第40話 キヤの頼み
「みんなおつかれ~!」
ラヴィポッドがブレイズゴーレムの鞍を撫で、ゴーレムたちを労う。
「それでお次は……」
ウキウキと眺めるのはブレイズゴーレムの石板。
それによると次の進化へ必要な素材は、
「また『火』だ。ブリザードゴーレムみたいに変わんないんだ」
フレイムゴーレムの時と変わらず、火。
ブリザードゴーレムが氷から闇へと変化したように、必要素材が変わることはなかった。
「さっきの変な人の火食べたから、もうすぐ進化しちゃったりして!」
デイルアの強力な火魔術。
「もー、こんなにきゃわいくてどーしよ!」
ゴーレムたちへ頬ずりするラヴィポッド。
誰かが止めなければ一日中続けていそうな勢いだった。
豪雨に打たれ、濡れそぼったセファリタ。
肌に張り付く髪と衣服。
人族なら不快に感じる感覚も、陸と海の両方で過ごす種族であるセファリタには心地良いくらいだった。
ラヴィポッドとデイルアの戦闘、そして目の前に佇む三体のゴーレムを前に呆然としていたが、子どもたちのことを思い出す。
振り返ると、子どもたちがずぶ濡れで体を震わせていた。
このままでは風邪を引いてしまう。
何とかしようと意を決して熱波の中に入り、声を張った。
「ラヴィポッド! ゴーレムを仕舞ってくれないか!」
ブレイズゴーレムとブリザードゴーレム。
熱と冷気。
相反する力が空へと昇り、暗雲を生み出して雨を降らせている。
子どもたちが風邪を引かないためにも、どちらかだけでも停止させたい。
「や、やです!」
「子どもたちを見てみろ!」
ラヴィポッドが離れたところにいる子どもたちに目を凝らす。
「た、たくさんいますね」
「皆ずぶ濡れだ。このままでは風邪を引いてしまう!」
言われてラヴィポッドが空を見る。
ラヴィポッド自身はブレイズゴーレムが雨を蒸発させるので濡れることもなく、気にしていなかった。
「め、めちゃめちゃ雨降ってますもんね」
「ああ。だからゴーレムを仕舞ってくれ」
「な、なんでですか!? や、って言ってるのに!」
「火のゴーレムと氷のゴーレムの力がぶつかり合って雨が降っているんだ! どちらかだけでもしまってくれないか!」
「ま、またまた御冗談を。天気を変えられるわけないんですから」
天気は気まぐれなもの。
そう思っているラヴィポッドにはセファリタの言葉が信じられない。
豪雨の原因が二体のゴーレムにあるなどと。
適当言ってゴーレムを停止させようとしているのではないか。
セファリタにはラヴィポッドをトゥルトゥットファミリーのアジトまで連れてきた前科がある。
また何か企んでいるかもしれない。
そんな疑惑がラヴィポッドからセファリタに向けられていた。
「……はぁ。なら火のゴーレムに乗って子どもたちの上空にいてくれないか?」
これ以上ゴーレムを仕舞えと言っても聞かないだろう。
セファリタがため息を吐き、ではせめて雨除けになってくれと提案する。
「し、仕方ないですねまったく」
ブレイズゴーレムが宙を舞い、上空へ上がっていく。
ラヴィポッドの態度は気に食わないが、これで子どもたちが雨に打たれることはなくなった。
ブレイズゴーレムの熱が適度に伝わり、衣服が乾いていく。
「ふう……」
セファリタの体は限界。
子どもたちを軍に預け、今日は体を休めたい。
しかし、そうも言っていられなくなった。
ブレイズゴーレムが上空に行ったことでコーハン中の人々に目撃され、どよめきが広がる。
「か、勘弁してくれ……」
疲れ切ったセファリタは顔を引き攣らせ、額を押さえて自分のミスから目を逸らした。
◇
翌日。
ラヴィポッドとセファリタは領主から呼び出しを食らっていた。
屋敷の正門まで来たものの、
「お、怒られるんですかね……」
ラヴィポッドは逃げ出したくて堪らなかった。
領主や治安を維持している兵士たち。
味方の筈なのに、警戒してしまうのは何故だろう。
「どうだろうな。話に聞く限り、当代の領主は聡明で人徳のある女傑らしい。コーハンの現状に嘆いていたそうだから悪いようにはされないと思うが」
セファリタが案内にやってきた使用人に会釈し、ラヴィポッドも慌てて真似をして続く。
