ナツ・スワンと顔なじみの文官、そして新米貴族1


「あっはっは!! それは本当なのですか!?」


「ああ本当だよ。君はいつもいい反応をしてくれるから、おじさん嬉しいよ」


「そんな。おじさんなんて年寄りぶらなくても。まだまだお若いですよ」


「嬉しいことを言ってくれるね。でも三十五は十分おじさんだよ」


「全然若いですって」


「いやあ、そうは言っても君も私と結婚なんて出来ないだろう」


「出来ますよ。若いと言ったではありませんか」


「そ、そうかい。で、ではまたね」


「はい、素敵なお時間をありがとうございました。今後とも、スワン家をよろしくお願いいたします」


 きっちりと礼をして、夜会に来ていた知り合いの貴族を見送る。


 ふう。ようやっと落ち着いたかなあー。


 私、ナツ・スワンは、ぐっと伸びをして一息つく。


 夜会には生徒だけでなく、貴族の来賓も多く訪れていた。そのため、開場する前から挨拶回り、逆にひっきりなしにくる挨拶の対応に追われ、夜会が始まってしばらく経った今になってようやく流れが止まったのだった。


 まあでも今まで対応していたのは、主に大人。学友の対応に追われる第二フェーズがくる。


 の、前に。


 あーもう、気が気でなーい。メカブ、シャーロットさん大丈夫かあ?


 私はメカブとシャーロットさんに目を向ける。


 ここ数日間、二人はダンスの練習に出かけると外へ出て行き、毎日ボロボロになって帰ってきていた。


 とてもダンスの練習とは思えない姿に、私の不安は強くなるばかりだった。


 別にナツ・スワンにとって二人が失敗しようと構わないけれど、流石に同居人として、友達としてはよろしくない。ただただ心配だ。


 それに……。


『知ってる。ま、期待しててくれ』


 そう言って、私の頭を撫でたときの笑顔が蘇る。


 無茶無謀。無理、不可能。


 それが私の結論。だけど彼がくつがえしてくれたのなら。私の期待に応えてくれたのなら……。


 とくん、と心臓が鳴る。やけに頬が熱い。


 何これ?


 産まれて初めての感覚に戸惑う。すると、2人が成功するか、汗が出るほどに余計に心配になってきた。


「何を不安げにしている、ナツ・スワン?」


 声をかけられてビクッとする。声の主を見ると、私はピシッと姿勢を直した。


「これはメリナ・モズク様」


 絹のような長い黒髪の理知的なこの女性は、メリナ・モズク。三公が一つモズク家の次女、ヘル・モズク老将軍の娘。二十七という年齢で文官の重要な役職を担い、老将軍の威光も相まって、次期宰相候補とも称される有能な人だ。


「そう畏まるな。さっきまでリップサービスを振りまいていたのに、凄い変わりようじゃないか」


「そんな恐れ多い。それにリップサービスなどではありませんよ」


 それは本当。本心なのは本心。ただ口にするのはリップサービスではある。


「まあどうでもいい。気になるのは君が、メカブに不安げな目を向けていた理由だ」


 ざわりと肌に奇妙な感覚が走る。


 メリナ様は、雲の上の人。なのにメカブの名前を知っていた?


「失礼ながら、メリナ様はメカブとどういったご関係で?」


「浅い関係だよ。彼からすれば、顔なじみの文官。私からすれば保護者でファンといったところさ」


「えっと……」


「質問には答えた。今度は私の質問に答えて貰おう。どうして君は不安なんだ?」


 はぐらかす、か?


 いや別にここで嘘をついても、何にもならない。嘘がバレて不信感を得れば、私が損するだけだ。


「実は……」


 私は包み隠さず、メリナ様に事の経緯を話した。


「く、くくっ。また面白いことを」


「あの……メリナ様はメカブのことが心配ではないので?」


「心配? 何をする必要がある。見てろ、ナツ・スワン」


 メリナ様は、ホール中央へ歩みだすメカブを見て言った。


 ———奴は、怪物だ、と。

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