第10話 好き嫌い  4月8日改稿

 キャビーの転生から2年が経過した。 



「野菜食べないと、大きくなれないよ」



「大きく? うーん……でも嫌です」



 離乳食を与える必要が無くなり、現在は母と同じ食事を摂っている。特別好き嫌いをしないキャビーだったが、つい最近になって選り好みを覚えてしまった。



 魔族としての──所謂、野生離れのようなものが原因のひとつかも知れない。



 彼は、ピーマンを皿の端に除けた。



 だがそのたびにファイが注意するので、キャビーは口を曲げて拒否するのだった。



「これ、苦い」



「苦いのは身体に良い証拠なんだよ」



 苦いのが身体に良い筈が無い。

 きっとこれは彼女の方便だ。



「ふんっ」



 この日、彼がピーマンに手を付けることはなく、走り去ってしまった。皿の上に残されたピーマンを見て、ファイは頭を抱える。



「──っていうことがあったの」



「だから、みゃーは医者じゃないって言ってるにゃ。人族の子供なんて知らないにゃ」



 そんなキャビーのことを相談する為、ファイは非番のミャーファイナルを訪ねていた。


 彼女は下着姿でファイを迎えると、ベッドで寛ぎ始める。部屋は汚く、脱ぎっぱなしの服が散乱していた。



「みゃーさんって、他の方と違って1人部屋なんですね」



「兵士の中では唯一のメスなんだから、当たり前にゃ。というか、みゃーと一緒に住んだオス全員と盛り合っていたら、隊長にこうされたにゃ」



「ふーん……ねぇ一人暮らしならさ、工夫した料理とか出来るんじゃない……?」



 ミャーファイナルは、片目でファイを見やると鼻を鳴らした。



「好き嫌いする奴は、食事を抜いてやればいいにゃ」



「えー、そんなの可哀想よ」



「食事の有り難みを分からせるにゃ。獣人にとっては、それも立派な躾にゃ」



「うーん」



 お腹を空かしたスラム街の子供は、腐りかけの食べ物でも残さずに食べる。


 

 それは次にいつ食事が出来るか分からないからだ。カタリナ村も、隔離された空間である点を踏まえたら、断食せざるを得ない状況が訪れるかも知れない。

 


 確かにその方法は効果的に思える。



「でもそれって、恐怖を与えているだけのような気がしてぇ……」



 食べ物を残せば、次の食事が抜かれる。そのような恐怖を我が子に与えるのは、やはり気が進まなかった。



「恐怖の何が悪いのか分からないにゃ」



「うぅ、そう言われると何も言い返せないのだけれど……」



「可哀想はガキの為にならないにゃ。叱って、恐怖を与えて、それが出来ない親は、ゴミにゃ」



「うっ……そ、そんなに言わなくても……」



 家に帰り、夕食の用意を始める。キャビーは家に居なかった。いつものように外で遊んでいるのだろう。



 最近は魔法を使っているようだけれど、今度教えて貰おうかしら。


 

 なんてファイは考え、夕飯を作り終える。キャビーの帰りを待つ。



 時間になると決まって彼は帰宅してくる。



「お、おかえり、キャビーちゃん。ご飯出来てるよ」



「はい」



 彼は眼を合わすことなく返事をすると、背の高い椅子に手を掛ける。身体を持ち上げ、難なく座ると、皿に盛られたものを見て手が止まった。



「……緑の、多くないですか」



「え……そ、そうかなぁ」



 キャビーはフォークを鷲掴むと、上手にピーマンを皿の端に寄せていく。



「たっ、食べないの……?」



 ファイは立ち上がり、言う。



「ええ、嫌いなので」



「だ、だったら私にも考えがあるよ──」



 やや強い調子で言う母に、キャビーは眉を顰めて応じる。キャビーとしても、彼女と対立することは可能な限り避けたい。



 フォークを置き、彼女の次の言葉を待った。



「キャビーちゃん……」



「はい」



「あ、明日のご飯は──」



「ご飯は?」



「……す、好きなものにしようかなぁ。なんて、あはは」



 愛する息子に恐怖を与えるなんて出来ない。結局どうすればいいか分からず、ファイは力なく椅子に座り込んだ。



 はぁ、と心の中で深い溜息を吐く。



 するとキャビーは、



「例えば?」



 食い気味に聞いてくる。



「えっ?」



「だから好きなものって、例えば何ですか?」



「え、えっと……ハ、ハンバーグとか……どうかな?」



「……そうですか。では緑のを食べるとします」



「たっ、食べてくれるんだ……!?」



「はい。ハンバーグがくるのであれば」



 動物の身体をありのままの状態で食べる魔族と違い、人間の食事には拘りがある。特にハンバーグという食べ物は、人間の脳を超える旨さがあった。



 キャビーはフォークでピーマンを刺し、口一杯に頬張り始める。苦くて顔を顰めてみせる。



 そんな息子の横顔を見て、ファイは微笑むのだった。



『作者メモ』


 ちょっと今日お出掛けなので、これで勘弁して下さい……。


 

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