第14話 顕現魔法 ③
気絶したアイネは、キャビーの自宅の寝室へ運び込まれた。
メリーから事情を聞き付け、ファイは急いで帰宅する。アイネに対し、応急処置を済ませた。
練習中の治癒魔法は、やはり発動には至らなかった。
現在は、キャビーと2人で彼女の目覚めを待っている状況だ。
「そういえば、どうしてメリーさんも怪我をしていたの?」
「自分で噛みちぎってました」
「えっ!? あらあら、獣人って勇敢なのねぇ」
メリーは、トッドを呼びに行ったきり帰って来ていない。少し時間が掛かっていることに、一抹の不安を覚える。
トッドが何もしていなければいいが。
「でも、気持ち良さそうに眠ってるわね。何の夢を見ているのかしら」
ファイは呟き、ふとキャビーに眼を落とす。手を伸ばし、彼に触れようとする。
しかし、彼はビクッと身体を震わせ、ファイの手を避けた。
「──何ですか」
不愉快そうにファイを見る。
彼女は苦笑して答える。
「ううん。ただ髪が伸びたなって。今度、切ったげるからね」
「次は短めが良いです」
「えー、長い方が絶対可愛よぉ」
「か、可愛い……? 短くします。短めにして下さい」
いつになく決意を露わにし、彼は言った。
「ふぇぇっ!? そ、そんなぁ……」
肩を落としたファイは、見納めとばかりに彼を見つめる。
アイネの方は、まだ起きそうにない。
「ねぇ、キャビーちゃん」
「はい」
「アイネちゃんとは、仲良くなれた……?」
子供が成長する場としては不向きなカタリナ村。そこで育つ彼らが、楽しそうにしてくれるだけで、幾らか罪悪感が薄れるというもの──
ファイは、後ろめたい気持ちを隠し、聞いてみる。
「いえ別に」
キャビーは即答で返した。
「そ、そうなんだ……」
少し、責任を感じてしまう。
「ア、アイネちゃんはね。キャビーちゃんと友達になりたいって言っていたわよ……」
「友達……」
キャビーは、昔殺した人間が「友」という言葉を使っているのを思い出す。
死の間際に立った人間がたまに、その言葉を使うのだ。
魔族にも、似た概念はある。
きっと仲間や、同胞、兄弟。その辺りに準じた意味だろう。
「仲間」
ふと考え込む。
魔族ではなく、人間とも違う。
果たして、そんな自分に仲間と呼べる者は居るのだろうか。今後現れるのだろうか──
いや、違う。そうでは無かった。
仲間なんて必要ないんだ。
初めから、そういう任務だった。
魔族にすら知られず、秘密裏に行わなければならない。そんな者が居なくたって、やり遂げなければならない。
強い意思と決意が必要なのだ。
たがら、
「私に仲間は必要ありません」
「え……? ど、どうしてぇ……?」
「1人でも出来るからです」
まるで崇高な目標を抱いているような口振りだった。
「1人は大変だよぉ?」
「それでも頑張るんです」
「……そ、そっかぁ」
ファイは、彼の発言に眉を顰める。
まるで<シキマ>と同じだ。と、ファイは思う。
1人で抱え込んで頑張るのは、とても辛い。それを間近で見て来たのだから、身に沁みて分かる。
ファイは言う。
「じゃあ、私がキャビーちゃんの仲間になったげる」
「いいえ、大丈夫です」
「もう駄目ぇー、決めたもん。あはは、私が最初の仲間ね。絶対譲っちゃ駄目だからね」
「そうですか」
嘆息し、強がるように口を尖らせていた。そんな息子の頭にキスをし、彼女は言う。
「お母さんはね、いつだって貴方の味方だからね」
キャビーはすっと見上げると、笑った母と眼が合わさった。顔を背け、言うのだった。
「──そうですか」
★
「キャビーの所為よ!! アンタが出した蝶に噛まれたんだから。きっとアンタが命令したんだわ!!」
「してません」
「絶対した!! ちょっと、メリーは何処なの!? あの子に聞いて頂戴!!」
アイネが目覚めて、改めて話を聞いた。
しかし、いまいち話が噛み合っていない。
困ったファイは2人に対して仲直りを勧めるも、彼らは強情だった。
「お、お菓子あげるから、仲直りしよ……?」
「入らないわ」
「入りません」
「えぇ……」
お菓子で釣ろうにも、彼らのプライドは揺るがないようだ。
だが、そんなこう着状態も直ぐに終わりを迎える。
「ファイさん、これは何……?」
リビングに移動したアイネは、隅に置かれた大きな箱に興味を示した。
「それはキャビーちゃんの玩具よ。見てみる?」
キャビーが生まれる前から、廃棄される玩具を譲り受けたり、王都から持参したりと、集めていたものだ。
「わぁ凄い。いっぱいあるのね──アンタの家、お金持ちなの?」
「そんなことないよ。私が沢山貰ってきちゃうだけで」
キャビーは一度たりとも興味を示さなかった代物だが、アイネは違う。
宝箱を見つけたように目を輝かせ、頭から漁りに行く。
ファイは、少し鼻を高くする。
幾つか遊び方を教えてあげた。
キャビーとは異なる反応を示すのが新鮮で、「子供っていいな」と改めて感じる。
「キャビーちゃんは、お菓子食べるでしょ。はい、どうぞ」
「はい」
少し前に行商人から仕入れた砂糖菓子だ。長期間保存が可能ということで、カタリナ村へ時々売ってくれる。
キャビーはひとつ口に入れる。
「甘い」
「そうでしょー。たくさんは食べちゃダメよ」
すると、アイネから視線を感じる。ファイが向くと、直ぐに眼を逸らしてしまうが、頬は赤く染まっていた。
「ふふっ、アイネちゃんも食べる?」
「……う、うん」
「ほら、こっちにおいで」
アイネは玩具を起き、ファイの元へ向かう。砂糖菓子に遠慮がちに手を付ける。
「お、美味しい……」
「でしょ!! たくさん食べて良いからね」
「母上、さっきと言ってることが違います」
一際大きな砂糖菓子を取ると、リスのように齧り付く。その様子にファイは思わず笑ってしまい、アイネも何処か恥ずかしそうにした。
時が経ち──
アイネの奴隷が現れ、彼女を迎えに来た。
奴隷の頬には、殴られたようは痕があった。聞いてみても、「特に何もなかった」と誤魔化されてしまう。
「じゃあ、また来てね」
「うん、また遊びに来る!! キャビーも、またね!! また遊ぼうね!!」
アイネはメリーと一緒に、家を出て行った。キャビーにも、しっかり手を振っていた。
馴れ馴れしい態度に困惑する。
「え、なんなのあいつ……」
そう心の中で呟いた。
「ねねね」
見送った直後、ファイが擦り寄って来た。
「キャビーちゃん、キャビーちゃん!! 良かったじゃない、友達出来たじゃない」
「はい……? あ、あれが友達……?」
「あれは間違いなく、友達で良いと思うわ!! 良いなぁ」
「そ、そうなのですか……」
「私は必要無かったね、あはは」
「いえ、母上は必要です」
成熟するまで、彼女は必要だ。だが、その後は要らない。
絶対に、要らない──
すると、ファイはキャビーを抱きかかえる。
「もう、キャビーちゃんったら。結婚する!? 結婚しよっか!?」
「……子作り、ですか?」
「え……? あ、え? そ、それはちょっと業が深いかもぉ、なんて」
『作者メモ』
次、剣を持ちます。
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