第4話 旅立ち

「……いやあぁっ」

「あっはっは、いやと言われてもなあ。寿命じゃよ」

「だめぇええ……」

「……リリアナ。儂は、人生の終わり際に、こうしてお前の顔を見られて満足じゃ。待っていて本当に良かった」

「オーウェンにとっては、五十年でも、私にとっては三日なの……!」

「うん、まあ……三日では気持ちの整理がつかないのも分かるがな」

「古代の禁術を使うぅうう……!!」

「ああ、古代の禁術ね、禁術……。……は? なんて?」


 オーウェンが私から腕を解く。そして、疑問たっぷりの顔をしながら、「よいせ」と隣に座り直した。


「あのね……」


 私は一呼吸置いて、遥か昔に祖母から聞いた話を始めた。それは、祖母がそのまた祖母から伝え聞いた「遠い昔話」だ。


 五千年余り昔――人魔大戦の時代、とある人間の王が編み出した秘術。

 当時、魔族に対して劣勢であった王は、多くの人々から吸精したサキュバスを贄とし、彼女から逆に精気を吸い上げることで長寿と若返りを果たし、戦況を覆したという。

 その後の顛末については諸説あるものの、この昔話だけは、魔族達の間で等しく受け継がれている。

 

 もしも、もしも本当の話なら、


「何とかなるかも……!」


 私はオーウェンの両手を握り、年月を重ねて色褪せた瞳を見つめた。しかし彼は疑わしげな顔付きだ。


「ううむ……なんだか物騒じゃな。……そもそもお前、やり方は知ってる?」

「知らない! ――探しにいくわ!」

「……えっ」


 うっかり五十年も寝てしまった自分が不甲斐なく、情けない。悔しい。

 けれど、少しでも長く、少しでも多く、オーウェンと共に過ごしたい。

 だって、大好きなのだ。

 愛しい伴侶と共に過ごす以上の喜びは、この世にない。


「必ず、見つける」

 

 決心を込めて告げる。

 オーウェンは眼鏡の下から私を暫く見つめ――そして、次の瞬間に爆ぜるように笑い出した。


「ようし、わかった。じゃあ、探すかのう」

「――ほんとに!? 手伝ってくれるの!?」


 驚きと喜びで聞き返すと、両頬を左右から挟み込まれた。むにむにされる。

 

「せっかく再会できたんじゃ。また一人でいかせてたまるか」

「ぁ……」

「まったく……。しかし、禁術のう……。そういったものは、だいたい失敗してバケモノになったり、忌まわしい呪いを受けたりするのが定番な気もするが……」

「バケモノになんて、させないわ! 呪いも跳ね返す!」

「そう都合良く行くじゃろうか……」

「疑り深いのはあんまり変わらないわね、オーウェン!」

「やれやれ」


 オーウェンは肩を竦めながら、笑みに細めた目で私を見詰めた。それは私が彼に我儘を言った時の、お決まりの仕草だ。


「……万が一、碌でもないことになっても、愛してくれるか?」

「何を言ってるの!?」


 背筋をピンと伸ばして、オーウェンに詰め寄る。


「何があろうとも、私、オーウェンのことが大好き!」


 心から告げると、彼の双眸が途端に大きくなる。一拍開けてまた満面の笑みになって、皺が更に深くなった。

 そして、再びぎゅうっと抱き締められる。耳元に唇が触れた。


「愛しいリリアナ。――もう、置いていかせないぞ」

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