第11話 地図

 ある日の昼過ぎ──



「母上、地図はありませんか?」



 魔王より仰せつかった使命を果たすには、まだ時期が速い。齢2歳にして一人で生きていくのは難しく、ファイの元で成長を待っている状況だった。



 出来ることがあるとすれば、将来に向けての身体作りと、情報の収集であった。



 カタリナ村の正確な位置ですら、キャビーは未だ分かっていないのだ。



「地図……? んー、引越してきた時に全部捨てちゃったから──」



 地図が無ければ、最悪それでも構わない。



 週に一度だけ王都から行商人が訪れる。頻度から見ても王都までの距離は、それなりに遠いことが予想された。



 また、それなりな護衛も付いていることから、道中が危険であることも分かる。



 カタリナ村の外に出るには、最悪彼らを利用すればいい。



「地図は無いけど、なんとなくなら分かるよ」



「では、教えて下さい」



「ええ! ちょっと待ってねー」


 

 ファイは玩具箱の中を開ける。



 「じゃーん」と言って、キャビーの前に一冊の本とクレヨンを見せ付けた。



「お絵描きセットだよ。知らなかったでしょ」



 キャビーが頷くと、ファイはわざとらしく頬を膨らませる。



「もう、キャビーちゃんが全然遊んでくれないから──ふふっ、じゃあ、一緒にお絵描きしよっか」



 ファイはキャビーを膝の上に乗せ、テーブルに向き合う。絵描き帳を開き、クレヨンを用いてファイは地図を描いていく。



「ここがカタリナ村ね。で、周辺が大きな森になります。ぐるぐるぅって、木を描いていきましょうねぇ」



 外を見れば分かる通り、カタリナ村は森の中にポツリと存在している。だが、ファイが緑で塗っている範囲が森だとするならば、キャビーの想像を遥かに超えた広さがあった。



 西側には、永遠と森が続いている。



 全体で見れば、カタリナ村は森の隅に位置しているようだ。また、アルトラル王国の国境ギリギリでもあった。



「この森はね、<お咎め様の森>っていうの」



「お咎め様……王都はどちらになりますか?」



「王都? ヘイリムのことだね。カタリナ村からずぅっと右に進むと見えてくるよ。あ、王都といえば、川も書いておかないとねー」



 カタリナ村は王都から見て、南西に位置していること。



 カタリナ村を出ると、お咎め様の森の奥深くから流れる川があるらしい。それに沿って進めば、王都へは迷わず辿り着けそうだ。



「王都の上をずぅっといくと、他種族の連合国があってね。今はちょっと関係が悪いの」



「奴隷ですか?」



「ええ、そうよ。魔族との戦いが激化した800年くらい前? その時は皆んなが一丸となっていたから、奴隷制度は無かったんだけどねー」



 人族(※獣人も含む)との戦争は2000年以上。魔王──キャビーの父が魔族の国を作ったのが、800年程度前のこと。



 やはり国を作ったのが、人族との関係をより悪化させたらしい。



「そうですか」



「魔族といえば、直ぐ上が魔族領になるよ。あと、エルフの里は──」



 魔王城から、他種族国家──レイラット連合国は、徒歩で2週間程度を要する。



 ファイの描いた位置関係から推測するに、カタリナ村は王都まで長くて2日程度だろうか。



「母上。この森には何が居るんですか?」



 カタリナ村から西へ向かった先にある樹海──お咎め様の森。



 魔王城の位置関係からすると、その場所がかつて魔族から何と呼ばれていたのか、キャビーは思い出す。



 <魔女の森>。



 魔族時代でさえ、近付くことを禁じられていた場所だった。最深部には、巨大な1本の木が描かれている。



「ふふ、この森にはねぇ。お咎め様っていう神様が居るんだよ」



「か、神様……?」


  

 知らない言葉が出てきた。魔女、木の亡霊が居るという噂は魔族の中でもあったが。



「神様って何ですか」



「え? あ、うーんと……何て言えばいいのかな。都合の良い架空の存在、かな」



「……よく分かりません」



「だ、だよね……じゃあ例えばだけど、キャビーちゃんが良いことをするとします」



「しません」



「いやするのー!」



「はい」



「ふふん──折角良いことをしたのに、誰からも見られてなかったら嫌じゃない? だから、雲の上に居る神様が、その行いを見てくれているの。そして、いずれ神様からご褒美が貰えるの。そう思えば、少しは気分が良いでしょ?」



「……変な考えですね」



「あはは! そうだね。私も人間の──皆んなの考えは良く分からなくて。あっ、でも神様なんて居なくたっても、キャビーちゃんのことはお母さんが、いつも見てるからね!」



「いつも……? 監視されてる?」



「え?」



「あ、いえ──あの。神様が雲の上に居るとするなら、この森に居るのは何ですか……?」



 ファイの膝に座るキャビーは、振り向き、ファイを見上げる。彼女は困ったように笑っていた。



「そうねぇ。想像を超えた未知の存在に対しても、私たちは神様と呼んでしまうの」



「未知の存在が居るのですか」



「うん。だから悪いことをすれば、<お咎め様の呪い>が来ちゃうの」



「呪い? どういう意味ですか?」



「呪いっていう言葉自体は、強い気持ちが具現化した、みたいな感じかな。でも今回は、黒いお化けの怪物のことを言うの」



「お化け、怪物……? ごめんなさい、よく分かりません」



「あはは、謝らないでいいのよ。私も1度しか見たことが無いから、よくは知らないの。取り敢えず、黒色の怖い生き物が居るみたいな感じってこと」



「怖いですね」



 黒い生き物。魔族時代でも聞いたことが無かった。その怪物が居るから、近付いてはならないとされていたのだろうか。



 王都に向かうまでの障害となり得るか。



「怖いよねー、ごめんね」



 ファイは怖がるキャビーの頭を抱き締めると、白銀の髪を撫で回した。



「大丈夫、大丈夫! この村には兵隊さんが居るし、それに柵もあるからね。私がこの村に来て今で3年だけど、1度も呪いが侵入してきたことは無いわよ」



「母上、やめて下さい」



「あら、ごめんね」



 キャビーの頭は解放され、変な方向へ曲がってしまった髪を、ファイが整える。



「これで良し、と」



「兵隊さんが居るなら安心です」



 思ってもないことを口にして、キャビーは地図に指を這わせた。



 魔族時代に知った情報と多少の誤差はあるが、大体合っている気がする。少し、いやかなり王国の領土が広い気もするが──



 レイラット連合国に、エルフの里。そしてお咎め様の森。周辺諸国は簡略化されている為か記載されていない。



「あら、もういいの?」



「はい」



 用は済んだとばかりに、キャビーはするりと膝の上から降りる。そのまま、外へ飛び出してしまった。



 ファイは残された絵を見て、しばらく考え込む。段々と口が緩んでいくのが自分でも分かった。



 初めて息子と遊んだ。



 とても楽しかった。



「はぁ〜」



「うぅ〜……んんんー、もうちょっと遊びたかった!」



 絵描き帳から地図の描かれた箇所を外すと、大事そうに額縁に入れ、壁に飾るのだった。




『作者メモ』


 本編の初めに、お咎め様の森という名前は出して居ますが、キャビーがそれを知ったのは、ここが初めてです。


 また、それほど矛盾が出るような情報は出してませんが、修正や追記等あるかもです。


 因みに徒歩2週間って、遠い? 近い?



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