新米貴族の身の振り方〜戦争で成り上がった新米貴族は平和な世を生き抜くため将来有望そうな女の子と結婚したい。婚活始めたら、行き遅れ系令嬢たちが必死すぎて怖いんだけど〜
新米貴族、最高の瞬間。瞬間は瞬間だから瞬間である。
新米貴族、最高の瞬間。瞬間は瞬間だから瞬間である。
曲が終わると、割れるような拍手と歓声が巻き起こった。
周りを見れば、尊敬と憧憬の眼差しばかり。たまに嫉妬などの不快感のある視線が混ざっているけれど、気にもならない数。
成功だなあ。
ピャウを黙らせるのに、目の肥えた人から高評価を得るだけが正解じゃない。ここに集う多くは平民で、ダンスの評価基準である優雅さなんかは知らない。そんな素人さえ取り込めば空気に圧されて、貴族も認めてしまう。
貴族からしてみれば、『一応、優雅とされる点は押さえているし、シャーロットの家柄的にも正しいダンスなのかな』と半信半疑のところを、流石お貴族様、と高評価がまわりから沢山聞こえるのだから、冷静に正常に貴族のダンスではない、と断じることは難しいのだ。
「おーい、終わったよ」
ダンスが終わってなお、恋する乙女を演じるシャーロットにそう告げた。
「え、あ、そ、そうね」
キョロキョロと回りを見るシャーロットは喉を震わせる。
「あ、あ……。こんな、こんな光景見たことない……」
宝石のような瞳が潤み、きらりと光った。眼の前には憧れていたヒロインの景色。今まで苦しんできたことも相まって、感極まっているのだろう。
「メカブ……ありが」
「まだ早いよ。とりあえず、端に戻ろう」
「ええ。そうね、降りるまでがダンスだもの」
俺とシャーロットは、賞賛を受けながらダンススペースから出た。
「メカブ、私ね、本当に嬉しい。私には無理なのか、ってずっと……」
「まだ早いよ」
「……うん、そうね。歩きながらというのもなんだし……ね?」
俺とシャーロットは元いたテーブルについて、ドリンクを手にする。
「メカブ、私さ。正直、この数日間、苦しい練習で何度も心が折れかけた。でもね、メカブとだからやれたんだと思う。それでやれて良かった。メカブにはどうやってこの感謝を……」
「まだ早いよ」
「は? まだ早いの?」
あと5メートル、4、3、2、1……。
「男爵様とデュノール家令嬢シャーロット様! 先程は素晴らしいダンスでしたわ! 是非、お話ししていただけませんこと!」
きちゃああああああ!! 貴族からの挨拶きちゃああああ!!
「是非!」
と俺は即答した。
本来の目的は自分の地位改善。こうして貴族が話しかけてくれたということは、貴族の教養たるダンスで結果を残したということ。貴族として認められたということだ。
成り上がり、きっしょ。と、声をかけられることがなかった日々はもうバイバイ。貴族扱いされ、これでようやく、婚活のスタート地点に立てる。
これから俺には、社交会に呼ばれ、貴族ご令嬢と接点を持ち交流する日々が待っている。ああ、なんと輝かしき日々かな。
「嬉しいですわ。お話していただけるなんて」
「それはこちらの台詞ですよ」
「……」
なんて和気藹々とした会話の中、無愛想に黙るシャーロットに耳打ちする。
「おい、愛想よくしろ。気分を損ねたらどうするんだ?」
「まだ早いって……もしかしてよ? 令嬢に声かけられやすくなるために待たせたのかしら?」
「そりゃそうだろ。しみじみ感想戦してたら、誰が話しかけてくれるんだよ。行きづらいだろ普通」
そう言うと、シャーロットは笑顔になった。そしてガッツリ足を踏んできた。
「痛いっ、何するんだよ!」
返事は返ってこず、シャーロットは話しかけてきた令嬢相手に、にこやかに話しだした。
非常に不服ではあるが、周囲に俺たちと話そうと機会を窺う学生の姿をちらほら見つけ、気分がいいので水に流すことにする。
一口ワインを呑み、最高の気分で俺はにこやかに会話に混ざった。
***
「たらいまぁ〜」
ふらふらと千鳥足になりながら帰宅した。
酒には強い方なのだが、今日はいかんせん呑みすぎた。
それも仕方のないこと。十を越える貴族、有望な平民とも席をともにしたため、酒を飲む機会は多かった。
それだけでない。
まだ貴族として認められたばかり。何も始まっておらず、ようやく本来の新米弱小貴族と認知してもらっただけ。それでも大いなる一歩には変わりなく、嬉しいものは嬉しく、酒が進むというものだ。
「あ、お帰り〜、メカブ」
「ナツか。夜遅くまで起きてるんだな」
リビングのテーブルに肘を付き、顎を手で支えていた。
何故かぷんぷんしながら帰っていったシャーロットと違い、俺は長く夜会に残った。だから時計の針は天辺をとうに回っていて、夜も良い時間なのにナツが起きていることを疑問に思う。
「んー、ちょっと、びっくりしちゃったことがあって。ま、考えても仕方ないし、もう寝るとするよ」
「そ、おやすみ、静かに部屋に入るようにするわ」
「だね〜、起こすなよ〜。一緒の部屋で寝てる……んだから?」
「どうかした?」
「いや、何かまた身体が熱くなってきて……何これ?」
心底不思議そうに首をかしげたナツに教えてあげる。
「それはね、風邪っていうんだよ」
「そうかも。私、もう寝るね」
あはは〜、と赤い顔でいつもの笑顔を浮かべて立ち上がり、リビングを出ていった。
風邪を知らなかったなんて、馬鹿は風邪を引かないって本当だったんだな。俺も風邪をひかないようにしっかりと寝よう。
そう思い、風呂に入り、身体を温め、ぐっすりと……寝られなかった。
「んっ、くぅ……いゃ、あんっ」
ベッドに入ってからしばらくして、ゴソゴソと隣のベッドから聞こえる音、精一杯押し殺した悩ましい声が聞こえだした。しかもそれが明け方まで続き、うるさくて眠れなかった。
ナツの寝息が聞こえ始めて、ようやく俺は起き上がる。
寝床を移動しようと何度も思ったけれど、起きていることを悟られ、気まずくなるのが面倒だったのだ。
俺は制服を持ち、甘い香りでむわっとした部屋を出て、登校の準備をして学園に向かう。
学園には医務室があり、ベッドがある。そこで寝ようと思ったのだ。
夜明けの薄い青の空を見上げながら、通学路を歩く。
すると、見覚えのある銀髪美少女が目に入った。
「メカブくん」
「……おはようございます。エリザート様」
「君に話があるんだ」
「えっと、何でしょう?」
エリザートは、すぅ〜、と息を吸い込み、
「ヒモでも何でも良いから結婚して!」
情けないくらい必死の声色で言ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます