新米貴族、ちょっとええ……


 リビングに場所を移し、セリアちゃんとお話をする。


「それで、早速ですが、何を手伝ってほしいのかお教え頂いても?」


「はい、実は商売を始めたくてですね」


「商売、というのは、どういったものを?」


「そ、それは資料を用意してきました」


 と、かけていた鞄から資料を取り出したセリアちゃんから、紙束を受け取る。


 ぺらぺらとめくってみると、なるほどなあ、と感嘆の思いを抱くと同時に、口がへの字になるのを自覚した。


「私がやりたいのは、武器の転売です」


「……まあ、聞こうか」


「はい。戦争が終わり、もう一年が経ち、使われなくなった余剰の武器はたんとあります。戦時は各貴族に義務付けられた必需品でしたが、今や無用の長物、倉庫を逼迫させるだけ。なのに整備しなくては錆び、使い物にならなくなるので、維持費も労力も馬鹿になりません。平和を一年享受し、軍事からの脱却が始まり義務意識も消えますから、処分したがっている貴族は山程います。そこで安価で買い上げ高く売ろうという商売です」


「うん。売り先は?」


「買い戻しさせます。傭兵だったり、騎士だったりと、軍事で生計を立てていた人々の解雇も同時に始まります。彼らが賊に落ちることは明白なので、結局は防衛のために必要になるかと」


「まあそうなるだろうけど……」


「な、なにか、悪いことを言いましたか?」


 悪いことを言いましたか、か。


 別に商売としては悪くない。多分、きっとそうなるだろうし、商売としては悪くない。


 けど、こんな子が考えたと思うと、怖くてちょっとひいてしまう。商売自体もあくどいし、使うことになるものを安値で買い上げて高値で買い戻させるとか悪いことしか言ってなくて、普通に怖い。


 とはいえ、悪くない話。資料は詳細に作られていて、取引相手、取引量、利益、資金、その他様々なことまで網羅されている。商才があるというのは間違いないらしく、もう少しだけ聞いてみよう、という気になる。


「いえ、何も。ところで、この商売において、私はどういった役割を果たせばよろしいのですか?」


「それは私の代わりに、各貴族との交渉をお願いしたいと思いまして。と、言っても、わ、私も同席しますし、私が考えたことをお話くださるだけでいいです。あ、あと、色々な貴族に営業したり、武器の納入だったりと、色々することを思えば人手が欲しく、柔軟に手伝ってもらおうかと」


 うーん、なるほど。それは困った。


 各貴族との交渉、それが出来るなら急いで嫁探しはしていないわけである。


 ただ他のところでは力になれると思うから断るのも惜しい。お金も欲しい。


 なら、交渉担当を新たに呼び込むべきか。


「セリア嬢」


「は、はい」


「実に魅力的なお話ですが、私の他に交渉担当を置くべきです」


「えっと、ダメですか?」


「実は私、貴族になってから日が浅く、顔はとても広いとは言えない。それに貴族としての事情には疎い。加えて、まだ私を成り上がりと侮る方も多いので、私が同席すれば成るものも成らないかと」


「そ、そうなんですか。で、でも、でしたらどうすれば……」


「セリア嬢さえ良ければ、新たに交渉を担当する人を引きいれるべきと思います」


 そう言うと、セリアちゃんの顔が曇った。


「で、でも、私にそんな伝手ないし……」


「そこはご安心を。うってつけの人材がいます」


「だ、誰ですか?」


「ナツ・スワンです」


「ナツさんですか?」


「ええ。彼女は顔が広く、人当たりも良い。少々、イカれ……頭がよろしくないですが、話すことをセリア嬢が考えてくださるのなら、問題もないでしょう」


「な、何も、包めてない……けど、ナツさんなら、私でも話せるくらい素晴らしい方なので私も安心です。それにナツさんとは仲良くなりたいです」


 こいつ、さっきの記憶なくなってないか? よく仲良くなりたいと思ったな。


 とは思ったが、気変わりしないうちに「ではナツを呼びに行きます」と俺は席を立つ。


「ナツ、ちょっときてくれ」


 と、毛布にくるまった蓑虫にこえをかけると、くぐもった声が返ってくる。


「もうダメだよぉ、メカブ。恥ずかしいよぉ」


「どうでもいいから、はよ来てくれ」


「うわあ」


 毛布をはいで、首根っこ掴んで連れていく。そしてリビングのテーブルにつかせた。


「ナツ、セリア嬢から話があるんだ」


「……えっと、その、さ、さっきのことはごめんなさい」


 さっきの件を詰められると思ったのか、ナツはそう謝った。


「い、いえ。むしろさっきの件で私、ナツさんと余計仲良くなりたくなったんです」


「ええ……どうしてか聞いても良い?」


「はい。ナツさんはエッチなことを知らない清き人だな、って思ったんです。私、性的な目を向けられることが多くて、エッチな人が本当に嫌いなんです」


「へ、へえ〜」


「だからナツさんみたいな清い人と親しくしたいなって思うんです。いえ、清い人以外と親しくなりたくありません」


「……うん。セリアちゃんは性欲が強い人はどう思う?」


「肉欲をたぎらせた目でじろじろと見てきますし、性欲が強い人なんて、消えちゃえばいいと思います。本当に最低の最低の人ですね」


「……そうだね」


「ええ! きっと犬には最下位の序列にされますし、猫には顔を覚えられませんよ! 多分、将来ハゲますよ、きっと! 全く最悪ですよ!」


「セリア嬢、そこまでにして、本題を切り出しては?」


「は、はい、ナツさん。単刀直入に言います、わたしと一緒に仕事してくださいませんか?」


「無理です」


 ナツは目の端に涙を溜め、光の消えた目でそう言った。

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