新米貴族、頼みに行って絶望する。

 セリーヌ嬢を空き教室に呼び出した昼休み。


 物凄い。滅茶苦茶。バチクソ。反吐を吐くほど。


 そんな言葉が似つかわしい嫌そうな笑みを浮かべたセリーヌ嬢に、俺とシャーロットは頭を下げていた。


「あの、お願いします。俺たちにダンスを見せてもらえませんか?」


「いや、無理です。それでは」


 そう空き教室から出ていこうとするセリーヌ嬢に、俺たちは回り込んで立ちふさがる。


「すみません、どいてもらえますか?」


「そこを何とか、お願いできない?」


「出来ません」


 毅然と断るセリーヌ嬢。その場の同じ空気を吸うのも嫌みたいな感じで、帰る機会を窺い続けてくる。


 明らかに昨日のことが尾を引いている。だけでなく、呼び出し方も悪かった。


「やばっ、あそこの教室であんなことを……」


「甘い声、聞こえてたわよ」


「んなっ!? 大胆な! ちょ、行ってみようぜ!」


「そうね、清き貴族として、これは嗜める義務があるわ……ね、セリーヌさん!?」


 と呼び出したわけである。いや、年頃のご令嬢を騙して連れてきたわけである。


 これで釣れたのはどうかと思うが、とにかく、セリーヌ嬢は、こんな方法で騙して連れてきたためご立腹なのだ。


「帰してください。いや、今すぐ帰せ」


「えっちなことに釣られたからって、そう怒らないでも……」


「うるさい! 黙れ黙れ黙れ黙れ!! 普通に呼び出せばよかったじゃないですかっ!」


 怒りと羞恥で顔を真赤にして喚くセリーヌ嬢に、俺は問いかける。


「でも、普通に呼び出したら来ました?」


「行くわけないじゃないですかっ! こんな怖い二人組に関わりたくないです!」


 シャーロットが「私も入っちゃった……」と呟いたが、それは気にせずに話す。


「ですよね。だから一芝居打ったんです、役者の貴方だけにね」


「凄い、小説の一節だわ……じゃないですっ! 早く帰してください!」


「ダンスを見せていただければ、すぐにでも」


「出来ないって言ってるじゃないですか」


「どうしてです? そりゃ、失礼なことを言っているのはわかりますが」


「失礼なのは本当にそうですけど、別にそうじゃないです!」


「では何が原因で?」


「私は仮にも芸でお金を頂くプロです! そんなホイホイやってたら、私にお金を払わずともいいじゃないか、ってなりますよね!?」


「まあそれはそうね。私も物を教える家柄だから、理解できるわ」


「シャーロット、どっちの味方だ?」


「別にホイホイやってもいいんじゃないかしら。多分」


「やっぱこの2人怖い!!」


 頑なに拒否するセリーヌ嬢。まあ食い扶持のことだから、芯を通す必要があるのはわかるし、プライド的なものもあるだろう。


 したくないのはわかるし、俺が全面的に悪い。


 だが、ここで夜会のトップのダンスを見ておかなければ、きっと俺たちが目立つことなんて出来ないと断言できる。逆に、見て、知り、俺の考えに確証が持てれば、夜会で認められることに一筋の光明を見いだせる。


 だからここは譲れない。


「ではセリーヌ嬢、何をどうしたら私達の前でダンスを披露していただけますか?」


「お金。それも大金」


「それ以外でお願いいたします」


 ケチな男だと思われないよう、クールにそう答えた。


「じゃあ無理です。そもそも、お金という案も妥協案。機会を絞ることに価値だって上がるんですから。それではいいですか? カフェテリアで昼食を食べる時間がなくなります」


「昼食でいいなら、お渡し出来ます」


 と、俺は時間が余れば食べようと持ってきた弁当を差し出す。


「な、なにこれ……美味しそう」


「分厚く仕上げた卵、ふわふわサクサクの白身魚、薄切りサラミを詰めたものの3つのサンドイッチです。新鮮なレタスをお好みで挟んでどうぞ」


 俺の朝食兼、昼食。外食する金がないから、シャーロットより早く起きて作ったものは、どうやらお気に召したらしい。今にもよだれがたれそう。


「あ、やば、よだれ出そうになっちゃったわ」


「お前がかい」


 なんてやり取りにも気づかず、セリーヌ嬢の目は弁当に釘付けにされている。


 この人もしや、


「セリーヌさんって寝るの好き?」


「え、あはい。大好きです」


 ……そう。三大欲求に弱いんだな、この人。


 なんてのはどうでもいい。お気に召したようなら、これは使える。


「では交換条件です、踊っていただけますよね?」


「ぐ、ぐぬぬ、で、出来ません!」


「強情ですね。卵はジューシーでふわっと口の中に幸せが、魚はサクッとはないですがホロホロと口の中で優しくほどけて、カツ自体の力強さも同時に……もうサラミは言わずもがな」


「わ、わかりました!! でも、条件があります!!」


 まだ条件を出すのか、とは思ったが、まあやる気になってくれたのならそれで大きな進歩だ。


 それに条件って言ったって、たかが知れてる。夜会で失敗すれば死ぬ俺からしたら、大抵のことは容易い。


 そう思って俺は口を開いた。


「ええ。何でも呑みましょう」


「本当ですか、ではダンスの相手を用意してください」


「まあそれはそうですね。相手がいないと踊れませんし」


「ただの相手じゃありません。私の憧れの方を用意してください。凛々しくて、強く、美しいその方に私憧れているんです」


「なるほど。一体、どなたですか?」


「エリザート様です」


「やです」

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