新米貴族、片鱗を見せる


「眠いわ」


「起きろ、ちゃんとやれ」


「はーい」


 ダンスは命がけ。しかしながら、授業も疎かに出来ない。空いている時間となると、始業時間前と、放課後なので、朝も早くから、学園の訓練場で俺はシャーロットと踊りにきたわけである。


「さ、エスコートしてくれるかしら?」


 俺が手を差し出すと、ちょん、と手を乗っけられる。礼儀なのはわかっているが、無性に腹が立つ。


 そのまま手を引いて、フロアに入ったフリ。そこからシャーロットの手を取り、肩甲骨に手を添える。


「ひゃう!?」


「ピャウ?」


「違うわよ! ちょっと驚いたの!」


 そういうシャーロットの顔は赤い。何を今更、と俺は思う。


「昨日、ピャウが来る前に踊ったろ。何、照れてんだ」


「うっさいわね。昨日とは状況が違うのよ。そんなことより、ちゃっちゃと練習するわよ」


「それはそう」


 と、ゆっくりとステップを踏む。が、足並みが揃わず、こけかけてしまう。


「あっぶないわねえ!」


「もうちょい、大幅に動けないの?」


「動けないことはないけど! 男が合わせなさいよ! もう一回!」


 そんなもう一回が二桁を越して、ようやく移動することが出来るようになる。亀くらい遅くだけど。


「や、やっと横に動くことが出来たわ」


「これ動いてるって言って良いのか? おっそいけど」


「良い」


「そんな、なげやりな」


「投げやりじゃないわよ。実際、このくらいゆっくりの方が優雅だわ」


「ゆうがぁ〜?」


「あら知らない? 優雅って言葉?」


「意味は知ってる。でも感覚がわからない」


「絶望的だわ……。ダンスとは何を競うものかといえば、優雅さを競うものだって言うのに」


 そんなことを言われても平民出身の俺には理解しようもない感覚だ。何が優雅で何が優雅じゃないか、良くわからない。ただ少なくとも、この必死さは優雅でないことはたしかだ。


 はあ、早速、大きな壁にぶち当たったみたい。


 どうやらダンスは優雅さを競う競技らしく、俺は採点基準が理解出来ていない……うん?


 そっか、優雅を競う、か。ふーん、なるほど。


「まあまずは私の言う通りに、動いてもらえばいいわ。そのうち、それが正解だって気づくようになるはず……ええ、きっとそうよね。うん、考えないことにするわ、次はターンよ、ターン」


 とターンの練習に入る。クルッと回ると、遠心力で強いGがかかって、シャーロットが飛んでいく。


「殺す気かしら!?」


 上手く受け身を取って起き上がったシャーロットに詰められる。


「ごめんて。てか、慣れてるね」


「私、一応、ダンスも教える家柄だから。何度も投げ飛ばされてきたわ」


「社交界で投げ飛ばされてる人とかいないの?」


「練習するから、いない。いたら終わる」


「終わる?」


「ええ。ダンスフロアにはそこそこ人が多いの。誰かにぶつけて、それが大貴族だったらもう目も当てられないでしょ」


「なるほど」


「わかったら、もう一回やるわよ。投げ飛ばすほど早くやるんじゃなくてゆっくりね」


「その方が優雅だから?」


「おっ、そうよ。いいわね、飲み込みが早いわ」


 ほうほう、なるほど。


「じゃ、もう一回やるわよ」


 再び、シャーロットとダンスを始める。


「ひやあ!?」


「はやーい!!」


「こけるこけるこける!!」


 なんて悲鳴を上げさせながら、ターンの練習、ステップ、その他の踊り方をさらうように雑に練習する。


「ふー、メカブ。一応、これで大体は教えたわ。これからは、一個ずつのクオリティを上げて行きましょ」


 クウォリティか。それはきっとシャーロット基準で、貴族基準で優雅であるか否かで決められる。


 ならきっと、そんなものには意味がない。


「なあシャーロット、一回自由に組み合わせて踊ってみて良い?」


「ん? 良いわよ、じゃあ頑張って合わせるわ」


 了承を得たので、再びシャーロットの手を取って踊ってみる。


「貴方、飲み込みが早いわね。ちゃんと踊れてるじゃない」


「そう?」


「ええ。昨日とは別人だわ」


 まあ昨日は見の段階で、実践するという意識はなかった。だが今日は実践で学び、今は学んだあと。人の動きを見て真似るのは、剣術を修める際に何度も何度もやってきたことで、ダンスを覚え、実践するのはそう難しくない。


 それに加えて。


「そっか。ちょっと優雅さってやつを理解してきたからかも」


 そう言って俺は、敢えて、這うようにゆっくり、できるだけゆっくりと動いてみる。


「ちょっと遅いわ。それじゃあダメ」


 なるほど、なるほど、と、今度は状況を想定して、速さを調整する。


「ああ、丁度いいわ。そのくらいだと、優雅に見える。いいじゃない、メカブ。貴方筋がいいわ」


 シャーロットの言葉を聞いて、俺はダンスをやめる。


「どうしたの、メカブ?」


「いやもういいかなって。なあシャーロット、夜会でダンスが目立ちそうな人って誰か知ってる?」


「それはメカブが結婚しようとしてたセリーヌさん一択ね。あの子、演劇だけじゃなくてダンスも上手。社交界では、ダンスのパートナーに引く手数多だわ」


 そっか。じゃあそれ見て、方針はほぼ決まりだな。


「シャーロット、セリーヌさんのダンスが見たい。どうにか踊らせてくれ」


 俺はシャーロットにそう頼んだ。

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