新米貴族と公爵令嬢エリザート

 オリエンテーションも終わり今日はもう放課後。何もない昼下がりに、学校のバラ園でテーブルにつく。


 洒落た盛り付けのお茶菓子に、脇に控えるメイドさん。眼の前にはティーカップに潤んだピンクの唇をつけるエリザート様。


「お茶の誘いに応じてくださり、ありがとうございます」


「ああ。君に恥をかかせるわけにはいかないからな」


「あ、ありがとうございます」


 ぶっきらぼうなエリザート様に気まずくなる。


 ノリと勢いでお茶に誘ったはいいものの、全く会話が思いつかない。


 思い返せば俺の人生、むさいおっさんやら汗臭いガキどもとつるんできた記憶しかない。貴族令嬢は愚か、女の子との会話の経験も乏しく、気の利いた会話なんて思いつかない。


「どうした、飲まないのか?」


「え、えっと、じゃあその頂きます」


「ああ、存分に飲み食いしてくれ。私からの礼だ」


「礼?」


 思わぬ言葉に、疑問符が浮かぶ。


「そうだ。男どもに蔑まれる私を見かねて、茶に誘ってくれた礼だ」


「と、言いますと?」


「うん? 私に魅力がないと蔑む男たちに、好意を抱く男がいるぞ、と守ってくれるために誘ったわけではないのか?」


 はは、モテねえ女がよぉ、と嘲笑う男らに、いや彼女は素敵ですよ、と俺がアピールしたみたいな感じ? 何その理由、貴族っぽ。


 平民出身の俺には思いもつかないな。やっぱ、そういう貴族のドロドロした世界で生きていくなら、貴族令嬢を迎えて俺の代わりに頑張ってもらわないとな。


 でもそうか、男女のお茶の席でやけに落ち着いていると思ったら、そういう結論に達してるからか。まあそうではないんだけど。


「全然違いますよ」


「君は優しいな、だが嘘をつかなくていい。それに今後はこういうことをしなくてもいい。心配したのなら大丈夫だ、女としての魅力がないことで蔑まれるのは慣れている。公家に媚を売ろうとしていたのなら、逆効果だからやめてくれ」


「いえ、だから違いますって」


「本当に違うのか? だったら何故、衆人の前で告白するような真似をしたんだ?」


「言ったじゃないですか、エリザート様に惹かれたって」


「う、うひょだっ!」


 家格と能力に惹かれたので別に嘘は言っていない。だが、照れてしまわれると、罪悪感がある。


 今からでも訂正したほうがいいかな。公家に媚を売ろうとしていたのなら、逆効果だからやめてくれって言われてるし……いや、いい。こっちも結婚できるか否かに生死が関わっている。結婚が出来てから愛して、嘘を真実にすればいいだけだ。


「嘘じゃありません。お美しいその容姿に、高潔な性格。ああ、貴方のような方と結ばれたいと心の底から思いました」


 と心の片隅にもないことを述べると、エリザートは顔を真っ赤に染めた。


「は、恥ずかしいことを言うなぁ!」


「恥ずべきことなどありません。何回でも言いましょう」


「うっ、そ、そうか。では真ん中あたりの言葉を頼む」


 頼むんかい。こういうの言われたら、言わなくて良いっ! ってなるもんじゃないの?


