新米貴族、セリア嬢に拒否される


 拒否したセリアちゃんにナツは同意してうなずいた。


「そりゃそうだよね、私が方方にひいひい歩き回って紹介しないといけないのに、メカブの仕事はこれだけで等分しろってのはね」


「大丈夫、骨を折るのはナツだけで、セリア嬢はとくに何もしなくていいから安心してください」


「おい、このカス」


「汚い言葉を口にしないでいただきたい」


 まったく気品を感じれない言葉に、俺ですらやれやれと言いたくなったが、ま、ナツはどうでもいい。最悪の最悪、自慰の件で弱みにつけ入ればいい。本題はセリアちゃんだ。


「それで、セリア嬢。あなたはどうして拒むのですか?」


「それは……言えません」


 鎮痛な面持ちを浮かべてそう言ったセリアちゃんは、その顔を隠すように俯いた。


 自分で考えた商売が、人の手に渡る。そして得られるのは、僅かな金銭。そんな条件を思えば、断って当然ではあるが、にしては変な反応。口にするのも躊躇う、後ろめたいことがあった、と見るべきか。


「セリア嬢、もし何か隠していることがあり、それが拒む理由であるならば話していただきたい。さもなければ、私たちは勝手にこの商売を進めさせてもらいます」


「え……」


「この商売、もうすでに貴方の手を離れていると言っていい。資金も計画も、全て貴方に頼らなくてもいいのです。むしろ、分け前が減るという観点で言えば、貴方を巻き込む理由はない」


「それは……そうですね」


「ええ、ですので今貴方の意思を尊重しようとしているのは、貴方が発案者であり、アイデアを奪うのは酷であり、誠実さに欠けるという人の心からです。理由も聞かせていただけず、拒否するのならここまで。私は信用して貴方と商売をすることはできません」


 そう言うと、セリアちゃんはまた俯いた。


「言ってくださらないのですか? でないと、こちらは信用することができませんが?」


「……信用して商売って言っても」


「信頼関係がなければ商売できません。安心してください、貴方の隠し事を私は決して言いふらしたり、悪く捉えたりはしませんよ。むしろ貴方の意見を汲んで商売を見直しましょう」


「そんな言葉、どうやって信じたら良いって言うの……」


「それほど、信じるのは難しいですか?」


 尋ねると、セリアちゃんは黙った。しかし、しばらくするとわなわなと震えだし、我慢しきれないように立ち上がった。


「当たり前ですよ!! 紳士って言って振る舞っておきながら、今日ぜんっぜん紳士じゃないとこばっか見えるし!! 紳士じゃないのバレバレだし!! ひゃくぱー、私を騙しに来てた人をどうやって信じたらいいんですか!?」


 ……そりゃそう。


 今度は俺が黙ってしまった。


「だから言えません!! 私の隠し事、この商売の本当の目的なんて言えません!!」


 そのままセリア嬢は、帰ります! と言って、立ち去ってしまった。


「あららぁ〜、怒らしちまったなあ長老?」


「うん。まあでも、仕方ない。こうなった以上、セリア嬢抜きで話を進めよっか」


「やだよー」


 俺はギースの言葉に耳を疑った。


「今、やだって言った?」


「ああ、聞こえなかったか?」


「いや聞こえたけど、えっと、はあ?」


 ギースはくつくつと笑った。


「長老、俺はよお、お前がただのガキになってるとこが見てえんだ」


「いや、ただのガキですけど?」


「そうは見えねえから言ってんだ。だからなあ、長老、この商売をするにおいて、一つ条件を加えさせてもらう」


「は? 何だよ、急に?」


「条件は、あの娘の同意を得ること。ちゃんと納得させて、俺の前に連れてこい」


「ええ……」


「女の子のご機嫌とりに四苦八苦する青いガキの姿を見せてくれよ」


「んな、あほらしい……」


「じゃねえと、俺はやらねえ。お前は俺の頑固さを知ってるだろ?」


「まあ……」


 ギースという男はこうと決めたら折れない性格の持ち主。


 とすれば、条件を飲まざるを得ないが……。


 怒らせたセリアちゃんを納得させるには、この商売の本当の目的とやらを信頼を得て聞き出し、その上で説得しなくちゃならない。


 別の稼ぎ方、といっても、懺悔室のバイトはやめちゃったし、他にいい稼ぎ方が思いつかないからセリアちゃんを頼ったわけだし……やるしかないか。


「わかったよ、やるよ」


「了解、じゃ飯を楽しもうか。今日はお前の奢りでいいんだろ?」


「昨日のバイトの稼ぎが……しかも俺は条件のせいで胃が重いし。ナツ、セリア嬢の分も食べて良いよ」


「え、あ、うん。っていつのまにバイトを? ってか、私を大食いキャラにするなって」


 ああ面倒なことになったと思いながら、俺は食事を口に運んだのだった。



 *****


 私、ナツ・スワンは、レストランを出て帰り道をメカブと共にしなかった。


「先生」


 職員寮へ向かう先生に追いついた私は呼び止めた。


「あー、何、長老には用事があるつってたけど、俺に用か? わりいな、貴族っつってもガキを抱く趣味はねえんだ。どうせなら長老に抱いてもらうんだな」


「な、何ですかそれ! わかりませんけど違います! 私はメカブについて聞きたいんですよ!」


「そうじゃねえか」


「だから違いますって! メカブ、彼は一体何者なんですか?」


「何者、か」


「貴方は彼のことを詳しく知っているんですよね?」 


「詳しくは知らねえよ。でもまあ、少しは知ってるかもな」


「幼い頃から功績を立て、貴族に叙爵され、節々に非凡さを感じる彼は一体何者なんですか?」


 先生は、そうさなあ、と煙草の煙を吐き出すように息をしてから答えた。


「あいつは、偶像、なのかもな」


「偶像?」


「面倒くせえから、それ以上は言わないし、言えねえ。俺もここ数年間のことは知らねえしな」


「ええ?」


「ただ何も変わってねえように見えた。んじゃあな……っと、あと」


「あと?」


 先生はにた〜と男臭い笑みを見せた。


「やっぱ、そうじゃねえか」

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新米貴族の身の振り方〜戦争で成り上がった新米貴族は平和な世を生き抜くため将来有望そうな女の子と結婚したい。婚活始めたら、行き遅れ系令嬢たちが必死すぎて怖いんだけど〜 ひつじ @kitatu

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