使用人に促されるまま部屋に入り、ソファへ腰を下ろした。
もぞもぞと落ち着かない様子のラヴィポッド。
ピンと背筋を張ったセファリタ。
ラヴィポッドは差し出されたコーヒーに角砂糖をこれでもかと入れ、セファリタはそのまま口をつける。
対照的な二人が少しの間待っていると、扉が開いた。
黒く長い髪。
前髪を大胆にかきあげたヘアスタイル。
キリッとして気の強そうな顔つきに眼鏡。
やってきたのは、「私、仕事できますから」というオーラを放つ女性だった。
対面に座るなり脚を組み、頬杖をついてラヴィポッドを見つめる。
「……あなたが噂の、ゴーレムを錬成したお嬢さん? 聞いてた通りかわいらしいのね」
「ら、ラヴィポッドです」
背筋を正してぺこりと頭を下げたラヴィポッドに笑みを浮かべ、女性の視線がセファリタヘ移る。
「それにそちらのお嬢さんもまだ若いのに凄腕の傭兵なのよね」
「セファリタと申します」
セファリタが頭を下げる。
女性は遠慮もせず二人をまじまじと見た後、
「私はキヤ・コーハン。この街の領主よ」
そう名乗った。
表情にこそ出さないものの、セファリタの領主に対する感情は複雑。
事情があったのだろうが、この街で最も高い権力を持っていながらトゥルトゥットファミリーを野放しにしていたのだから。
「早速だけれど、腕輪を見せてもらってもいいかしら?」
キヤがラヴィポッドに語り掛ける。
「う、腕輪って、怖い顔したおじさんの頭を破壊する腕輪ですか?」
「ゼルドの頭は壊せると思うけれど、どうかしら。土の精霊様から貰った腕輪のことよ」
「こ、これです」
ラヴィポッドは袖を捲り、腕輪を見せる。
身を乗り出したキヤがラヴィポッドの腕を動かし、角度を変えながら腕輪を検めた。
「間違いなさそうね」
土の精霊から貰ったものであることを確認すると、姿勢を正す。
そして、頭を下げた。
「まずは、ありがとう。トゥルトゥットファミリーを潰してくれて」
遣る瀬無い思いを抱えていたのだろう。
「あいつらは裏社会のまとめ役でもあったから、表立って敵対すればコーハンの闇の全てを敵に回すことになる。そうなればまず勝ち目がない。最後の砦であるこの街の実権だけは、あいつらに握らせるわけにはいかなかった」
長い年月をかけて作られたトゥルトゥットファミリーの基盤は強固。
この街で最も責任のある立場でありながら、しがらみや他勢力の牽制もあり、その基盤を崩すことができなかった。
「あなたたちのおかげで動きやすくなった……それで、感謝を伝えてすぐにこんなこと言うのはどうかとも思うのだけれど、頼みがあるの」
不穏なものを感じたのか、そろりそろりと部屋の外へ動き出していたラヴィポッド。
しかしセファリタに首根っこを掴まれてソファへ戻される。
「……頼みというのは?」
セファリタが続きを促す。
「クアルちゃんの事情は知っているのかしら?」
「私は何も」
「わ、わたしも知らないです」
ラヴィポッドもセファリタも、クアルがトゥルトゥットファミリーのアジトにいたことくらいしか知らない。
しかし改まって聞いてきたということは、何かを抱えているのだろう。
「トゥルトゥットファミリーがコーハンでこれほどまでに力をつけられた最も大きな要因は、カカラオ湖の守護獣様を鎮めることができたからなの」
ラヴィポッドは頷く。
傭兵ギルドの受付嬢もそんな話をしていた気がする。
「じゃあどうやって? と思うわよね。それは守護獣様と意思の疎通を図れる
「……なるほど」
そこまで聞いてセファリタは得心がいった。
「ご、護霊石って特別な力を秘めた石ですよね。ほ、ほんとにあるんですね……」
護霊石。
魔道具とも違う、現代の技術では再現不可能な力を宿す石。
ラヴィポッドもその存在を聞いたことはあるが、実物を見たことはなかった。
「ええ。護霊石の名は『ターコイズの瞳』。そして当代の継承者がクアルちゃん」
「そ、そういえばネックレス光ってました」
クアルの部屋にいた時はゴーレムを出さざるを得ない状況に舞い上がっていた。
