第39話 デイルア
「俺は……何を見てんだ?」
トゥルトゥットファミリーのアジトで起きた騒動に乱入し、満身創痍のセファリタに止めを刺そうとした男──デイルアは歪む景色の先にいる巨大な何かに警戒心を高めていた。
デイルアは赤い髪にバンダナを巻いた青年だった。
相手の心の奥底まで睨みつけ常に出方を窺うような熟慮する目に、真ん中部分を少し上げた長い前髪が僅かにかかる。
肩にギリギリ届かないくらいの襟足は外側にハネて、炎のように揺れていた。
首を中ほどまで隠すモックネックにノースリーブのジャケット。
その上には片側に垂れたケープマントを羽織る。
腕には中指に引っ掛けるアームカバー。
膝下丈のゆったりとしたパンツから覗く脚にはレッグスリーブを付けていた。
鍛えてはいるが、身軽な動きを阻害しない程度の引き締まった肉体。
瞬きの隙に喉を刈り取られる。
粗野な口調に反して淡々と命を狙ってくるような。
そんなイメージが脳裏を過る油断ならない男だった。
「ラヴィポッドなのか!?」
上空から響いた楽し気な声を聞いてセファリタが叫ぶ。
熱によって不鮮明になった視界の先に、もしかするとラヴィポッドがいるのかもしれない。
だとするなら……
(あれが、ゴーレムだというのか……?)
ラヴィポッドから話で聞き、その性能の高さは理解しているつもりだったが、百聞は一見に如かず。
火を扱うが故に、烈火が形をとった超常的な存在の秘める力が重量を伴って身に染みた。
これなら目の前の異様なプレッシャーを感じる男を打倒できるかもしれない。
情けないが、今はラヴィポッドとゴーレムに頼るしかなかった。
「傭へ……セファリタさん!」
ブレイズゴーレムの影響が軽減されているラヴィポッドの視界は鮮明。
セファリタを見つけて手を振った。
「あっち行こ!」
セファリタの方を指で示すと、ミンクのような姿のブレイズゴーレムが空を駆けた。
「……この女の仲間だったか」
セファリタとブレイズゴーレムに繋がりがあると知って舌打ちするデイルア。
腰に下げた片刃の厚い短刀──蛮刀を抜き、逆手に持って構えた。
突っ込んでくるブレイズゴーレム。
しかしその目的はセファリタに近づくことであり、デイルアへの攻撃じゃない。
僅かに逸れた進行方向。
敵対意識のない相手に一撃を見舞うチャンス。
デイルアは飛び出し、熱波に進入。
「っ!? マジでなんなんだよこいつはっ!」
ブレイズゴーレムの姿に驚愕し尋常ならざる熱気に悪態をつつも、真横をすれ違い、蛮刀で斬り裂いた。
ブレイズゴーレムを形成する火が上下に分かたれる。
「へ?」
ラヴィポッドが目を丸くしてブレイズゴーレムの体を見下ろす。
先手を取ったデイルアだが、手ごたえは一切感じていなかった。
それを証明するように分かたれた火が合わさり、元の形へと戻る。
驚いていたラヴィポッドがホッと胸を撫で下ろした。
「バケモンが火を纏ってんじゃなくて、火そのものってわけかよ」
自然そのものを相手にした経験などない。
それでも思考を巡らせ対抗手段を探す。
「斬れねえ。折れねえ。しまいには……」
火への対抗手段。
日常的に触れるものであるが故にすぐ思いつく。
水をかければいい。
生半可な魔術師の水魔術では、ブレイズゴーレムに到達する前に蒸発してしまうかもしれない。
それでも水という手段は明確に打開へと繋がる糸口となるだろう。
だが生憎。
体を撓わせてこちらを向いたブレイズゴーレム。
腕を振るい、回転する火の輪を放った。
その火の輪の斬撃は鉄すら焼き切るだろう。
対して未だ空中にいるデイルアが返したのも、火の斬撃だった。
「相性最悪だ!」
火を纏った蛮刀から斬撃が飛び、回転する火の輪とぶつかる。
……デイルアの適正は、火元素。
火に対して火をぶつける。
結果を見なくとも効果の薄さは想像に難くない。
文字通り火花を散らす二つの斬撃が鬩ぎ合い、デイルアの火の斬撃が押し勝った。
しかし。
「んなこったろうと思ったがよ……」
火の斬撃はブレイズゴーレムを捉えると、その火の体に吸い込まれて掻き消えた。
「火は完全に効かねえってか? ……なら一択しかねえな!」
着地したデイルアが再び跳ぶ。
狙うはブレイズゴーレムの背にいる子ども。
火の幻獣が自らの意思で動いているとは思えない。
制御しているものがいる筈。
信じがたいが、それを為している可能性が高いのは小さな騎乗者。
ブレイズゴーレムを倒すのは無理でも人なら殺せる。
「ターコイズの瞳もいんじゃねえか!」
デイルアを見てガクブルと震えるラヴィポッド。
その後ろには気絶するクアル。
ターコイズの瞳の継承者であるクアルがいるのはちょうどいい。
ここに来た目的は、クアルを確保することなのだから。
ラヴィポッドを殺したところでブレイズゴーレムが停止するかは定かではない。
停止しなかった時は、クアルを攫って撤退するだけ。
「ブレイズゴーレム! あ、あの人目がヤバイからやっつけて!」
デイルアの眼光で委縮したラヴィポッドが指示を出す。
「やっぱお前がこいつを操ってんのな!」
後方に向けた手で火魔術の爆発を起こし、それを推進力に。
空中で軌道を変更、爆発的に加速してラヴィポッドに肉薄した。
「ひぃ……ぃぃぃぃ!?」
デイルアに怯えるラヴィポッド。
ブレイズゴーレムが庇って立ち上がったことで絶叫アトラクションのように体が振り回され、更に悲鳴を上げた。
ブレイズゴーレムの体を形成する火が変形し、花開くように広がってデイルアを呑み込む。
烈火に包まれれば、即死。
やがて火の中から焼死体が落ちる。
肉が残っていれば良い方だろう。
常人ならば。
火の内側から幾つもの剣筋が走る。
火が裂け、その隙間からデイルアが抜け出して着地した。
ブレイズゴーレムを見上げる。
勝ち筋を探り続けるその眼に、まだ諦観は見えない。
「……あいつ、ゴーレムっつったよな。確かマナで動く自動人形、だったか……ってこたぁあのバケモンの動力もマナか?」
火の幻獣の正体がマナを動力とするゴーレムなら。
「……なんだよ。いけんじゃねえか」
口角を上げ、逆手に持った蛮刀で自身の手のひらを貫く。
痛覚で手に感覚を集中させ、溢れる血液とともに傷口からマナを放出。
「火力上げんぞ!
