第16話 抱っこ

 とある一室にて──



「で、どうだった?」


 

「化け物でした。正直言って、怖いです。子供とは到底思えない」



「そうだな。腕を使ってガードしようとしたのも、まるで躊躇いが無かった。長年の経験から得られた反射的な行動にみえた」



「な、何者なんですか……?」



「裏切りの姫に関係があるのは、間違いないだろうね」



「そ、それは……容姿からですか?」



「当然それもあるが、ミャーファイナルから報告が入ってね」



「報告? あいつから?」



「ファイさんとキャビー君のコアは、単色だそうだ」



「ほ、本当に!? ……な、何故そんなのが、こんなところに──」



「ハッハッハ。私の好奇心でね」



「は、はい?」



「一応王都の友人に調べて貰っているが、パン屋の娘としか情報は無かった」



「ネンファ姫の末裔がパン屋を……?」



「どうやらそこのお爺さんが、彼女を引き取ったみたいでね。それ以前の足取りは掴めていないよ」



「夫が王宮に居ると、ファイさんは言ってますが、それについては分かっているんですか?」



「いや、誰が夫かは不明だ。だが、彼女から王都への一時帰還の申請を受けていてね」



「許すのですか?」



「当然だろう。ここの村民は罪人でも奴隷でもない。それくらいの権利はあるさ」



「つまり、その時に彼女の動向を監視すれば、夫の正体を掴める訳ですね」



「おや? 私はそこまで言ってないが……君はもっと誠実な人間だと評価していたんだがね」



「な、何を言ってるんですか、今更……それより、そんな身元の分からない人間をここへ入れるのは、やはり得策とは思えません」



「ハッハッハ。そうだな。正直、あまり置いておきたくは無いね」



 暖かい寝床で丸くなって眠る。その瞬間が最も心地良く、最も安心出来る。



 最強最悪な魔族だとしても、その時間は必要だ。そう、たとえ魔王であっても──



「キャビーちゃん、起きちゃった? まだ寝てていいのよ」



 甘く囁かれた声は、柔らかな肌を揺らし、伝わってくる。とても暖かい。



 揺籠に身を預け、手も脚も顔も──輪郭は消え去って、ひとつとなる。



 そこに不安という言葉は存在しない。



 この楽園は一体、何処にあるのだろうか。




 キャビーは昼食を摂り、そそくさと外へ飛び出していく。



 レイスに剣術を教わり、それから1人で剣を振り回していたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。



 確かに疲労もあったのだが、しかし──



 キャビーは適当に剣を振り、走り回る。魔力も消費出来るだけ、消費する。



「これで準備は整った……」



 近くに居た女性に話し掛けた。



「あら、キャビー。珍しいじゃない。あたしのこと、分かるの?」



「……?」



「リトよ。何度か会ってるでしょ」



 身長が高く、赤毛の女。



 キャビーはリトをそのように印象付ける。



 母の顔以外、覚えていない。覚える気もない。



 だが、逆に言えば、母の顔は直ぐに覚えることが出来た。不思議なことだ。



「で、どうしたのさ。あたしに何か用?」



「はい」



 キャビーはそう言って、腕を広げる。



「抱っこして」



「……えっ!?」



 彼女は戸惑ってしまう。



 子供の居ない彼女にとって、それは最も現実から離れた行為だ。



「ま、待って。どうして抱っこ? というか、そんな感じだっけ、あなた」



「駄目なんですか」



 リトは、妙に少年から圧力を感じた。



「で、でもあたし。汗かいちゃってるから……お、お風呂入ってからなら。あ、いやっ、明日は? 明日の朝だったら──」



「汗? 汗がどうしたんですか?」



「え……?」



「抱っこぉ〜」



 ここぞとばかりに、せがんでくる。



 可愛いこぶったキャビーは、きっと本能で理解しているのだ。自身の持つ武器を──



「し、仕方ない……」



 リトは渋々、キャビーの脇に手を入れ、身体を持ち上げる。



 初めて子供を抱いた。抱き方は分からなかったが、彼の方から抱き着いてくる。



「う……っ。こ、これでいいの?」



「はい」



「そ、そう」



 リトは小さい頃を思い出す。



 あの時とは立場が逆転しているが、はて自分の抱かれ心地はどうだろうか。



「因みに、どう? 良い感じ?」



「いえ、あまり」



「はっ!? あ、あんたねぇ!? う、う嘘でしょ……」



 身体をくっ付けておいて、この良い草である。リトは少し自信を無くすと同時に、大人気なく苛立ちを覚える。 



「はい、終わり。こういうのは、ファイにして貰いなさい」



「いえ、母上では駄目なんです」



「え、何。喧嘩でもしたの?」



「次はお風呂へ一緒に──」



「駄目に決まってるでしょ!!」



 何故怒っているのか分かないまま、キャビーは降ろされてしまった。リトが何処かへ行ったのを見て、



 彼は気にせず、次の目標へ向かう。



 すると、アイネに止められた。



「あら、キャビーじゃない。何してんの? 一緒に遊ぼ」



「お前か……」



 唯一の子供。流石に顔は分かった。



 そして、その付き人である獣人の奴隷──



「おい、お前」



「は、はい……私、でしょうか」



「抱っこ」



「え!? 抱っこ? 抱っこってあの??」



「ア、アンタ……アタシは無視って訳ぇ!? メリーもしちゃ駄目だからね」


 

 困り果てているメリーに、キャビーは詰め寄る。



「ほら、早く抱っこ」



 アイネの顔色を窺いつつ、眼前で両手を上げる彼を抱き上げた。



「はぁぁ!? メ、メリー!? アンタはアタシのものでしょ!!」



「も、申し訳御座いません。でも──」



 キャビーはグッと首に手を回す。



「あ、あぅぅ……」



 スンスン、と鼻を動かす。



「ひぃっ──!?」



「もういい、お前は獣臭い」



「ふぇっ!?」



 キャビーはメリーの腕から逃げ、飛び降りる。



「キャビー、アンタねぇ!?」



「お前は無理だな」



 アイネの身体に眼をやり、言った。



「なっ、なななんですって!?」



 アイネを無視し、キャビーはまた練り歩いていく。標的を見つけては、声を掛けた。



 その様子を遠目で見ていたのは、リトとファイだった。



「ファイ、あれ何とかしなさいよ。というか、何してんのあれ」



「ご、御免なさい……私にも分からないの。あんな事初めて。うぅ……何か複雑な気分になってきた」



「子供ってさ、ほんと何考えてるから分からないよね」



「リ、リト、でもね……もしかしたら、なんだけど。いや、間違ってたらちょっとあれなんだけど──」



「な、何。怖いわね……」



「あの子ね、ちょっとエッチなところがあるの」



「は、はい!? まだ3歳よね!?」



「うん。もうすぐ4歳だけどね」



「いや、そういうことじゃなくて。え、男の子って、そうなの!? じゃあ村の兵士どもが、あの元奴隷の獣人とヤリまくりってマジな話!?」



「……? 確かにそんなこと言ってたような……リーベルさんはどうなの?」



「夫は……いや、話す訳ないじゃん!! 本題、本題に戻って!」



「え? あーうん。そうそう時々ね。私が寝てる時とか、抱っこしてる時とか、触って来るの。お風呂の時も、凄い見てるし……」



「待って、ヤバい鳥肌立ってきたわ……あたしにしたのってそういう!? は、早く注意しなさいよ」



「う、うん……だけどね。わ、悪い気はしないっていうか。えへへ」



「駄目だ、この親子」



 結局、キャビーはファイに連れ戻された。手を繋ぎ、家に向かう。



 すると、ここでもまた彼は両手を高く上げ、抱っこをせがんだ。



「母上、ん」



「うん、いいよ」



 キャビーを抱き上げる。



「今日はどうしたのー? 急に甘えたくなっちゃった?」



 彼は口を開かず、熱心に何かを確認している。腕をファイの首に巻き付け、落ち着いた。



「ん……? そこでいいの? あ、キャビーちゃん見て。空が綺麗だよ」



 空はすっかり赤くなっていた。紅葉のように木々が燃え、母を呼ぶ獣の声が遠方から聴こえてくる。



 目線が高いからか、よく見渡せた。



「キャビーちゃん。あんまり人に迷惑掛けちゃ駄目よ」



「迷惑……?」



「そう。困らせるようなことはしちゃ駄目」



「何故ですか?」



「え!? うーんと……」



 別に人間如きにどう思われようが知ったことでは無い。



 しかし、確かに魔族であんなことをやれば、間違いなく殺されていたであろう。たとえ赤子でも関係無い。



 少し気が抜けていたのは事実だ。



「それは、人に優しくって言うのが、人間の在り方だからだよ」



「優しく……優しくすれば、何か良いことがあるのですか?」



「うん、あるよ! 優しくすれば、相手からも優しさが返って来るの」


 

 今日は奇行に走りたかった訳では無い。



 確かめたかったのだ。



 人間の女に、全員同じ力が宿っている訳では無かった。



「分かりました」



 今日のところは、「ファイの抱っこ」に免じて、引くとしよう。



 楽園は、ここにあったのだ。



「ふふふ、偉い偉い」



 そういえば、魔族時代もそうだった。母に認められたいと、頑張っていた。



 決して人間を好きにはなれないが、彼女は──まぁよく分からない。


 

 だが、母という存在には、何かがあるらしい。



 キャビーはふと、ファイと顔を合わせる。



 青い瞳に宿っているのは、静かな夕焼けと、自分の姿だ。



「私は、母上に何を返せば良いのでしょう」



 ファイは脚を止めた。



「さっきの話……?」



「はい」



 彼女は微笑み、答える。



「貴方は生きていてくれさえすれば良いのよ」



「たったそれだけ?」



「ええ。強いて言うのなら、私が今貴方に返しているところなの」



「何かをした覚えはありませんが」



「そう? 貴方は無事に生まれて来てくれた。それだけで、私には返し切れない恩があるんだ。だから、キャビーちゃんは生きてさえくれていればいい」



 魔族とはまるで正反対の考え方だ。



 返し切れない恩があるのは、子の方だ。



 母が行う最後の奉仕は、生む前に終わる。生んで貰った恩を返す為、全力で母に支えるのが子の役目だ。



「変な母上ですね」



「ええ!? そ、そうかなぁ」



 だけど、ちょっとだけ「いいな」って思った。



『作者メモ』


 殆ど会話文で構成されてますが、決して手抜きではありません!


 ストックはあるのですが、ここ数話は全てリメイク──というか、完全に新しく話を作っているので、投稿がやや遅くなっております……


 土日のどちらかは更新が無いかもしれません……


 コメント頂けると、幸いです。

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