新米貴族、気まずい

 エリザートとのダンスを望むセリーヌ嬢には、


「やです」


 と答えたものの、


「じゃあやです」


 と返ってきたので、渋々俺はエリザートを呼んだのだったが、後悔が強い。


 何を期待していたかわからないが、小さなハートを全身から飛ばしまくっていたエリザートが、見るも無惨。今はカビが生えているかのようなガッカリ具合。


 気まずい、気まずすぎる。


 とはいえ、じゃあここで気を遣って告白することは死と同義。気遣いや思いやりは、命の懸かっていない状況のみでしか出来ない。エリザートの下にはクッションがあっても、俺の下にはないのだから綱は切らなければならないのである。


 気にしないようにしよう。


 と心を鬼にして、セリーヌ嬢に伝える。


「それではダンスをお願いできますか?」


「ええ、勿論です! エリザート様、男性役をお願い出来ますか!?」


「しかも私、男性役なんだ……」


「はい!!」


 ウッキウキのセリーヌ嬢は気づいていないようだけど、シャーロットは困惑していた。


「ねえ、どうしてエリザート様はテンション低いの?」


「たまにはそういう日もあるんじゃない?」


「海溝より低い日なんて偶にあるもんじゃないけれど」


「ないかなあ……」


「ええ。まあ別にあってもなくても良いのだけれど、このままじゃまずいわ」


「どうして?」


「笑顔だったり、表情だったりもダンスの評価材料。今のままでは、マイナス五億点だわ」


 表情も評価材料、か。貴族のダンス、というものの評価基準は大体理解できたが、そうならばエリザートにはちゃんとやってもらわないと、トップのダンスというやつが見れない。


 それは困るので、心を鬼にする。


「あー、エリザート様のダンス楽しみだなあ。きっと素敵で仕方ないんだろう、ただでさえ魅力的なのに、上手なダンスを見せられたらどーなっちゃうんだろう!?」


「え、メカブくん?」


「や、やばいー、こころの声が漏れちゃったー」


「……ま、まったく、君は恥ずかしいことを言うやつだな。そんなこと言われると、私が真面目に踊りづらいじゃないか」


 とか言いながら、やる気満々になったエリザートに満足する。


「よくわからないけれど、あんた地獄に落ちそうね」


「本当、よくわからないことを言うな」


 と目をそらして返す。


「ではお願いいたします。エリザート様」


「ああ、任せておいてくれ」


 エリザートとセリーヌ嬢が踊り始める。その瞬間、急に社交会の会場に飛ばされたような錯覚を覚える。


 大きな城の広間で踊る貴族たち、煌びやかなシャンデリアに赤い絨毯、香り高いワインにシャンパンの匂い、上品な音楽まで聞こえてくるよう。


 エリザートとセリーヌのダンスは華々しい。ゆっくりと音楽に揺れるような動きに、つま先手足、背中の反りまでが、精緻に決められているようで、美しさを感じる。一つ一つの動きが芸術的で、ほうと溜息が出そうだ。表情は笑顔であったり、慈しむようなものであったり、愛おしいものであったりと、2人の世界が目に見えるよう。


 セリーヌ嬢はもとより、エリザートもかなりダンスは上手い、と素人目でもわかる。きっと夜会の華はこういう人たちになるのだろうと思う。


 2人が踊り終えると、歓声と拍手が起きた。


 いつのまにか、中庭に立ち寄っていた人が足を止め、2人のダンスに釘付けになっていた。


 足を止めていたのは十数人。中でも貴族らしき生徒が多く、何と優雅で華々しいダンスだ、と褒めちぎっていたところをみるに、俺の感性は間違ってなかったようだと思う。


「どうだったかな? メカブくん?」


「本当に凄かったです」


 やたっ! と小さく拳を握るエリザートを尻目に、俺は思う。


 うん、これは無理。


 ダンスを見ているうちに、優雅さ、という点については確信が出来た。どうやら貴族の言う優雅さは、ダンスホールの中で相手を気にせず自由に踊れる余裕、という言葉に言い換えることが出来る。


 朝のシャーロットとの練習で、ゆっくり踊れると優雅に見えるというのは、周りにぶつからない程度に自由に踊れる速さ、ターンなんかも相手にぶつからずに方向転換、ストップして踊る技、ということなのではないか、と予測を立てた。


 そしてトップレベルのダンスを目にして、2人のダンスは情景がくっきりと見えた。表情だったりも周囲が入り込む余地のない2人だけの世界が見えたので、相手に邪魔をされていては出来ない表情であり、俺の考えは間違っていない、と確信できた。


 優雅さは、ダンスホールの中で相手を気にせず自由に踊れる余裕。じゃあ、それを意識して踊れば、優雅に踊ることが出来る。


 そうなるはずだったのだが、ここまで技量の高いものを見せつけられると、その境地に至るまで、今からでは間に合わないという結論になる。


 やはり、夜会でピャウを黙らせるには、正攻法では不可能。戦力差による力攻めが出来ない場合は、奇策を用いなければならない。


 だが、奇策なんてものはしない方がいい。どうしても分の悪い賭けを何度も通さなければならなくなる。だから、そもそもの戦いを放棄してしまうのが定石だ。


「シャーロット?」


 どうする? ピャウに謝る? と声を掛けようとしたのだけれど、シャーロットは華々しい2人を見て悔しげに唇を噛み、目に涙を溜めていた。


『私には人を惹きつけることは今は難しい。でもメカブなら、きっと出来る。メカブとなら私は輝ける。だからお願い、私の夢を叶える手伝いをして欲しい』


 か。まあ何とも抗いづらいことを言ってくれたわけだ。


「悔しい?」


「……ええ」


「なら、任せな。夜会で最も人の目を惹きつけるのは、きっと自分らだよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る