──
「何をしている」
凛々しい黒髪の少年が言い放った。
喧騒に掻き消されない強い声音は、真っ直ぐ男達を捉える。
とても若い。10歳程度の少年だった。
「あん?」
男達の注意が彼に向く。
「その女性、困っているじゃないか。離してやれよ」
「困って──いやいや、今から全員で仲良くハイキングだよなぁ?」
男が言うと、ファイを除いた全員が肯定するように頷く。
ファイは隙を見て、助けを求めるも、
「助け──っ、きゃあっ!?」
口が塞がれてしまった。
しかし、彼女の声はしっかり彼に届いている。
「──やっぱり困ってるじゃないか! お前達は冒険者だろ。市民に手を出すなんて」
「んだよ、文句あんのか!? ガキが」
「冒険者だとか、関係あんのか!?」
「夢見てんじゃねーぞ」
「夢……? これだから落ちぶれたら大人は──」
少年は説得を諦め、彼らを敵と認める。
腰に付けた剣に手を掛けた。
「なんだ、やるってんのか!?」
「いいや」
腰に付けた剣が、鞘と離れないよう、紐で縛り付ける。
終えると、彼は鞘を持ち、見せ付けるように剣を差し出した。
「僕は勇者だ。これは一方的な戦いになる」
「あ? 何言ってんだ、あいつ」
「あの顔、何処かで見たか?」
「何ビビってんだ、あっちはガキ。こっちは4人だぞ。やっちまえ」
男達は各々で武器を取った。余裕そうな態度は崩さない。少年に対し、笑みを浮かべる。
戦闘を予感した人々が逃げ出し、そこには一種のフィールドが形成された。
1人の男が太い金属性の棍棒を軽々と振り回し、少年に歩み寄っていく。
棍棒を頭上で大きく構え──
そのまま、彼に向けて振り下ろした。
少年は迫る棍棒を捉え、冷静に息を吐く。
研ぎ澄まされた魔力はやがて雷に変わる。雷鳴の如くバリバリと音を鳴らし、身体から放電を始める。周囲に磁場を形成し、それは空間を歪ませた。
「なにぃ──っ!?」
男の振り下ろした棍棒は、自ら軌道を変え、地面を叩いてしまう。
男は驚愕に眼を見開いた。
棍棒には眼もくれず、少年は一点に男を見据え、剣を握り締める。
その瞬間、彼の姿は稲光となった。
遅れて強烈な電撃が放たれ、摩擦により空気が焼き切れる。
少年は男の背後を取っていた。
男が彼に気付く間もなく、後頭部に打撃が入れられた。男は白眼を向いて、倒れ込む。
「お、おい。今の見えたか?」
「いや、一瞬過ぎて」
「勇者って、あいつ──」
少年は残りの男達に向き直った。
「ま、待て俺たちは──」
言葉はもう意味を成さない。彼は瞬時に男達に肉薄する。
「──っ!?」
見えたのはたったの一刀。しかし、実際に振り抜かれたのは、十数回の打撃だった。
男達はまとめて吹き飛ばされ、倒れ込む。
「嘘っ──」
ファイは唖然と、年端のいかない少年を見た。
彼と眼が合う。
少年は思わず眼を逸らし、頬を赤らめた。
「あ、あの。助けてくれて──」
「あっ、えっと……無事、でしょうか」
先程の少年とは打って変わり、緊張した彼が居た。
「有難う……うん、お陰様で」
彼は尚も顔を背け、答える。
「よ、良かったです。その──勇者として、当然のことですから」
「勇者……?」
「え? は、はい」
「そう。若いのに凄いのねぇ」
すると、彼は複雑な顔をする。眼を落とし、俯いてしまった。
「コラッ!! 何の騒ぎだ!!」
数人の憲兵が人混みを掻き分けて、ようやくやって来る。
4人の大男が倒れたこの惨状を憲兵に見つかれば、事情を話さなければならない。
ファイは少年の腕を取った。
「えっ? あ、あの──」
「逃げましょ!」
「え……?」
ファイに連れられ、彼は脚を動かす。
「ど、どうして……?」
「いいから。捕まっちゃうよ」
彼女は楽しそうに言う。
とても美しく、可愛いらしい。
少年は、心臓に生命が宿るような感覚を覚えた。
直ぐ後ろに迫る憲兵を見て、少年はファイを抱える。
「きゃっ──!?」
彼はファイを抱えたまま走り、飛び上がった。
「えっ、ホントに!?」
家屋に飛び乗った。
「捕まって下さい」
「捕まる? ど、何処に!? ──きゃぁ!!」
次々と家屋を飛び越えて行く。
「待って! 凄いこれっ! ──あははっ!」
ファイが笑い始めて、少年も笑顔になる。
人気の無い道に降り立つと、彼はファイを下ろした。
「あははっ、貴方凄いのね!」
「い、いえ……それほどでも」
「私は、ファイよ。ファイ・クライン。貴方は?」
「ノーゼ。ノーゼ・シャットロークです。序列4位の勇者です」
「ノーゼちゃんね」
「ノーゼ……ちゃん!? ぼ、僕はもう大人で──」
「ねぇねぇ良ければ私を護衛してくれないかな?」
ファイは笑顔で手を差し述べる。
「え?」
呆気に取られたノーゼだったが、直ぐに決心すると跪き、彼女の手を取った。
「はい。お任せ下さい」
『作者メモ』
書きすぎたんで、2話に分けます。
最近書いていると物足りなくなって、文字数がかさむんですよね……
長いとか、ありましたら教えて下さい。
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