第16話 抱っこ
とある一室にて──
「で、どうだった?」
「化け物でした。正直言って、怖いです。子供とは到底思えない」
「そうだな。腕を使ってガードしようとしたのも、まるで躊躇いが無かった。長年の経験から得られた反射的な行動にみえた」
「な、何者なんですか……?」
「裏切りの姫に関係があるのは、間違いないだろうね」
「そ、それは……容姿からですか?」
「当然それもあるが、ミャーファイナルから報告が入ってね」
「報告? あいつから?」
「ファイさんとキャビー君のコアは、単色だそうだ」
「ほ、本当に!? ……な、何故そんなのが、こんなところに──」
「ハッハッハ。私の好奇心でね」
「は、はい?」
「一応王都の友人に調べて貰っているが、パン屋の娘としか情報は無かった」
「ネンファ姫の末裔がパン屋を……?」
「どうやらそこのお爺さんが、彼女を引き取ったみたいでね。それ以前の足取りは掴めていないよ」
「夫が王宮に居ると、ファイさんは言ってますが、それについては分かっているんですか?」
「いや、誰が夫かは不明だ。だが、彼女から王都への一時帰還の申請を受けていてね」
「許すのですか?」
「当然だろう。ここの村民は罪人でも奴隷でもない。それくらいの権利はあるさ」
「つまり、その時に彼女の動向を監視すれば、夫の正体を掴める訳ですね」
「おや? 私はそこまで言ってないが……君はもっと誠実な人間だと評価していたんだがね」
「な、何を言ってるんですか、今更……それより、そんな身元の分からない人間をここへ入れるのは、やはり得策とは思えません」
「ハッハッハ。そうだな。正直、あまり置いておきたくは無いね」
★
暖かい寝床で丸くなって眠る。その瞬間が最も心地良く、最も安心出来る。
最強最悪な魔族だとしても、その時間は必要だ。そう、たとえ魔王であっても──
「キャビーちゃん、起きちゃった? まだ寝てていいのよ」
甘く囁かれた声は、柔らかな肌を揺らし、伝わってくる。とても暖かい。
揺籠に身を預け、手も脚も顔も──輪郭は消え去って、ひとつとなる。
そこに不安という言葉は存在しない。
この楽園は一体、何処にあるのだろうか。
キャビーは昼食を摂り、そそくさと外へ飛び出していく。
レイスに剣術を教わり、それから1人で剣を振り回していたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
確かに疲労もあったのだが、しかし──
キャビーは適当に剣を振り、走り回る。魔力も消費出来るだけ、消費する。
「これで準備は整った……」
近くに居た女性に話し掛けた。
「あら、キャビー。珍しいじゃない。あたしのこと、分かるの?」
「……?」
「リトよ。何度か会ってるでしょ」
身長が高く、赤毛の女。
キャビーはリトをそのように印象付ける。
母の顔以外、覚えていない。覚える気もない。
だが、逆に言えば、母の顔は直ぐに覚えることが出来た。不思議なことだ。
「で、どうしたのさ。あたしに何か用?」
「はい」
キャビーはそう言って、腕を広げる。
「抱っこして」
「……えっ!?」
彼女は戸惑ってしまう。
子供の居ない彼女にとって、それは最も現実から離れた行為だ。
「ま、待って。どうして抱っこ? というか、そんな感じだっけ、あなた」
「駄目なんですか」
リトは、妙に少年から圧力を感じた。
「で、でもあたし。汗かいちゃってるから……お、お風呂入ってからなら。あ、いやっ、明日は? 明日の朝だったら──」
「汗? 汗がどうしたんですか?」
「え……?」
「抱っこぉ〜」
ここぞとばかりに、せがんでくる。
可愛いこぶったキャビーは、きっと本能で理解しているのだ。自身の持つ武器を──
「し、仕方ない……」
リトは渋々、キャビーの脇に手を入れ、身体を持ち上げる。
初めて子供を抱いた。抱き方は分からなかったが、彼の方から抱き着いてくる。
「う……っ。こ、これでいいの?」
「はい」
「そ、そう」
リトは小さい頃を思い出す。
あの時とは立場が逆転しているが、はて自分の抱かれ心地はどうだろうか。
「因みに、どう? 良い感じ?」
「いえ、あまり」
「はっ!? あ、あんたねぇ!? う、う嘘でしょ……」
身体をくっ付けておいて、この良い草である。リトは少し自信を無くすと同時に、大人気なく苛立ちを覚える。
「はい、終わり。こういうのは、ファイにして貰いなさい」
「いえ、母上では駄目なんです」
「え、何。喧嘩でもしたの?」
「次はお風呂へ一緒に──」
「駄目に決まってるでしょ!!」
何故怒っているのか分かないまま、キャビーは降ろされてしまった。リトが何処かへ行ったのを見て、
彼は気にせず、次の目標へ向かう。
すると、アイネに止められた。
「あら、キャビーじゃない。何してんの? 一緒に遊ぼ」
「お前か……」
唯一の子供。流石に顔は分かった。
そして、その付き人である獣人の奴隷──
「おい、お前」
「は、はい……私、でしょうか」
「抱っこ」
「え!? 抱っこ? 抱っこってあの??」
「ア、アンタ……アタシは無視って訳ぇ!? メリーもしちゃ駄目だからね」
