新米貴族、こと俺


 つるつるした床に実験机。棚にはビーカーと褐色瓶。また別のスペースには製図用の台や器具が配置されている。他にもさまざまな実験器具等々があって、一つの分野に特化しているわけでもなさそう。


 研究室と言っても実験室といった方が正しそうだな。なんて思いながら口を開く。


「わあ〜、研究室って初めてきましたぁ〜! 案内してくださってありがとうございます!」


 そう言って、両手を合わせ目をキラキラさせる制服女子。オレンジ色のショートボブの髪型が可愛らしく、花が綻ぶような笑顔で見るもの心を和らがせてしまいそうな女の子。軽薄そうだけれど、とびきりに明るい性格の女の子。


 彼女の名前はレアちゃん。


 こと俺だ。


「そ、そう? 良かった」


 そんなレアちゃんを俺とは知らずに大きな胸を撫で下ろしたセリアちゃん。


 白衣姿は女性ばかりの実験室を選ばないと男性陣の目に毒だろう。きっとまた引きこもるに違いなかったので、正解だったんじゃないかと思う。


「えっと、レアちゃんでしたっけ? 科学科に転科を考えているとのことでしたけど、その参考になりました?」


「はい! 優しく案内してくれてありがとうございます! 研究室に一人残ってたのがセリアさんで良かったぁ〜」


「うぅ、良かったあ。私しかいなくて、どうしようかと……」


 研究室にはセリアちゃんしかいなかったため、彼女一人に案内をしてもらったのだけれど、勿論偶然ではない。


 レアちゃんとかいう存在しない生徒の正体がバレないように、あえて一人の時間を狙った。セリアちゃんは交友関係が僅かで生徒事情に疎く、一人の時を狙えばバレる心配がないのだ。


 そういうわけで、俺は心置きなくブって喋る。


「そんな! セリアさんで良かったですよ! 私、研究に興味が出てきちゃいました! セリアさんってどんな研究をしてるんですか!?」


 目的はそれ。情報収集のため潜入任務。


 セリアちゃんへの第一手が謝罪と決まってはいるが、そのあとが肝要。可及的速やかに停戦に持ち込むためには、敵の心臓部を握ることが何よりも大事で、セリアちゃんのコアな部分を探る必要があるのだ。


 そのため、ナツからわざわざ制服を借り、懐を寒くしてメイク道具を買い、陰のモノ特攻女子ことレアちゃんに扮して接触しているわけだ。


「わ、私の研究ですか。そんな大したことは……」


「もー謙遜しないでくださいよー、すっごいことしてるんですよね? ってハードルを上げてみたり?」


「か、からかわないでください」


「あははー、ごめんなさーい。でもぉ〜興味あるのは本当なんで〜教えてくださいよ〜」


「わ、わかりました。私はですね……えと、具体的なこととなると専門的になっちゃいますし」


「曖昧でもいいですよ〜」


「な、なら私は主に工房の効率化をテーマに掲げて研究しています」


 工房の効率化、か。さっぱりわからん。


「え、えっとですね、何というか鍛治に使う設備だったりの設計だったり、素材とか材料とかについて詳しく調べてたり、えとあの」


 まだ入学して数日、詳しく語らせるのも酷か。それに研究内容は問題じゃない。


 核の部分は、なぜセリアちゃんがこの研究を選んだかということ。


「へー難しそうですね。セリアさんはこの研究室を本当に志望したんですか?」


「う、うん。女性ばかりってのもあるけど、内容を最優先に志望しましたよ」


 ま、それはそうだろう。男性嫌いにも関わらず、一時は俺と組んだくらいだ。目的を第一に考えているのには違いなく、そしてその目的が重要に違いない。


「どうしてセリアさんは、この研究を選んだんですか?」


「それは……何となくですかね?」


 セリアちゃんの顔が曇っていて明らかに嘘とわかる。何か言うのを躊躇するような表情で、先日のレストランで見た表情だ。


 きっとメカブなら、口を割らせることは出来ない。


 だが陰のモノ特効の美少女、レアちゃんなら可能。俺はこのために、こんなキャラ設定にしてきたのだ。


「大丈夫ですよ! どんな理由だって私は受け入れますからっ! それとも〜、私には話せないくらい悪ーい奴だったり?」


「わ、悪くはないです!」


「じゃあ話せますよね?」


「うっ、そ、それはその」


「んー。ひた隠しにしますねー。私、そういうの気になっちゃうタイプなんですよー」


「って、ってことは!?」


「逃さないかなーって」


 ニッコリ笑うと、セリアちゃんは怯えと照れが混じって、もごもごと口を、わちゃわちゃと手を動かし、目を><と瞑った。


「ふふん、早めに言っといた方が得ですよ。私、しつこいんで」


 と、手のひらを頬にぴたと添えると、面白いくらいにセリアちゃんは跳ねた。


「ひゃあ」


「どうです? 観念しましたか?」


「し、したから! 言う! 言いますっ!!」


「じゃあ聞いてあげます。どぞ」


 完全に上下逆転したので、俺はセリアちゃんの言葉を悠々と待つ。


 だが、いくら待っても、もごもごとしたまま。


 しばらくして、聞こえたのは


「や、やっぱり言えませんっ!!」


 という言葉で、それだけ残してセリアちゃんは逃げていってしまった。


「はあ」


 一人残された研究室でため息をつく。


 だが失敗ではなさそう。むしろ大きく前進したといっていい。


 ここまでしても話さないということは、セリアちゃんにとって重要なことには間違いない。


 それに、これほど拒むことを幾つも抱えていないだろうし、武器の転売を拒んだ理由とも関連性はありそう。


「ま、初日にしては上乗の成果か」


 とにかくセリアちゃんの志望理由を解明すればいいことがわかった。


 武器転売を拒んだ理由も芋づる式にわかるだろうし、そうなれば俺の勝ちだ。反対する障壁がわかるので、取り除けばセリアちゃんは乗ってくれる。


 そして懐はホッカホカに……。


 うっはうはになりながら、俺は寮への帰路を辿った。



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