新米貴族、夜会当日

 日が沈み、月も星も雲に隠れた暗い夜を嘲笑うかのように、学園のホールは燦々と輝いていた。


 煌めくシャンデリアの下、真紅の絨毯の上には、平民貴族とも豪華絢爛な盛装の生徒達。広いホールの端には、白のテーブルクロスが敷かれた円卓上に、彩り豊かな料理、透明感ある澄んだワインやシャンパン。方方から談笑の声が上がっていて、まさに社交会といった光景が広がっている。


「この学園に通う者は皆、国の未来を担う同志である。今日は美食に舞踊を愉しみながら学友と仲を深めてもらいたい」


 なんて、お偉いさんの言葉に拍手があがる中、緊張にアガってしまっているシャーロットに俺は声をかける。


「大丈夫じゃないわよ……どうしよう。ダンスを失敗したら、私、立ち直れそうにないわ」


「何で俺より、緊張してんだよ。安心しろ、今日まで必死に努力してきただろ」


「してきたわ。指の間にナイフを突き立てられたり、頭の上の林檎を矢で射抜かれたり、命綱を握られたまま崖登りしたり、あんたに殺されかけてきたわ」


「だけじゃないだろ。ダンスの練習もずっとしてきたじゃないか」


 夜会当日の今日に至るまで、ダンスをずっと練習してきた。今朝、最終確認をしたけれど、目的を達成できる程度には仕上げることが出来ている。


「そのダンスが問題なのよ。こんなダンス、ダンスと呼べるのかしら……」


「振り付けはシャーロットが決めたんだから、自信持てって」


「貴方の要望を何とか形にしただけよ……」


 どうもシャーロットはうじうじとしている様子。


 今日の今日まで努力はしてきた。あとはやるしかないというのに、何をそう引け腰になる必要があるのか。


「はあ。大丈夫だよ、本当。見た目だけでも、今日のシャーロットは美しい」


「ふ、ふえ!? あ、貴方らしくないこと言うわね!?」


「まあ事実だからな」


 シャーロットが着ているのは、気品がある真紅のドレス。背中は開いていて色気があり、小柄な体躯からくる子供っぽさが消えている。かと言って愛らしさはなりを潜めておらず、人並み外れた美しさと愛らしさが噛み合って、薔薇の王女といった風貌だ。


 ただまあそれでも人の目を強く惹きつけていないのは、所作の所為。シャーロットの家柄を聞いたときに気づいたが、彼女が人を惹きつけないのは彼女の家が教える礼儀作法を忠実に守っているためなのだ。あまりに教科書通り過ぎて、誰もが普通と感じてしまうせいなのである。


 だから今日、シャーロットは輝く。間違いなく輝く。


「あらあらあらあら? シャーロットさん? 緊張してらして?」


 ニヨニヨ、と嘲笑しながら近づいてきたピャウに、シャーロットは眉を顰めた。


「何よ?」


「あら、怖い。そう怒らずともよいではありませんか?」


「怒ってないわよ」


「ふふん、そうですの〜。てっきり、大口を叩いた手前、私に会ってバツが悪くなっているのかと思いましてよ。おーほっほっほ!!」


 手を口にあて高笑いしたピャウは続ける。


「もし本日のダンスで無様な醜態を晒しでもすれば、私、ダンスを教えるお家の長女として広めさせていただきますのであしからず。何せ、私の教え子を無粋な輩と踊らせるのは可哀想で仕方ありませんもの。うふふ、くふふ、あっははは!」


 それだけ言い残して、上機嫌でピャウは背を向けて去っていった。


「くぅ〜、ムカつくわ! あの女!!」


「まあでも、緊張は取れたんじゃない?」


「ええ!」


 シャーロットがそう言ったとき、ホールの中に演奏者たちが楽器を持って入ってきた。


「準備はいい?」


「いつでもいい……と一つ言い忘れたことがあったわ」


「何?」


「私が舞台のヒロインに憧れるようになったわけ」


「すぐ済む話?」


「ええ。私、昔、従軍する親戚が心配でついて行こうとしたとき、こう声をかけられたことがあるの。『戦は儂のような無骨もんに任せておけ、儂らが命をかけて守って良かったと思えるような華やかな女子でいてくれ』って、老鎧将軍に」


 ……そう。今の今まで忘れていたが、あしらうために言ったような記憶がある。


「もう見せられないのが残念だけど、私、亡き老将軍との約束を叶えるために、舞台のヒロインになりたいのよ。だからメカブ、私はこの想いで今日踊る。空の上からでも見えるくらい、絶対に目立ちましょう」


「……多分、空の上なんて遠いとこじゃなくて間近で見ると思う」


「え?」


 シャーロットが短い声を出したとき、演奏が始まった。


 俺は誰よりも早く、中央へ一歩踏み出し、手を差し出した。


「やるか」


 シャーロットは小さく頷き、俺の手を取る。


「ええ! やってやりましょう!」

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