新米貴族、平民にも貴族にも嫌われてるらしい

 俺は入学して早々に心が折れかけた。


 この一年間、貴族らしい催しにお呼ばれしたことはなかったので、薄々気づいてはいたが、どうやら嫌われてるみたい。


 貴族も貴族で、血統的な誇りや優越感もあるだろうが、当たりの強い平民に悪意をぶつけられれば強硬な態度を取るのも仕方ないっちゃあ仕方ない。


 が、『後ろ盾もなく平和な世で生きるすべを知らぬ貴族など、淘汰されるだけだぞ』そんな言葉を思い出して不安に駆られる。


 後ろ盾がなければ、今後何をしようにも新米貴族の俺は潰される。平和の世で手に職がなければ食うに困る。


 どうしたらいいんだ……。このまま、貴族社会にも、平和な世にも馴染めず、淘汰されてしまうのか……。


 ダメ。環境に憂い、不安になっても仕方ない。


 厳しいなら厳しいなりに、やれる方法を見出すのが肝要だ。


 当たって砕けろ、の精神で行けそうな女の子は行こう。何、万以上の生徒がいるんだ。可能性は十分にある。


 内心、がんばるぞい、と両拳を握ったとき、荒々しい声が聞こえた。


「貴様っ!! 平民の分際でこの私の靴を踏むなど絶対に許さん!!」


「ひ、ひぃっ、お許しください!」


 喧騒の中心を見れば、高慢そうな貴族の男が平民の女の子に怒声を浴びせていた。


「許せるかっ! このくそが!」


 男は平民に向け、拳を振り上げた。


 が、男の手首が掴まれて、当たる寸前に止まる。


「民を守るのが貴族の役目。なのに、貴族が傷つけようとしてどうする?」


「ぐ、ぐっ、エリザート様……」


 ざわざわ、と周囲はさらに騒々しくなる。


「エリザート様よ。平民にもお優しいとの噂は本当だったのね」


「流石は三公のお家柄、気高いですわぁ〜」


「お強いとは聞いていましたが、男の手を軽く撚るなど、流石ですぅ」


 きゃぴきゃぴとした黄色い声に、バツが悪くなった男は、


「良かったな、平民! エリザート様に感謝しろ!」


 と捨て台詞を吐いて、その場を去る。それにまた黄色い歓声が上がる。


 あの人、どうやら女性に人気みたい。


 まあそれもそう。ショートカットの銀髪、宝石のような碧眼のクール系美少女で、女学園の王子といった印象の見た目。女性でありながら、パンツスタイルで清潔感に溢れていて、キラッとした氷の粒子を錯覚するほど美しい。胸は豊満に実り、ウエストもくびれ、女性のあこがれって感じで、人気が高いのも頷ける。

 

 ただ、貴族男子にはあまり受けは良くないみたい。


「エリザート様、恐ろしいな」


「ああ、気も強そうで、ちょっとな」


「男より優れてあの性格、結婚なんかしようもんなら、肩身は狭くて尊厳なくなるわ、耳はうるさいわで最悪だろう」


「この前のお見合いでも断られたらしいぞ。これで25連敗だってよ」


「くっ、くくく、2、25? まだ結婚願望あったのかよ。もう、22だろ? 貴族であれば、子供の1人や2人いてもおかしくないのに、ぐぎゃぎゃ」


 なんて声が聞こえて、俺は耳がピンと立つようだった。


 貴族事情には詳しくないが、三公という王家の次に良い家柄。優秀らしいという評判。


 そして何より、お見合い大連敗中というお話。


 この子なら俺でもわんちゃんあんじゃね?


 俺は人混みを分け入りエリザートの前に出る。


「? 君は?」


 訝しむ彼女に向けて、俺は手を差し出す。


「エリザート様! 今の貴方を見て、心底惹かれました! よろしければお茶でも!」


 目を丸くした彼女は、眉をしかめる。


「君、本気で言っているのか?」


「はい、もちろんです」


 目を見ると、彼女は口を紡いだ。お湯に入れた温度計の水銀が上るように、顔が赤くなっていく。


「ほ、本気なのか?」


「はい!」


 俺は即答したが、それを信じまいとするように彼女は首を振った。


「わかった。放課後、バラ園に来い。そこで茶を準備して待ってる」


 彼女は極めて冷静な声でそれだけ言って踵を返し、右手右足を同時に出して早歩きで去っていった。

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