その時は気にも留めなかったが、思い返してみれば不思議な力を使っていた。
「ターコイズの瞳を巡って争いが起こる……そういうことだったか」
セファリタはジカルドの言葉を思い出していた。
「それが問題なのよ。彼女には自由に生きてほしい。けれどそうもいかない。ターコイズの瞳を狙う勢力が必ず動き出すわ。領主として私が保護したいのだけど、各勢力が徒党を組みでもしたら守り切れない」
クアルを一人の少女として見るなら、他の人たち同様自由に生きてほしい。
しかし彼女が継承したのは一つの都市を支配することさえ可能な力。
キヤがクアルを尊重したところで、周りがそれを許さない。
「守れるとしても、どこから来るかわからない敵を相手に警戒し続ければ……先に疲弊するのはこっち」
終わりのない防衛戦。
敵は未知数。
張り詰めた状況では、やがて精神は摩耗してしまうだろう。
そんな防衛戦を制し、コーハンに台頭したかつてのトゥルトゥットファミリーの優秀さが窺える。
「だから攻勢を仕掛けたいの。コーハンの膿を出し尽くすには、裏の連中も混乱しているこのタイミングしかない。そして守護獣様とターコイズの瞳の継承者に対する制度を整え、この街を健全な状態に戻す……!」
「お、おお~」
気迫の籠った宣言にラヴィポッドがパチパチと拍手する。
「あなたたちにお願いしたいことは二つ。クアルちゃんの護衛と、裏の連中の殲滅」
キヤの依頼は、普段はクアルの護衛をして、殲滅作戦決行の際にはそちらに加わってくれというものだった。
それを聞いたラヴィポッドの態度が一転。
ブルブルと震え、顔を青褪めさせる。
「じ、実は大至急王都に向かっておりまして、そっち方面の空の便が今日出発なので誠に残念ながら……」
乾いた笑みを浮かべ、つらつらと言葉を並べ始めるラヴィポッド。
熱くなってるところ悪いが自ら危険に飛び込むような真似はしたくない。
他所様の膿なんて汚いものに触りたくないのだ。
「この要請に協力しない場合」
キヤがラヴィポッドの言葉を遮った。
「ラヴィポッドちゃんが街中でゴーレムを出した件。建物の修繕費や怪我人の治療費、あと騒ぎを収めるために態々情報操作までしてあげたわね。コーハンは観光業が盛んなのだけれど、当然その活動にも支障をきたした。街全体の機会損失なんかも加味すると……コーハンが被った経済的な被害は一体いくらになるのかしらね?」
ゼルドのおかげで何事もなかったように収まった。
そう思っていたラヴィポッドによるコーハン初日のやらかしが、ここにきて蒸し返される。
だがラヴィポッドの頭には疑問符が浮かんでいた。
キヤの話には知らない単語が多すぎる。
見兼ねたセファリタがラヴィポッドにもわかるよう伝える。
「協力すればラヴィポッドが騒ぎを起こした件をチャラにしてやってもいい、ということだ。断るのなら迷惑かけた分の金を払うことになる」
「そ、それってわたしが持ってるお金じゃ足りないんですか?」
「今回取り返した金で足りるかもしれないが、食費の節約は必要になるだろうな。ラヴィポッドには安定した収入源がない。将来的に必ず困ることになる金額だ。加えて元傭兵として言えば、この依頼一つであの一件をチャラにできるなら破格の報酬ではある」
ダルムから報酬として貰った金は、贅沢さえしなければ一生働かずに済む程の金額だった。
頼みを断ることもできるが、そうするとどうにかしてお金を稼がなければ質素な食生活を送ることになる。
テーブルの上に並んだ一人前の食事を想像して、漸く自分が仕出かした事の重大さを理解したラヴィポッド。
少なすぎる。
冷や汗がタラリと頬を伝った。
「あ、あのぅ……」
もじもじと人差し指を合わせて話し出す。
「うん?」
笑顔で続きを促すキヤ。
その笑顔がラヴィポッドには悪魔のように見えていた。
「ぜ、是非ともさっきのお話、受けさせていただければなと……」
「良い子」
こうしてラヴィポッドはツバティカ航空の利用を延期し、もうしばらくコーハンに留まることとなった。
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