第14話
「完成したみたいだな。ワン教授」指令室に入るなり、スティーブがワンに言った。
「ええ、まもなく独立の日です」
「いよいよね。これで北京政府は香港に手出しができなくなるわ」サンディが言った。
「お二方には、多大な援助をしていただき、本当に感謝に耐えません。サンディ社長には、ここも提供していただいて……」
「どう、住み心地は、そんなに悪くはないでしょ?」サンディが言った。
「はい、それはもう」
「ハーの働きぶりはどうだ? 役に立ってるか?」スティーブが聞いた。
「ええ、十分役に立ってますよ」
「……で、もう彼女は来てるの?」サンディが尋ねた。
「はい、今呼んできます」ワンはそう言うと、部下に言った。「おい、マギー・ホン女子をここへお連れしろ」
しばらくすると、マギーが指令室に入って来た。そのタイミングで、テロリストに変装している真太も指令室に紛れ込んできた。
「メイリン、久しぶりだな。アメリカ以来だ」スティーブがマギーに言った。
「そうね。向こうではお世話になりました。……ほんと久しぶり」マギーの顔には、久しぶりに会った割には、嬉しそうな感じも無く、淡々としゃべっていた。
「何だか、他人行儀だな。どうした?」
「いえ、別に……。まだ香港が慣れなくて」
「今や、香港は、中国政府による圧政が敷かれているからだわ。言いたいことも言えないものね。可愛そうに……」サンディが言った。
「……」
「彼女は、双子の姉、シーハンを人民解放軍に殺されたんだ。それだけでもショックなはずだ。でも、こうして民主化の女神として立ち上がってくれる決心をしてくれたんだ」スティーブが言った。
「ちょっと! シーハンのことは、ワン先生の前では言わない方が良いわよ。失礼でしょ」サンディがスティーブに言った。
「あ、失礼しました。すみませんでしたね。ワン先生」
「いいや、構わんよ。もうずっと前の話だ。私もシーハンと付き合っていた頃から、彼女には双子の妹がいることは知っていたんだ。彼女がアメリカに留学していることもね。それが、このメイリンだ」ワンが言った。
「そう、俺は亡命先のアメリカでメイリンと知り合った。それで、もともと香港の民主化運動に資金援助をしていた俺は、彼女があの民主化の女神マギー・ホンの妹だと知って、色々と支援をしていたんだ」スティーブが言った。
「私は今まで、彼女に双子の妹がいたなんて知らなかったわ。……それにしても、本当に瓜二つよね!」サンディが感心していった。
「今回、ワン先生から、この香港独立戦争の話を提案されたとき、独立の象徴としてメイリンを再び民主化の女神マギー・ホンとして登場させることを提案したのは、この俺だ」スティーブが言った。
「そうだったの!」
「ああ、俺が香港に帰っているメイリンに電話をしたんだ。このときはまだ、シーハンは留置場に収監されてて、生きていた。あのマリア降臨の前だ。白ウイルスのことも白御神乱のことも、そして、このネオ・クーロンのこともな。彼女は、わくわくした感じで、二つ返事で引き受けてくれたんだよな」そう言って、メイリンの方に目をやるスティーブ。
「私たちが双子であることを世間に隠してあるのは、万が一、このようなときが来たときの為の両親の意思です。私はそれに従ったまでです」マギーが言った。
「ああ、そうだったな。……で、そのとき俺はメイリンに言ったんだ。香港の独立戦争の日が近づいたら、そのときにまた連絡するから、その日までは、このことについては一切口外しないように言っておいたんだ」興奮気味に説明を続けるスティーブ。「全ては香港の解放の為だ。そして、白御神乱は、香港の解放と独立のための抑止力となる。もちろん、それだけじゃない。世界初の常温核融合の研究と開発も、また、御神乱治療薬の独占的製造と専売も可能になる。その為に、ワン先生には資金援助をしてきたんだからな」鼻高々に話すスティーブだった。
しかし、マギーの方はと言えば、無表情でスティーブの話を聞いていた。そして、冷たい眼でワンの姿を見つめていた。
この部屋のやりとりは、真太の胸ポケットに差し込まれているスマホに全て録音して和磨に送られていた。村田と真理亜のスマホがテロリストに奪われてしまったので、グループラインは通信できなかった。今や、頼みの綱は、真太との和磨の回線だけとなった。
「そうだったのか。なるほどな」真太がつぶやいた。
ウイグルを脱出した俊作たち四人は、カシュガルから飛行機で北京まで戻って来た。
発症しているルークは、マスクや帽子で容体を隠していて、いかにも怪しい風貌になっていた。
「ルークが発症していることは、絶対にばれないように気をつけような」
「ええ、中国では、未だに発症している人間は排除されるって言われてますからね」クルムが言った。
「とりあえず、宿泊するホテルを取ろう」俊作が言った。
「そうですね」リウが言った。「ウイグルは、白御神乱の力でウイグル全体を封鎖して、中国軍を入らせないようにするんでしょうね」
「ああ、おそらくな」
「でも、白御神乱って、一体何が違うんでしょう。いくら巨大化した御神乱でも、ミサイルで頭を吹き飛ばせば死んじゃうじゃないですか」
