新米貴族、懺悔室のバイト3

「悩める子羊よ、今日は如何なさいましたか?」


「あの、恥ずかしいんですけど」


「安心してください、ここは完全防音。このしきりによって私ですら、顔も見えず、声もわからず、特定することは出来ません」


「でも、そのぉ、やっぱ、恥ずかしいです」


「大丈夫です、皆様の悩みは、神様が人に与えられた尊きもの。どんな悩みであっても恥ずかしいことなんてありません」


「そうですか、安心しました」


 ほっとした安堵の声で、相談者は続けた。


「お股を触ってたらぬるぬるして気持ちよくなって止まらなくなっちゃったんです、これって病気じゃないですよね?」


 恥ずかしい悩みすぎた。


 指さして笑ってやりたいが、今の俺は悩める子羊を導くシスター。決して馬鹿にしてはならない。


「病気ではありません。生体に備えられた機能の一つですよ」


「ほっ、良かった。4時間くらいしちゃったから、病気かと思って怖くて」


「ええ、4時間はちょっとし過ぎではありますが、安心してください。病気ではありません」


「安心しました。生体に備えられた機能ってことは、皆してるんですよね?」


「皆、とは限りませんが、多くの人は自慰をしていると思いますよ」


「自慰?」


「はい。性欲を解消するために自分で処理する行為です」


「……せいよく?」


「そうです、性欲です」


 仕切り越しに、羞恥に悶え苦しむ声にならない声が聞こえた。


「恥ずかしいじゃないですか!?」


 恥ずかしい、ものすごく恥ずかしい。だけど、今の俺は悩める子羊を導くシスター。決して馬鹿にしてはならない。


「恥ずかしくはありません。性欲は神様が人間に授けた尊き機能。自慰行為をするのは決して恥ずかしいことではありません」


「ほ、本当ですか? えっちなことじゃないってことですか?」


「えっちなことではあります」


「じゃ、じゃじゃじゃ、じゃあ、やっぱり恥ずかしいよ!」


「いえ、恥ずかしくありません。4時間は流石に性欲が強すぎますが」


「強すぎるんだ!? 恥ずかしいぃぃぃぃ!」


「だから恥ずかしくはありません。皆がしていることです」


「そ、そうなの? なら、ちゅー、とどっちがえっち?」


「自慰です」


「うえええええええ!? ちゅーが一番えっちじゃないの!? それを4時間も!? 私、やばいって! 」


 やばいのはやばい。その程度の性知識しかないのにもかかわらず、本能に従って4時間も……4時間?


 今朝、ナツがゴソゴソしていたのはちょうどそのくらい。


 こいつ、ナツだ。


 気まず。同部屋の女子の性相談を聞かされてるの気まず。


「あ、あの、もしかして、もっと、その、えっちなことって、ありますか?」


「貴方はどうやって子供を作るか知っていますか?」


「それは、知っていますけど」


「ああ、知っているのですか」


「はい。結婚したら、流れ星が運んでくるんですよね」


「ベタか」


「ベタか!?」


 まずい。つい突っ込んでしまった。


「違います、男女が寝ると出来るんですよ……とここまで。それぞれの家庭に性教育の方針があります、私がでしゃばってはいけません。一度、母親や姉、なんなら妹でも良さそうですが、親しい女性に聞いてみることをおすすめします」


「はい、そうしてみます……。私、恋愛とかわかんない、とか言っておきながら、くそエロかったんだ……」


 落ち込んだ声を出して帰っていったナツに不安になる。


 顔を合わせたとき、俺は笑わずにいられるだろうか、と。


 それからしばらくして、新たに来客が来た。


「悩める子羊よ、今日は如何なさいましたか?」


「はい、実は大きな悩みがあるんです」


「どうぞ仰ってください」


「金儲けの話があるんですど、実現するには人手が欲しくて」


 ぴく、と耳が動く。


「私、商才はあると思うんですが、商売に必要不可欠なコミュニケーション能力が足りなくて人を誘えないんです」


「それはその商売に自信がないから、リスクを背負わせることができず誘えない、ということではないですか?」


「それはないです。自信はあります。ただ、人と話すのが苦手で」


「なるほど、ちなみにどれほどのお金が手に入る予定で?」


「上手く行けば、城一つくらいは」


「わかりました、貴方の悩みを解決いたしましょう。メカブ・ケイブという生徒を尋ねてください。彼は優しく素晴らしい人格者です。貴方のコミュニケーションがどれほど下手でも、金払いが良ければ、きっと助けになってくれるはずです。金払いが良ければ!」


「そうなんですか?」


「はい、シスターのお墨付きです。今夜にでも訪ねてみるといいでしょう。彼は真摯で真面目で素晴らしい方です。変なところも、変なことも一切ありません。貴族街の端っこの一軒家に住んでいます、是非お訪ねください」


「でも私、男の人は余計苦手で……。性的な視線を向けられて嫌なんです」


「安心してください。彼は絶対にそんなことしません。彼は、『ジェントルメン、あっ、間違えたメカブ』とよく呼び間違えられるほどの紳士なのですから」


「シスターがそこまで言うのなら、きっと素晴らしい方なのですね。わかりました、訪ねてみます」


「ええ、お待ちしております」


「お待ちしております?」


「いえいえ、お気になさらず」


 わかりました、それでは。と相談者が帰っていくと、俺はペンをとり、辞表を書き始めるのだった。


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