新米貴族、ナツに夜会を心配される


 ダンスを見せてもらったあと解散の流れになり、そのまま解散。シャーロットとは、関係のない話をして一緒に帰宅。今朝はダンスの練習もせずに、ゆっくりと登校した。


 そんな姿を見たからか、ナツに気遣いの言葉をかけられていた。


「昨日見てたよ。凄かったねー、二人のダンス。ところで大丈夫そ〜?」


「全然、大丈夫じゃない」


「心折れちゃった?」


「心折れた、もう無理」


「バッキバキじゃん」


 ナツがそう言うと、近くにいたクラスメイトの男が顔を赤らめて股間を押さえた。ナツにその気はないのだけれど、ワイシャツを張り上げる豊かな胸、スカートから伸びる瑞々しい脚、とエロい身体しているので、男子のことは逮捕くらいで許してやって欲しい。どうしても許せなければ終身刑くらいなら呑める。


 なんて馬鹿なことを考えられるくらいには余裕がある。それはナツにはお見通しなようで、ほっぺたをつついてきた。


「無理とか言っといて余裕そうだねえー、何かムカつくー」


「何がムカつくんじゃい」


「スカしてたら腹立たない?」


「スカしてるわけじゃないって」


「ふーん、じゃあ余裕はあるんだ」


「なくはない」


「なにそれ?」


 何それ? と言われても、なくはない、というのが正直な感想。


 正攻法では不可能。あくまで正攻法『では』不可能。


「な、ナツさん!!」


 声の方を見ると、顔を赤くした貴族の男の子。


「これはエリウッド様、どういたしました?」


 ナツは立ち上がり綺麗な所作で丁寧に尋ねた。


「ぼ、ぼぼぼ、僕と夜会のパートナーになっていただけませんか?」


「有り難い申し出ですが、申し訳ございません」


「そ、そうですか……。お時間をとらせてしまってすみません」


 と、男の子はとぼとぼと帰っていく。


「想いを無碍にするなんて可哀想に」


「なーんか、メカブにだけは言われたくなーい。ぜーったい女の子の気持ちを無碍にしてそうだし」


「ごめんな、ナツ。君の想いには応えられない」


「私のことじゃないんだけど? 勝手に振らないでくれる?」


「冗談はさておき、どうして断ったの? 丁寧に接してたところをみるに、そこそこの家柄でしょ?」


「そうだね。エリウッドくんはヘクター伯爵家の次男。家柄は良いし、本人自体の腰も低くて真面目だし、優良物件ってやつかも」


「もったいなーい」


「私の真似かあ? あのね、メカブ、いい? 誰しも家柄で相手を選ぶわけじゃないんだよ」


「お金か」


「せいかーい! 伯爵家なんて持参金でてんてこ舞いだよぉ」


「でも、相手が次男なら、ナツの家に婿入りって形になるんじゃない?」


「うちは長兄が継ぐからね。婿入りはないから、嫁入り一択だよ」


「ふーん」


 ナツの話を聞いていて、どうもお金だけってわけでもなさそう。長男が継ぐのなら、次男に持参金はいるのか、って話だ。ま、その辺は詳しくないから、何とも言えないけど。


「はあ〜。でもこれで、お断りは何件目だろう。私はメカブじゃないから胃が痛いよう」


「そんなお誘い来てるの?」


「来てる来てる。ナツちゃん可愛いから、平民から貴族まで引く手数多だよ」


「平民にも誘われるの?」


「うん。私、差別意識とかないし、分け隔てなく優しいから」


 ちょっと驚く。分け隔てなく優しいから誘える、それはそうだろう。だが、誘えるまでに、分け隔てなく優しいというところが周知されていることには、流石に驚きを禁じえない。まだ入学して数日、ナツの社交性の高さはどうなってるんだ。


「いっそのこと、メカブが私のパートナーになってよ。体よく断れるし」


「無理なのは知ってるだろ」


「知ってる、知ってる。でも、そう言いたくなるくらい疲れるんだよ。今朝だけで、もう7件だし」


「ほへえ。そんなに」


「うん。昨日のエリザート様とセリーヌさんのダンスの噂は広まったみたい。貴族は、あんな素敵なダンスをパートナーと踊りたいって必死だし、平民はまともに踊れるようパートナーを早めに見つけて練習しないとって」


「ま、貴族はともかく、平民はそうだろうな。ダンスは貴族の文化。産まれて初めて見ることに、踊ることになるだろうし」


「そうそう。んなわけで、皆そわついているわけだよ」


 言われて周りを見れば、教室内のクラスメイトはソワソワしている。誰を誘おう、誰かに誘われるかも、みたいな感じ。なんだろう、青春って感じがして、キラキラして見える。俺も甘酸っぱさを味わうために、今からでもシャーロットを振りたい。


 まあそれが出来たら苦労しない。


「あらぁ〜、メカブ溜息ついたねえ。メカブにも男女のそわそわ〜って感じを楽しみたいって心はあったんだ?」


「あるよ。普通に。状況が許されないだけで、俺は普通の青少年だからな。ナツと違って色恋はわかるし、やってみたいのはやってみたいよ」


「あはは〜、まっ私はそだね。でも状況が許されない、それは本当に許されないよ」


 真剣なトーンでナツは続けた。


「今回の夜会でピャウさんを黙らせられなかったら、メカブは今後一切社交会への参加は出来なくなる。メカブは、一生成り上がりもので、平民のくくりに入れられちゃう」


「だろうね」


「状況も正直言って、私は詰んでるとまで思う。シャーロットさんにダンスの経験があると言ってもメカブにはない。そんな2人がいくら練習しても、ダンスを教える家のピャウさんの、お眼鏡にかなうことはないと思う」


「良いんだよ。別に」


「え、良い?」


「要は結果で黙らせればいいだけ」


「えっと、お眼鏡に適うダンスをするのが難しいって話は聞いてた?」


「ああ。別に黙らせるだけなら、お眼鏡に適う上手なダンスをすることが全てじゃないってこと」


「……格好いいこと言うじゃん」


「知ってる。ま、期待しててくれ」


 何はどうあれ心配してくれたのは事実なので、俺はそう言って、ぽんぽん、と安心させるようにナツの頭を優しく叩いた。


「……」


「ナツ?」


 呆気にとられたように無言になったナツに問いかけると、慌てたナツは顔を赤くして笑った。


「あ、あはは〜! じゃ、期待しとくっ!」


 そう言ってナツは話を切り上げ、いそいそと授業の準備を始めた。

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