「ああ、そうだな。おそらくは、軍隊も寄せ付けないほどの、何かしらのパワーを秘めているということなのだろうな」
「そうなると、俺たちの役目はウイグルじゃなくなりますよね。……やっぱり香港の飯島さんたちと合流ですかね?」
「ま、ウイグルは離れたことだし、北京で大臣からの指示を待とうじゃないか」
そう言いながら、四人は空港から北京市内へと消えていった。
何とかホテルを取った俊作たち四人。人民大会堂の南、中南海のそばにある大きなホテルだった。
部屋に入っても、ルークの怒りは一向に収まらなかった。
「畜生! 畜生! 畜生! ウイグルの奴らめ……」ベッドの上、うわごとのようにうめいているルーク。
「落ち着いて、落ち着いてルーク。私がレイプされたことは、もう気にしないでちょうだい」
しかし、ルークの背中は益々白く点滅していた。それに目の下には、ついに深緑色のケロイド状のものが現れてきた。
「ルーク……」泣きながら介抱するクルムだった。
幽閉されているリアンのもとへ、リズワンとアディルがやって来た。
「北京の犬か? 我々のことをどこまでつかんでいる?」リズワンが言った。
「……」
「まあ、いい。お前は漢人だ。半殺しにしても良いのだが、とりあえず北京政府との交渉の材料に取っておく。何かに使えるかもしれないからな。それから、こいつには絶対に白ウイルスは接種するなよ。我々に恨みを持っているからな」リズワンが言った。
「お前らの要求は何だ?」リアンが口を開いた。
「我々に要求など無い。取り引きすべきことも無い。なぜなら、我々は、まもなく我々の望んだ世界を確実に手に入れることができるからだ。これは、誰も止めることができない。例え、全中国の人民解放軍を投入しようとしてもだ。例え、国連軍がやって来てこれを妨害しようとしてもだ」自身に満ちた口調で、そう話すアディルだった。
「随分な自信だな。何を起こすつもりだ?」リアンが言った。
「……そうか、中国政府は、まだそこまでは知らないんだな」
「……」
ネオ・クーロンの最上階にある指令室。ワンがスティーブとサンディにブレーンを紹介していた。
「ここで、私のブレーンを皆さんに紹介したい。まずはジャオ・ユーチェン。細菌学と原子物理学、特に核融合理論の天才だ。今回の白ウイルスの完成は、彼の功績によるところが大きい」
「次に、トニー・ハー。彼はスティーブ・リー社長のところから派遣されてここへ来ている。VR研究の大家だ。今回のVRシステムにおけるイマージョナリーストーリーの構築、VRを利用した催眠による睡眠モード、覚醒モード、鎮静化モードは、彼のアイデアだ。スティーブ社長は、本当に素晴らしい人材を提供してくれた」そうワンは言ったが、当のハーは、さほど誇らしくもない様子だった。
ここで、サンディがワンに聞いた。
「ところで、ワン先生……、あの娘もここに?」
おそらくは、希望のことを言っているのだろうが、その質問には、まわりのテロリストたちが凍り付いた。真太は聞き耳を立てた。
「ええ、おります」静かにワンが答えた。
「あの娘とは?」マギーが質問した。
再び、部屋の雰囲気がピンと張り詰めた。
「ああ、そうか。メイリンはまだ知らなかったな。あとで紹介するとしよう」
「ここでの長い話には、もう飽きました。さっそく白御神乱を見せてちょうだい」サンディがワンをせかした。
「ああ、そうでした。では、ファームへご案内しましょう」
ワンはそう言うと、サンディとスティーブたちを連れて、エレベーターで階下へと降りて行った。
真太もまた、このタイミングで部屋を出て行き、村田と真理亜が拉致されている部屋を探した。
地下のファームを見てきたスティーブは、研究室にいたハーに声をかけた。
「どうだ? ここでの生活は? 中国も悪くはないだろう?」
「まあ、そうですね」スティーブの方を見ず、顔色も変えずにそっけなく応えるハー。
「まあ、そんなにそっけなくするなよな。俺はお前を、この仕事にうってつけだと思って派遣したんだ。お前の力を認めているからだぞ。勘違いするなよな」
「勘違いなんて、してませんよ」
「でも、顔にはそう書いてあるぞ。……まあ、今までも俺とお前は、ことあるごとに意見が食い違っていたもんな」
「研究内容についての食い違いはありませんよ。私は、科学と政治思想を結び付けたり、利用したりするのが嫌いなんです」
「そのくせ、お前は経済ばかりに科学を利用しようとする。いつも利益や対価のことばかり考えている」
「お金は人間を裏切りませんからね。政治や思想は、詰まるところ個人の見解でしかない。正義は人の数だけありますからね。……ま、いいですよ。まもなく結果が出ます」
「結果? これはテロ活動だ。過激な政治思想の最たるものだが? お前は、今まさに政治思想に加担しており、お前のスキルはそれに注ぎ込まれているのだぞ。お前の好む経済的な効果とは無関係なはずだ」
「やはり、俺に対する嫌がらせだったんですね。俺の最も嫌がるところへ俺を派遣した……」
「そうだが……。それがどうした?」
「もうすぐ分かりますよ。明日になればね」ハーは、にやりと笑って言った。
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