新米貴族、潜入任務

 昼休みの教室。俺はナツに作った弁当を渡して言った。


「突然だが、ナツ」


「何? 藪から棒に」


「制服をくれ」


「……はあ?」


「聞こえなかったか、制服をくれ」


「いや聞こえてはいるけど、普通に意味がわからない」


 俺の言葉には興味なさげに、弁当の包みを開けるナツ。


「じゃあ説明するね。俺はどうしても女子の制服が欲しい。だけどお金がない。そこで目をつけたのが、ナツ。君の制服だ」


「聞いてもわからない。もっと詳しく」


「わかった。バカでもわかるように説明するね」


「バカでいいから、わかるように説明してね」


「セリアちゃんはどうやら学校の研究室で引きこもっているらしい。始業前に調べたところ、どうやら所属は女性だけの研究室らしく、男の俺が赴けば怪しまれるし、セリアちゃんは警戒して出てこない」


「ほんで?」


「俺は女子として潜入して、淑女としてセリアちゃんに接触しようと思う」


「わからない」


 ナツは大きくため息をついた。


「セリアちゃんに紳士ぶってしくじったのに、同じ轍を踏もうとするのがわからない」


「しくじった後にこそ活路はある。まさかセリアちゃんも二度も同じような真似をしてくるとは思わないだろ。無意識をつく、戦闘の基本だ」


「可能不可能の話じゃないんだけど……まあでも、その話でも無理でしょ。制服着たら女子として行けるってどゆこと? もしかしてメカブの目には制服が歩いているように映ってる?」


「なわけないでしょ。俺には変装の技術も、迷彩になるよう顔にメイクを施してきたから技術もある」


 朝作ったパスタはくっつき固まっていて、小瓶に入れたオリーブオイルをかけてほぐすナツ。まだ馬鹿なこと言っているなあといった感じだ。


「ナツさん、これでも信用出来ませんか?」


 ビクッ、としたナツの体。まんまるにした目を向けてくるナツ。


「その声、メカブ?」


「ええ私ですが?」


「すごい。女声出来るんだ……ってあれ? 何か、どっかで聞いたことのあるような声だけど」


「気のせいじゃない?」


 あの時のシスターですよ、と言ってもいいけれど、話が拗れそうなので隠しておく。


「そっか。ならいいけど。いや何でいいんだ?」


「さあ? それより可能であることはわかってもらえた?」


 ナツはフォークを置いて、うーん、と胸を押し上げるように腕を組む。


「わかったけど、わからない」


「何が?」


「私が制服を貸すメリット」


「そんなのないよ」


 ナツがニッコリしてフォークを逆手持ちで握った。


「危なっかしいなあ。じゃあ代わりに俺の制服を貸してあげるよ」


「それのどこが私のメリットなの♡」


「じゃあこれは?」


 俺は絶妙な加減で指先に火魔法を灯す。それを自分の陶器の弁当箱にあててパスタをあっためて消した。


 湯気が立って、ぐー、と周りからお腹が鳴る音が聞こえた。何をしたのか、と騒めく空気は悪くないけど、本題はナツ。


「その冷たいパスタ。あったかいと美味しいだろうなあ」


「うぐぅ」


「ナツが釣ってきたスズキのアクアパッツァパスタ。ほろほろでサッパリしたスズキに、白ワインで蒸したアサリと太陽を詰め込んだドライトマトの旨味たっぷりソースが染み込んでて、さらに刻んだパセリとパプリカで上品な味わい。極め付けに朝つみたてのフレッシュバジルをかけて、うんまあ〜」


 と食べてみせる。


「うますぎるのに、そっちのパスタは硬くて、魚の油が固まって……あらら。ま、それでも美味しいと思うから、どうぞおあがり」


「わ、わかった。貸すから」


 最近、食べ物で釣れすぎてしまう。食い意地が汚いやつばかりで、どこか悲しい。


「じゃあ放課後貸せばいい? 場所は更衣室でいいよね? 寒いだろうけど先に脱いで待っててよ」


「何で?」


「そこは、これでも乙女ですから、先に脱いでもらわないと」


「そうじゃなくて」


「うん?」


「家に帰ってから貸してもらえれば問題ないよ。また学校に行くし」


「メカブの制服貸してくれるんじゃないの?」


「いや別に、等価交換かな、って思って言っただけで、メイクとかどのみち家に帰らないとできないし。家に帰ったら自分の服あるでしょ?」


「……でも一応、借りとく」


「別にいいけど」


 やけにこだわるナツがわからない。


 まあでも借りることができた。セリアちゃん懐柔に一歩近づいた。


 そう俺は内心喜ぶのだった。








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