ナツ・スワンと顔なじみの文官、そして新米貴族2


 ……怪物?


 どういった意図か測ろうとメリナ様の顔を窺おうとしたが、メカブたちの突飛な行動に目を奪われる。


 何、あれ?


 シャーロットが空に放り投げられた。そして、くるくるとターン、いやスピンをしながら舞い降りてくる。


 まるで大輪の薔薇から産まれた天使のよう。飛んできた花びらが顔に張り付いた錯覚を覚え、私は頬を拭った。


 メカブが抱きとめ、シャーロットさんがふわりと着地すると、どよめきが起こる。周囲に目を向けると、ホールの中でダンスに混じわらずに見ていた人は皆、メカブたちに釘付けにされていた。


「相変わらずの魔法精度だ。ただのスピンじゃない、風魔法でつむじを起こすとはな」


 言われてみれば、微かに風魔法の残滓が見られた。


 敵を吹き飛ばす技をあり得ない魔法制御でやってのけた。それは途轍もないことだが、そんなことより私は一瞬で人の目を強く惹きつけたことに驚く。


 こんなの知らないんだけど……。


 貴族のダンスは緩やかに音楽に揺れるようなもの。スピンなどという派手な動きとは対極にある。


 でもだからこそ、目を奪われる。それが無粋であれば傍迷惑なだけなのだが、美しいのだから、初めて遭遇するものへの困惑と美しさに対する感嘆が同居して、間抜けに口を開けることしかできない。


 これは、良いのか、悪いのか、戸惑うのが、ダンスを知る貴族の反応。


 だがこの会場にいるのは、貴族だけでない。


「美しい」

「流石、お貴族様だ。凄い」

「シャーロット様は、ダンスを教えるお家らしいわ」


 学園の生徒の半数以上は平民。貴族の文化であるダンスを踊れず、観客に徹しているのも平民。良し悪しを判断する知識がなく、己の審美眼に純粋である平民なのだ。


 集団の空気が出来てしまう。同調圧力に似た、そんな空気。まだ曲も流れていないのに、期待と興奮の空気がパンパンに膨らんでいく。


 凄い。メカブは貴族の文化であるダンスの土俵に上がらなかった。対象を平民として、集団心理を用いて貴族の心を奪った。


 ただ人の目を惹き付ければ、期待を受ければ受けるほど、下手なダンスは見せられない。期待が大きければ、その分、失望も大きくなる。


 そんなものは杞憂だった。


 音楽が流れ出し、膨らんだ空気が割れて歓声が上がる。


 風が通り過ぎるような速いステップ。


 間近に迫るような大きいターン。


 ぐるぐると何度も回り、どんどん移動する。


 メカブたちのダンスは、振り付けこそ同じなものの、貴族のダンスとは全くの別物。音に合わせたキレのある鋭い緩急は、最早パフォーマンスと言うに相応しい。


 だからこそ初めてダンスを目にする平民は、二人に熱狂する。


 だが貴族は、こんなものダンスではない、と貶す……ことはない。


 二人のダンスはあまりに優雅なのだ。


 薔薇の姫が王子との逢瀬を楽しむような世界が広がっていて、そこに誰もが分け入れない。ただ二人の世界が広がっている。


 きっと、傍目を気にせず、二人の世界を自由に表現し続けられているのが、優雅さの理由だろう。


 でもどうして? どうして二人は我が物顔でホールを踊ることが出来ている? 


 ホールには他にも踊っているペアが何組もいる。これだけ激しい動きをしていれば、周囲と接触を恐れてもおかしくない。


 他の貴族が二人に遠慮しているのか?


 注意深く見てみると、どうもそうではないことに気づく。


 広い空間が出来そうになると、メカブたちはダンスの振付でそこに滑り込んでいっていた。そしてそれを何度も繰り返している。


 嘘でしょ、と笑いたくなる。


 メカブとシャーロットさんはずっと顔を見合わせている。つまり、視界の焦点は主にパートナーの顔なのだ。背景なんて、ぼやけていて、ちらっとしか見えない。


 なのに、ホール全体を鷹が見下すように、空間の把握が出来ている。そんなのもう笑うしかない。


 空間の把握が出来ているから大きな動きをしても、ぶつかる危険性がない。実際、他に踊るペアがメカブたちを気にせず踊り続けられている。それがまた、メカブたちのバックダンサーに見えて、人の目を惹きつける一助となっている。


 きっとでも、何よりメカブ達が惹きつけているのは表情だ。


 弾けるような笑顔に、月を見て憂うように、乙女が恋をするように。音と踊りに合わせて変わるシャーロットさんの表情は、瞬きを惜しむくらいに、食い入って見てしまう。


 どうして焦りも不安もなく、自在に表情を作れる? 


 いくら空間の把握が出来ていると言っても、狭いところを縫うように移動したり、急遽止まる動きだって必要。事実、その動きはあって、焦りも恐れもあって当然。ミスれば終わりの状況なら尚更だ。


 なのに顔に出ていない。


 ふと、メカブがシャーロットさんの指の間にナイフが突き刺さっていたことを、思い出す。


 あの時は、はぐらかされたけど、あれ、シャーロットさんの指の間にナイフを突き立ててたんじゃないの?


 指が飛ぶ恐怖を味あわせ、信頼感と動揺しない精神を育んだ。その結果、今、激しい動きの中で、恐れや焦りが顔に出ないでいる。


 嘘でしょ? セリーヌさんのダンスを見た翌日だよ? その時からもう、この光景が見えていたって言うの?


 メカブ達のダンスは曲が終わりに差し掛かるにつれ、より凄みを増していく。だがもう、見る熱量は冷めていた。それは、もはや見るまでもなく、メカブ達の勝ちを確信したからだった。


『知ってる。ま、期待しててくれ』


 か。期待以上だよ、馬鹿。


 冷めた熱は、別の火元から再燃する。熱病に浮かされるような感覚に陥るくらい、身体が熱くなる。息がつまり、悩ましげな吐息が漏れるほどに興奮し、冷める気配すらない。


「言ったろう、心配する必要がないってな」


 隣で見ていたメリナ様は愉しげにそう言った。


「はい」


「あいつは女のヒモになるために学園に入学したが、この様子だと案外それも成し遂げてしまいそうだな。くくっ、面白いものも見れたし、今日は帰るとするよ」


 女のヒモ、か。メカブらしい。と、思うと同時に、他の女性と共にいるメカブを想像して何故か嫌悪感を覚えた。


 だが続く言葉に私の意識は全て持っていかれた。


「ではな。オリビア・セア。君とエリザート、どちらがヒロインでどちらがラスボスになるか、楽しみにしているよ」



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