第15話 剣術 ※戦闘描写修正


 陽は沈み、


 

 訪れた夜は邪悪な雲に覆われている。



 魔王の6番目の娘──ネィヴィティは、人間の<上級冒険者>との戦闘を終え、たった今1つの村を占領した。



 配下の魔族は、捕らえた人間を縛り付け、彼女の合図を待っている。



「さぁギィ兄様。続きです。殺す気で来て下さい」



 彼女は、人間の武器をギィーラに手渡すと、自身も剣を構えた。



「お待ち下さい、ネィヴィティ様。私に、このような剣術は必要ありません」



 ギィーラは、万が一にも死亡してはならない。その為、本来なら外出は許されていない。


 

 しかし、ネィヴィティの強い要望により、彼女が同行する場合のみ、外出を許されていた。



「敬称は要りません。それに敬語も不要です。何度言ったら分かるのですか? もぅ」



「……ネィヴィティ。私が今、剣術を鍛えても意味は無い。それに、私は王へ取り入るだけで充分だ。強くなる必要は無い」



 ネィヴィティは剣を構え、襲い掛かる。



「──ッ!?」


 

 ギィーラは、咄嗟に両腕のブレードを展開し、剣を受け止めた。



「剣を使いなさい。人間の身体にそんなものありません」



 一度距離を取ると、ギィーラは剣を構える。



「ギィ兄様。お聞きしたいのですが、どうやって人間の王に近付くのですか?」



「それは……人間如き、言葉だけで──」



「ギィ兄様は、なんてお可哀想。参謀にもなれない頭の悪さが、ここでも脚を引っ張るなんて」



「──なっ!? 私を愚弄するつもりかっ」



「さぁ、早く掛かって来て下さい」



 ギィーラは苛立ちを力に、彼女へ肉薄する。



 剣が交わり、火花を散らす。



 人間の武器に慣れていないギィーラに対し、ネィヴィティは踊るように剣を振るったり



 何処で練習したのかと、彼は舌打ちをした。



 やがて、ネィヴィティに剣を弾き飛ばされた彼は、ムキになって両腕のブレードを使い始める。



 しかしそれも、彼女の剣によって全て弾かれた。



 折り畳んだ腕が展開され、彼の両手首を掴む。続いて首を絞め上げ、そのまま地面に叩き付けた。



「く──っ!!」



 彼に馬乗りになり、言う。



「この程度の力で、どうやって王国を滅ぼすおつもりですか?」



「……」



「人間はゴミ同然ですが、我々に対抗すべく日々研鑽しております。比べて貴方は、才能が無いことを理由に、諦めてませんか?」



「……なんだと」



「ギィ兄様のような者は、あちらも要らないでしょう」



「言わせておけば……っ!!」



 ギィーラは腕を伸ばすが、彼女持つ複数の腕に阻まれる。



「正直に言って、かなり難易度の高い任務です。貴方には荷が重い。貴方だけで無く、リィベラトもイィリアスも、長男であるキィレイラでさえも」



 ネィヴィティは彼に顔を寄せる。



「お父様に、どれくらい期待されてると思いますか?」



「……全くだ」



「ええ、ゼロです。期待されているのは、この私だけです」



「だから、私はお前が嫌いだ」



「私はギィ兄様が一番好きですよ? 弱くて可愛らしいじゃないですか」



 ギィーラは歯を剥き出しに、妹を睨み付ける。彼女は愉快そうに笑う。



「余程の血筋に転生しないと、まぁ無理でしょうね。だから、諦めてもいいです」



「そんなこと出来るか」



「いいえ、諦めてもいいのですよギィ兄様。ですが、仮にそうするとしても、しっかり力を付けて下さい」



「お前は何を言ってる」



「人間は弱いですから。ギィ兄様が天寿を全う出来るように、赤ん坊の頃から研鑽を積むのです。来世では、ちゃんと生きて欲しいですからね」



 ネィヴィティはそう言うと、身体を退かせた。もう一度剣を手渡した。



「生意気な妹だ。私はやり遂げてみせる」



「あら、そう。残念です」



 夜が耽るまで、打ち合いは続けられていく。



 カタリナ村の兵士訓練エリア──



 現在そこに居る彼らは、奴隷を交えた歩行訓練を行なっている。兵士1人につき、奴隷が2人、縄で繋がれている。



 キャビーは彼らを見物しながら、目的地を目指す。



「みゃーさん、居ますか」



 医療所でミャーファイナルは、脚を挫いた獣人の治療をしていた。



 奴隷は金属製の首輪を付けている。それは魔力に反応すると、瞬時に収縮し、対象を絞め殺す。



 治癒魔法を使う際は、それを外して行わなければならない。



「ファイのガキかにゃ。ちょっと待つにゃ」



 奴隷の治療を終え、首輪を着けようと彼女が手を伸ばした時──



 彼女の腕を奴隷が掴んでいた。



「辞めておいた方がいいにゃ。全員殺されるにゃ」



 奴隷はミャーファイナルを強く睨み付けているが、やがて力を解いた。礼も無くそれは兵舎を出て行く。



「はぁ、全く獣人使いが荒いにゃ。んで、なんにゃ」



「剣の使い方を教えて下さい」



 彼女は、口をあんぐりと開け、聞き返す。



「な、何でみゃーに言うにゃ。見て分からないのかにゃ? みゃーは非戦闘員にゃ」



「暇そうなのが居なかったので」



「舐めてるにゃ……お前。何で剣を教えて欲しいのにゃ」



「強くなる為です」



「だから、その理由を聴いてるのにゃ」



 しかし、キャビーはじっと彼女を見ている。諦めそうにもなく、嘆息する。



「兵士どもの休憩が始まれば、みゃーが取り次いでやるにゃ。ファイのガキじゃなかったら、断ってるにゃ」



「有難う御座います」





「という訳で、俺がレイスだ。宜しくな、キャビー」



 爽やかな青年──レイス・キャミラーは、面白そうだと、キャビーの訓練を買ってでた。



「お前、本当にファイさんそっくりだよな」


 