 とは思ったものの、ご希望に応える。


「お美しい容姿に、高潔な性格」


「その後半をもう一度」


「高潔な性格」


「そう! そこ!」


「そこがどうかいたしましたか?」


「君は……私の性格を高潔と評して好いてくれるのだな?」


「何か変ですか?」


 尋ねると、エリザートは心臓を押さえた。


 え、何、怖い。まあでも好印象を与えたっぽいので良いか。


「私の性格は鬱陶しいだの綺麗事だの、お見合い相手に疎まれてきた。なのにそこがいい、と君は言ってくれるんだ」


 いやまあ、あんたの性格全然しらんけど、平民殴ろうとした貴族止めたとこしかしらんけど。


 とは思ったが、俺は優しい顔を作って、はい、と頷いた。


「〜〜〜〜〜!!??」


 声にならない声を上げたエリザートは、顔に手をあてて、指の隙間から目だけ向けてくる。


「君……君のことを教えてくれないか?」


「俺、ですか?」


「うん、その、な? お家の事情とかあるし、私は君のことを何も知らないし」


「あー、えっとそうですね。自己紹介すらまだでしたね。メカブ・ケイブと申します」


「その名前……あ、男爵に叙爵されたのって君だったんだ」


「知ってもらえているとは光栄です」


「ああ。平民から叙爵した人間なんて、珍しいからな。よほど功績を……」


 エリザートの顔が曇る。


「どうかしました?」


「君はやはり剣か魔法に自信がある、よな?」


「自信、というか、まあそれが生業でしたし」


 ずん、と音が聞こえるくらいエリザート様は沈んだ。


「そっか。そうだよな……やはり私に相手なんか」


 なんだか雲行きがよろしくない。


 落ち込む理由を尋ねることにする。


「何か気がかりでも?」


「……君も自分より強い女なんて嫌だよな。武芸に自信があるなら余計に」


「いや別にそんなことないですよ。それに俺より強いなんてことあり得ないんで、安心してもらってもいいです」


 そう本心を述べたのだけれど、失礼な物言いだったかな、と謝る。


「ああすみません」


「いや謝ることはない、私も同じような物言いをしてるんだ。それより、別にそんなことない、って言葉は本当か?」


「本当ですけど?」


「なら、そのぅ、確かめさせてもらってもいいか?」


「確かめる? どうやって?」


「私と手合わせを願えないだろうか?」


 手合わせ、か。まあ別にいいけど。


「もちろん構いませんよ。剣技、魔法、どちらがお得意でしょうか?」


「魔法ではどうだろうか?」


「いいですけど、どこでやるんです? 流石に校舎を壊すわけにはいきませんよ?」


「校舎を壊す? あはは、相当な自信だな。それほどの魔法使いなど、この国、いや世界でも老鎧将軍くらいだぞ」


「……ですね! ちょっと調子に乗りすぎました!」


「妙に焦ってないか?」


「いえ全然。さ、やりましょう」


「ああ。では、魔法比べをしよう。君は水魔法は得意か?」


「えっと得意です」


 苦手な部類、ではあるが、多分きっとそれがちょうどいい。


 俺は、拳大の水球を作り出して、宙に浮かせる。


「大きさは並だけれど、無詠唱なら相当か。君、そのまま宙に浮かせ続けていてくれ。私はこれから火球を出す、その熱を持って蒸発させられたら私の勝ちでいいな」


 蒸発させたら勝ち、か。


 水は100程度の熱で蒸発する。だが魔力で形状を固定された水は100度では蒸発しない。火魔法側が蒸発させるには、上がった沸点を越える熱を火魔法で伝えなければならない。


 そういった性質を利用した魔法比べではあるが、普通に危なくない? とは思う。ま、俺が水魔法側なら心配ないか。


「では行くぞ。燃え盛れ、ファイアーボール!」


 エリザートが空に手を掲げると、大きな火球が空高くに出来上がる。轟々と燃え盛っていて遥か頭上にあっても、肌がチリチリするほどの熱を感じる。


 だが、その至近距離にある俺の水球は、いくら待てどもびくともしない。


「う、嘘だろ? この国で最上位の私の魔法が全く通用しない?」


 火が消えると、俺も水球をかき消した。


「……剣術、剣術のほうが私は得意だ。模擬剣を用意してくれっ!」


 傍らにいたメイドに言いつけると、エリザートはせかせかと歩き出す。負けて悔しいっ! という感じではなく、やばいやばい見つけたかも見つけたかも見つけたかも! もし剣術でも負けちゃったら私、どどどど、どーなんの、どーなんの!? って背中が語っている。


 なんとなーく、嫌な感じがして、これ以上はヤバそう、と本能的に感じる。だが同時にここが押しどころ、とも感じる。


 何度もこの第六感に従い戦機を見逃さずに勝ち進んできた。


 ここが押しどころだ。


 男より優れることを理由に断られたり、今の反応だったり、断片的な情報をつなぎ合わせると、どうやら彼女は自らの強さにコンプレックスを抱えている。


 そこでどうだろう。ここで勝ち、自分より強い男が現れれば、『あれ? 私も受け入れてもらえるかも?』と感じるに違いない。


 もはや無用の長物と成り果てた武芸が最後の最後で役に立つとは。この世も捨てたもんじゃない。


 そうしめしめと思いながら、訓練場で持たされた剣を握る。


「それでは参るぞ」


「ええ、どうぞ」


 必死で打ち込んでくる剣を流麗に捌く。


 圧倒的実力差をわからせるように剣を打ち込む。


 それでいて教官のように優しく剣を戦闘の最中で教える。


「私の、私の負けだ……」


 やがてエリザートは疲労にぺたりと座り込んだ。全身はあせびっしょり、顔は風邪をひいたときみたく、赤く蕩けていてどこか恍惚的ですらある。扇情的な姿を見て、よく見りゃ絶世の美女、こんな人を妻に迎えられる男は世界一幸せだ、なんてことも思う。


「あ、あのぅ、君。今度、そのぅ、う、ううううちにこないだろうか!?」


「うち、とは?」


「ああ。我が、ブラックキャット公爵家だ。その、きっと……父も気に入ると思う」


「えっと、成り上がり者の自分をですか?」


「ああ。うちは、王国が建立していらいの武門の家柄。武芸に優れる君をきっと歓迎してくれるはず」


 ……武門の家柄? 


「あの、武門以外の面はどんな感じなんです? やはり大きな家ですし、武以外のところも栄えてますよね?」


「心配するな。うちはずっと武一筋の騎士の棟梁。この国の軍事を司り、生業にしてきた。君を好まない学者は1人もいないさ」


 ……なるほど。


「へえー! そうなんですかぁー! ちなみにエリザート様も?」


「ああ、もちろん! き、ききき、きみを、そ、そのぅ、しゅしゅいているかもな?」


「では、機会があれば是非! あっと、今日は用事があるんでした! 失礼いたします!」


「そ、そうなのか? では、その、またね!」


 ニコニコ笑うエリザートに背を向ける。


 ……うん、無し、だなあ。

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