新米貴族、一生こんな演技することはない



「私はきっとこう言うでしょう。皆が貴方に別れを告げることになっても、きっと私は別れないと。え? お前が連れてくんだから、そりゃそうだろ? そう言われればそんな気がしたけれど、細かいことはよろしくってよ」


 家に帰り居間に入ると、夜も遅いのにシャーロットが演技の練習をしていた。


「何その、0点の脚本」


「バカな脚本でも惹き込めるようにって課題なのよ。一生こんな演技することはないと思うけど……ってメカブじゃない! 誰!?」


 手に持っていた脚本を落として驚いたシャーロットに、俺はカツラを外してみせる。


「その髪、メカブ!?」


 俺は女性っぽい姿勢を元の姿勢に戻す。


「丸みがとれて、メカブになった!?」


 台所に行って水魔法で顔を洗ってメイクを落とす。


「完全メカブだわ!?」


「完全メカブってなに?」


 シャーロットは俺をじろじろと見て、ほへえ、と息を漏らした。


「女装が趣味なのは驚いたわ」


「趣味じゃない。誰が好き好んで天真爛漫レアちゃんをやるんだよ」


「天真爛漫レアちゃんをやったのね。中々にキツいわね」


 軽く引いているシャーロットに、女装姿を見られるのが恥ずかしい。どこか情けない気持ちにもなる。早く自室に戻って、速攻着替えよう。


「じゃあ着替えるから、演技頑張って」


「え、ええ」


 シャーロットの困惑の声を背に自室に戻ると、扉と窓が空いているにも関わらずナツがいなかった。


「不用心だなあ。誰に見られるかわかったもんじゃないのに」


 と、俺は窓をカーテンを閉める。


 借りた制服を脱いで私服に着替えて居間へと向かう。


「シャーロット」


「あ、メカブ……」


「なんでガッカリしてるんだよ」


「娘も良かったなって」


「勝手に母性の吐口にしないでほしいけど、それよりナツは知らない? 部屋開けっぱなしでどっか行ってたら説教しないと。あと借りた制服は手洗いしていいか聞きたくて」


「ナツさんに借りたのね」


「うん。逆に制服を貸しもしてるけど」


「制服を貸してる、あ、じゃあ大事そうに抱えて出ていったのはメカブの制服だったんだ」


「出ていった?」


「ええ。なんか『惜しくなったからもうちょい、じゃなくて海釣りに行ってくる』って言って……もしかして返すのが嫌で海ズリに行ったわけじゃないでしょうね」


「海釣りに行ったんでしょ?」


「……気にしないで。ナツさんが知識覚えたての思春期だからって心配しすぎただけ。流石に男子の制服を手にしたからって変なことするはずないわ」


 シャーロットは、それで思い出したけどメカブ、と真剣な目を向けてきた。


「帰りが遅いし、ナツさんの様子を見に行ってくれないかしら?」


「どうして?」


「つい先日、平民の女子生徒が攫われかけたって話があってね。そこは流石学園都市の警備ってことで未然に防げたのだけれど、犯人はまだ捕まってないらしいの」


「捕まってない? 防げたのに?」


「そう。一応、捕まえた人はいたけれど、証拠不十分だったみたいでね」


「ふーん、成る程」


「成る程って何よ」


「ま、さっきのシャーロットの脚本と同じで、一生使わないであろうことがわかっただけ」


 そんなことはどうでもいい。俺にとって大切なのはセリアちゃんのことだ。


「よくわからないわね。ま、そういうわけで、ナツさんの様子を見に行ってくれるかしら? 海辺は警備の行き渡っていないところだから心配なのよ」


「……ええー」


 気乗りしないけど行くかあ。


 と腰を上げた瞬間、玄関の扉が開いた音がした。


「何が、ええー、なのかなあ♡ メカブ?」


 帰ってきたナツに冷えた声をかけられる。


「あ、ナツ。帰ってきてたんだ、制服は洗って返した方がいい?」


「誤魔化そうとしないで♡ 家の外に声が漏れてたから大体聞こえてるよ♡」


「そこまでこの家の壁って薄かったっけ?」


「窓が空いてたよ」


 見ると居間の窓が少しだけ開いている。警戒ゼロだったとはいえ、俺も平和ボケしたものだ。


「まあまあナツさん。気乗りしていないようだけれど、メカブは立ち上がりはしたわ」


「なら良っか。ちゃんと心配してくれたんだ?」


「なら良いなら、なら良っか」


「こいつホンマ」


 ナツが拳を握ったのを見て、シャーロットが早口に喋った。


「ナツさんが遅かったのはボウズだったからなのね」


「え?」


 キョトン、とするナツに、シャーロットは首をかしげた。


「いつも魚を入れた箱を持ち帰ってくるのに、今日はないから」


「あ、あーね、あはは、釣れなくて遅くなっちゃった。えとそれに、間違えてメカブの制服を持ってちゃったから、潮の匂いしないように洗って返すね。明日までには乾くと思うし」


「それなら俺は俺の制服を洗うし、ナツの制服は自分で洗って貰える?」


「私の?」


「うん。洗って返したいけど、男に手洗いされるのは嫌でしょ?」


「いや別に全く。洗ってくれるのに男がどうとかないけど」


「そう? じゃあ普通に洗って返すから、俺の制服もちょうだい。一緒に洗うし」


「うん……うん?」


 ナツは固まってジロジロと俺の顔と手に持っている制服を見比べる。


「や、やっぱり私が洗うよ、二つとも!」


「俺が借りた側だから洗うよ」


「いいの! わ、私の制服はどこ?」


「部屋に掛けてあるけど」


「じゃ、乾かないとあれだから、すぐに洗濯するね!」


 ぴゅーとナツが居間を出ていって、俺とシャーロットは首を傾げた。


「何だったんだ?」


「わからないわ」


 その晩。丁寧に洗われた俺の制服と、ほぼそのままのナツの制服が吊るされていた。

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