 言っていると、野次が飛んでくる。



「おい、レイス。お前ファイさんに近付きたいだけだろ」

「なんだ、抜け駆けかぁ!?」



「ち、ちげぇし。そんなんじゃねぇし」



 レイスはキャビーに奴隷用の短剣を手渡す。刀身は重く、柄に小さな透明なコアが嵌め込まれている。



「奴隷は首輪の所為で魔力を使えない──使ってはならないが、そのコアは標準装備なんだ」



「透明なコアに、何か使い道が?」



「剣の魔力伝達に一役買っている。剣自体にも魔力が伝わり易いよう、鍛錬する際に工夫されてるらしいぜ」



 そのような剣を見たのは、初めてだった。



 早速、魔力を流してみる。まるで自分の手脚と同じように、魔力が伝わっていく。



 微かに刃が揺れ、音を発していた。



「スゲェ魔力だな、キャビー」



「早く振りたいです」



「ま、まぁそう焦るな。フォームはしっかりしないとな。ガキの頃からやっていれば、将来かなり役立つ筈だ」



「……どのように役立ちますか?」



「えっ!? そ、それは……例えば冒険者とか、兵士にもなれるな。後は、綺麗なフォームをしていれば、見せ物になる」



「見せ物……?」



「ああ。お偉いさんに見てもらうんだ」



「王様は?」



「お、おう。勿論、王様も見てくれるぞ」



「では、教えて下さい」



「いきなりやる気になったな、こいつ」



 レイスから剣術を教わる。



 子供の身体は、相変わらず使い勝手が悪い。しかし、物覚えに関していえば、とても早かった。



 前世であった悪癖のようなものが無くなっており、基本に忠実に教え込んだ通りのことが出来る。



 ネィヴィティから教わった実戦経験と、レイスによる基礎訓練。順次は逆だったが、真っ新な身体は、直ぐに頭角を現していく。



「お前、本当に初めてか!? ……と、取り敢えず、あのダミーに攻撃するぞ。先ずは俺のを見ていろ」



 レイスは言うと、鎧を着たダミーに向かい合う。剣を低く構え、地面を蹴り上げる。



 彼は一瞬のうちに肉薄すると、剣を振り上げる。鎧は簡単に切断された。



「どうだ、キャビー!?」



「──楽しそうだな」



 レイスはハッとし、声の主に向く。周辺の兵士や奴隷にまで、緊張が走った。



「オ、オエジェット隊長……」



 まるで吐きそうな名前の男は、左右に伸ばした自慢の口髭を弄っている。値踏みするような視線を受け、キャビーは僅かに不快な気分になった。



「やぁ、キャビネット君だね。私は王国騎士団ファントムロンド隊の隊長、オエジェットだ。会ったことはあるが、流石に覚えてないだろ?」



「はい」



「ハッハッハ! 素直で良い子じゃないか」



 彼は口を天に向け、盛大に笑う。何が面白かったのか、キャビーは首を傾げた。



「ところで、君は兵士になりたいのかね?」



「いえ」



「そうか。取り敢えず、腕前を見せてくれないか? 先程、レイスと練習したんだろ?」



 オエジェットは指示を送ると、キャビーとレイスの手元に木刀が用意された。



 キャビーのは、奴隷用の短い木刀だ。



「た、隊長。俺ですか!?」



「ああ、何か問題が?」



「いえ!」



 レイスは苦笑いを浮かべると、キャビーに歩み寄る。



「ということだ。先手は譲るから、全力で掛かって来い



「分かりました」