困り果てているメリーに、キャビーは詰め寄る。
「ほら、早く抱っこ」
アイネの顔色を窺いつつ、眼前で両手を上げる彼を抱き上げた。
「はぁぁ!? メ、メリー!? アンタはアタシのものでしょ!!」
「も、申し訳御座いません。でも──」
キャビーはグッと首に手を回す。
「あ、あぅぅ……」
スンスン、と鼻を動かす。
「ひぃっ──!?」
「もういい、お前は獣臭い」
「ふぇっ!?」
キャビーはメリーの腕から逃げ、飛び降りる。
「キャビー、アンタねぇ!?」
「お前は無理だな」
アイネの身体に眼をやり、言った。
「なっ、なななんですって!?」
アイネを無視し、キャビーはまた練り歩いていく。標的を見つけては、声を掛けた。
その様子を遠目で見ていたのは、リトとファイだった。
「ファイ、あれ何とかしなさいよ。というか、何してんのあれ」
「ご、御免なさい……私にも分からないの。あんな事初めて。うぅ……何か複雑な気分になってきた」
「子供ってさ、ほんと何考えてるから分からないよね」
「リ、リト、でもね……もしかしたら、なんだけど。いや、間違ってたらちょっとあれなんだけど──」
「な、何。怖いわね……」
「あの子ね、ちょっとエッチなところがあるの」
「は、はい!? まだ3歳よね!?」
「うん。もうすぐ4歳だけどね」
「いや、そういうことじゃなくて。え、男の子って、そうなの!? じゃあ村の兵士どもが、あの元奴隷の獣人とヤリまくりってマジな話!?」
「……? 確かにそんなこと言ってたような……リーベルさんはどうなの?」
「夫は……いや、話す訳ないじゃん!! 本題、本題に戻って!」
「え? あーうん。そうそう時々ね。私が寝てる時とか、抱っこしてる時とか、触って来るの。お風呂の時も、凄い見てるし……」
「待って、ヤバい鳥肌立ってきたわ……あたしにしたのってそういう!? は、早く注意しなさいよ」
「う、うん……だけどね。わ、悪い気はしないっていうか。えへへ」
「駄目だ、この親子」
★
結局、キャビーはファイに連れ戻された。手を繋ぎ、家に向かう。
すると、ここでもまた彼は両手を高く上げ、抱っこをせがんだ。
「母上、ん」
「うん、いいよ」
キャビーを抱き上げる。
「今日はどうしたのー? 急に甘えたくなっちゃった?」
彼は口を開かず、熱心に何かを確認している。腕をファイの首に巻き付け、落ち着いた。
「ん……? そこでいいの? あ、キャビーちゃん見て。空が綺麗だよ」
空はすっかり赤くなっていた。紅葉のように木々が燃え、母を呼ぶ獣の声が遠方から聴こえてくる。
目線が高いからか、よく見渡せた。
「キャビーちゃん。あんまり人に迷惑掛けちゃ駄目よ」
「迷惑……?」
「そう。困らせるようなことはしちゃ駄目」
「何故ですか?」
「え!? うーんと……」
別に人間如きにどう思われようが知ったことでは無い。
しかし、確かに魔族であんなことをやれば、間違いなく殺されていたであろう。たとえ赤子でも関係無い。
少し気が抜けていたのは事実だ。
「それは、人に優しくって言うのが、人間の在り方だからだよ」
「優しく……優しくすれば、何か良いことがあるのですか?」
「うん、あるよ! 優しくすれば、相手からも優しさが返って来るの」
今日は奇行に走りたかった訳では無い。
確かめたかったのだ。
人間の女に、全員同じ力が宿っている訳では無かった。
「分かりました」
今日のところは、「ファイの抱っこ」に免じて、引くとしよう。
楽園は、ここにあったのだ。
「ふふふ、偉い偉い」
そういえば、魔族時代もそうだった。母に認められたいと、頑張っていた。
決して人間を好きにはなれないが、彼女は──まぁよく分からない。
だが、母という存在には、何かがあるらしい。
キャビーはふと、ファイと顔を合わせる。
青い瞳に宿っているのは、静かな夕焼けと、自分の姿だ。
「私は、母上に何を返せば良いのでしょう」
ファイは脚を止めた。
「さっきの話……?」
「はい」
彼女は微笑み、答える。
「貴方は生きていてくれさえすれば良いのよ」
「たったそれだけ?」
「ええ。強いて言うのなら、私が今貴方に返しているところなの」
「何かをした覚えはありませんが」
「そう? 貴方は無事に生まれて来てくれた。それだけで、私には返し切れない恩があるんだ。だから、キャビーちゃんは生きてさえくれていればいい」
魔族とはまるで正反対の考え方だ。
返し切れない恩があるのは、子の方だ。
母が行う最後の奉仕は、生む前に終わる。生んで貰った恩を返す為、全力で母に支えるのが子の役目だ。
「変な母上ですね」
「ええ!? そ、そうかなぁ」
だけど、ちょっとだけ「いいな」って思った。
『作者メモ』
殆ど会話文で構成されてますが、決して手抜きではありません!
ストックはあるのですが、ここ数話は全てリメイク──というか、完全に新しく話を作っているので、投稿がやや遅くなっております……
土日のどちらかは更新が無いかもしれません……
コメント頂けると、幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます