新米貴族、ダンスの練習の練習

 授業が終わると速攻帰宅。先に帰宅していたシャーロットをリビングのテーブルにつかせる。


「シャーロット手を前に出して」


「こうかしら? はい」


 対面に座ったシャーロットの手をまっすぐ机中央、まな板の上に乗せる。


「パーに開いて」


「うん? こうでいい?」


 俺は隠していたナイフを取り出して、シャーロットの指の間に突き立てた。


「ひぃいいいいいいいいいいい!!!??」


 悲鳴を上げて腕を引き抜こうとするシャーロット。俺はそれを許さぬようにがっしりと押さえつける。


「何すんのよ!? 離しなさい!!」


「落ち着いて。これは必要なことなんだよ」


「何がどう必要なのよ!? 指の間にナイフを突き刺す必要なんて、一体どこの誰が必要としているのよ!!」


「これから夜会に向けてのダンスの練習をする。そのためには、信頼関係の構築と、どんな時でも余裕の表情を作れる能力は必須なんだ」


「信頼してるっ! だからもうやめて!」


「はい、笑顔、笑顔」


「出来るわけ無いわっ!!」


 という間に、もう一回ナイフを指の間に突き立てる。


「ひいいいいいいいいいいいい!?」


 絶叫が響き渡る。シャーロットの顔はもう真っ青。


「笑顔になるまで終わらないよ。はい、にー」


「やだやだやだやだやだやだ!!」


 精一杯抗うシャーロットだけど、俺が手の甲を押さえているせいで、何も出来ていない。


 ので、俺はもう一発ナイフを突き立てる。


「うぅうううううううううううううううううううううう!? もう無理! 訴える! 絶対に訴える! 衛兵! 衛兵はどこ!!??」


「シャーロット、そんなに嫌なら止めるけど、俺は他に方法を思いつかない。諦めるしかないぞ」


 そう言って、俺はシャーロットの手を自由にしてあげる。


 しばらくしてパニックから我に返ったシャーロットは、手を大事そうに擦りながら口を開いた。


「ほ、他にないのかしら?」


「ない。これをしないことは、諦めると同義だよ」


 沈黙が訪れる。だが、シャーロットの内心が葛藤で煩いのは、顔を見れば伝わってくる。


「……ふぅ」


 十数分と固まっていたシャーロットは、決意をしたように大きく深呼吸をした。


「わかったわ。やる」


 手を開いて机の上に置いたシャーロットに問いかける。


「本当に、良いんだな?」


「ええ。私はどうしてもヒロインになりたいもの。なれないくらいなら、指を失くした方が良いわ」


 真っ直ぐに鋭い光を放つシャーロットの目からは、固い意志が窺える。


 ヒロインになりたい、か。指を失くしても良いほどの覚悟を、夢の一言で済ますには、違和感が残る。だけど、まあそんなことはどうでもいい。やる気になってくれたのならそれでいい。


「よしわかった。行くぞ」


「ええ、来なさい!! 絶対に笑顔でいてみせるわ!!」


 ***


「ただいま〜、ってええ? 何してるの?」


 ナツが帰ってきたので、ちょうどいいタイミングだし、やめにすることにした。


「シャーロット、お疲れ。この訓練はここで終わりにしよっか」


 ずっとニコニコしていたシャーロットは緊張が解けた瞬間、椅子から崩れ落ちた。


「よ、良かった……私の指。まだ残ってた」


「これで指は終わり。明日は頭の上に林檎を置いて、それを矢で射抜くからよろしく」


「無理無理無理無理無理!!!!」


「じゃあ諦めるしかないな」


「わかったわよ!! もうやるわよ!! 今の私に怖いものなんてないわっ!!」


 そんな会話を聞いてか、ナツはドン引きしていた。


「本当に何やってたの?」


「まあダンスの練習、する前に必要な訓練かな?」


「はあ……」


「じゃあシャーロット、これからはちゃんとダンスの練習するから、外行くぞ」


「ええ! 行きましょう!! ぶっ倒れるまで踊ってやるわっ!!」


 ヤケクソになったシャーロットを連れて、ダンスの練習が出来るかつ、人目のない場所へ向かう。


 夜遅くまで、俺とシャーロットは踊り、帰宅し、疲れに呑まれたみたいに泥のように眠った。


 そして次の日も同じような一日を過ごし、また次の日も、そのまた次の日も、とダンスの練習に明け暮れた日々を過ごし、ついに夜会の日を迎えるのだった。

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