 互いに10メートル近く離れ、開始の合図が放たれた。



 見せ物のように兵士達が2人を囲う。応援とは名ばかりの野次が、レイスに飛ばされる。



「うるせぇ……さぁ! キャビー、早く掛かって来い!」



 キャビーはレイスに教わった通り、木刀を構える。そのフォームに自我は無く、基本に忠実だった。



 レイスは木刀を握り締める。



 魔力の質は既に兵士を凌駕している。そんな魔力から放たれた身体強化魔法は、きっと凄まじい爆発力を誇るだろう。



 すると、キャビーの木刀が低い位置に用意されているのに気付いた。



 レイスは小さく笑みを浮かべる。



 キャビーが踏み出し、砂埃が舞った。同時に、そこから彼の姿が消える。



 地を這い、低空からレイスに接敵する。



「──ッ!!」



 レイスの真下からキャビーの木刀を切り上げられた。先程レイスがやってみせた切り上げを、模倣したのだ。



 レイスは向かい打つが、速度の篭った一刀は予想を上回る。全ての魔力を腕に集中すれば、防ぎ切れたのかも知れない。



 しかし、充分な準備期間を与えられたキャビーの剣は、レイスに強烈な打撃を与える。



 腕は弾かれ、彼の身体はその衝撃で後方へ向かう。



 キャビーにとって、追撃のチャンスであった。



 刹那、レイスは後方へ反れた身体を利用し、脚を蹴り上げる。



 意識外から来たレイスの脚先が、キャビーの木刀を捉えた。彼の木刀は空に飛ばされる。



 レイスは態勢を立て直し、すかさず木刀を横薙ぎに振るった。



「……っ」



 振るわれた切先に対し、キャビーは右腕を構えた。一歩も退かず、レイスを睨め付ける。



 刃と、キャビーの腕が勝ち合う瞬間──



「そこまで!!」



 振るわれた木刀は、寸前で止められた。


 

 オエジェットが来て、拍手をする。



「ブラボー、ブラボー。お見事だった、キャビネット君。だが、今回は君の負けだ」



「た、隊長──」



 レイスは何か言いたげだったが、それを遮り彼は続ける。



「どうして木刀を右腕で防ごうとした?」



「それは……」



 咄嗟だった。前世では右腕に刃が付いていた。



 ネィヴィティの言った通り、人間にはそんなもの付いていない。気を付けなければなあらない。



「確かに君の魔力なら容易に防げただろう。しかし、真剣であればどうだったかな……?」



 ここで使われている剣は、魔力を効率的に伝える工夫が施されている。



 生身で防ぐのは、やはり出来る限り避けた方が良だろう。



 また別の話になるが、レイスに蹴られた木刀についても、やや不可解だった。木刀を手放してしまうほどの蹴りでは、無かったように思える。



 魔法の類いだろうか。



 何にせよ今回は、



「オエジェットさん。私の負けです」


 

「素直で宜しい。まぁ君ならあれくらい簡単に避けれただろうし、本気でやり合えば、死んでたのはレイスだったろうな」



 ハッハッハ、と彼は笑い、何処かへと戻って行く。



「お前は私の元へ」



 そうレイスに告げ、彼は顔を引き攣らせるのであった。



『作者メモ』


 初の戦闘シーンですが、何が起きてるか分かりますか?

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