手から溢れ出すマナに火の性質を与え、マナを含む血液さえ取り込んで赤黒い巨大な火の手を形成した。
その赤黒い手はマナを、最後には命さえ奪う略奪の手。
周囲の温度が更に上昇。
火口にいるのではないかと疑う程の灼熱地獄が広がった。
「寄越せ! お前のすべて!」
デイルアの生を反映した特異な性質の火が、ブレイズゴーレムを掴む。
マナを奪う火と、火を吸収する火。
近しい性質の火がぶつかり合い、互いを取り込まんとして喰らいあった。
「ブレイズゴーレム!? その火食べれないの!?」
火なら何でも吸収できるから大丈夫だと油断していたラヴィポッド。
だが、ブレイズゴーレムは吸収できずに火力を上げて抵抗している。
拮抗する二つの火のぶつかり合いに不安を募らせていた。
火を吸収できないとなると……不味い。
「初めて会った時の騎士さんくらい強いかも! 火食べれなかったらやられちゃう……!」
ラヴィポッドはここまでの戦闘を見て、デイルアからユーエスにも並ぶ脅威を感じ取っていた。
ユーエスはユウビとの戦いの中でエーテルというマナの上位的な力を目覚めさせ、更には水魔術と風魔術の複合で守護の氷を扱えるようになり、飛躍的に強くなった。
だがその前なら。
初めて模擬戦で戦った時のユーエスとなら、デイルアは互角に渡り合えるのではないか。
そんな相手がブレイズゴーレムに有効な攻撃手段を持っていたなら。
ユーエスにストーンゴーレムが両断され、フレイムゴーレムが水魔術で弱らされた時のことを思い出す。
そんなこと、させない。
「怒ったんだからっ!」
背負ったバックパックを前に抱え、取り出した銅色の人形と水色の単結晶を放り投げる。
大きく息を吸ってホイッスルを咥えた。
そして。
ピイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!
甲高い音色が響き渡り、銅色の巨人と白き獣が現れた。
活路を見出したデイルア。
力勝負に持ち込み、あとは競り勝つだけ。
略奪の手にありったけのマナを込め、あと一歩というところで、笛の音が聞こえた。
「今度はなん、だ……」
周りに意識を割く余裕は殆どない。
脳のリソースを僅かに使い、上空を確認した。
影が差す。
神々に使える戦士かと見紛う巨人と、熱が支配する世界を冷気で上書きせんとする白き獣が降って来た。
地響きが起こり、ブレイズゴーレムの熱波届かぬ範囲が凍り付く。
ぶつかる熱気と冷気は天気すら変え、上空に垂れ込めた暗雲から豪雨が降り注いだ。
雨がブレイズゴーレムの周囲で蒸発する。
目の前のバケモノで手一杯だというのに、追加でバケモノが二体。
絶句するしかない。
「こりゃ夢か?」
つい現実から目を逸らしてしまう。
にもかかわらず。
敵は、それだけではなかった。
「てぇーーーーっ!!」
ラヴィポッドが鞍の上から両手の人差し指を向けていた。
円を描いて浮かぶ幾つもの土の弾丸が、ブレイズゴーレムの火力によって連射される。
ドドドと重低音を響かせながら、一発一発が必殺の破壊力を持つ機関銃のような魔術がデイルアを襲った。
「っ!? やりすぎだろっ!」
デイルアは略奪の手の制御を手放し、爆発を推進力にして緊急離脱。
「逃がさないんですから!」
普通なら視認できない速度。
その筈だがラヴィポッドの指はデイルアを追い、正確な狙いで弾丸を射出し続けた。
「ガキが一番やべぇじゃねえか!」
逃げるデイルア。
その先にブリザードゴーレムの放った氷柱が降り注ぐ。
間一髪、爆発で方向転換して避けるが、そこには巨大な銅の剣が振り下ろされていた。
「くそがっ!」
銅の剣が直撃。
鈍い音とともに骨が砕ける。
肉体を構成する組織の全てが弾け飛んだのかと錯覚する程の巨大な衝撃。
しかし叩きつけられた直後に爆発を起こし、剣による衝撃と同方向へ吹き飛ぶことで衝撃を逃がす。
気休め程度の衝撃緩和。
銅の剣の切れ味次第では死んでいただろう。
むしろ即死していないのがおかしいくらい。
高速で地に叩き落とされ、その衝撃で大地を覆う氷が砕けた。
氷が砕け、その下の大地から土煙が上がる。
ラヴィポッドはデイルアが落ちた地点をじっと見つめていた。
カッパーゴーレムの一撃を人間が喰らって生きているとは思えない。
それでも何故か落ち着かなかった。
やがて土煙が晴れると……そこには嫌な予感通り、血を流したデイルアが立っていた。
「お前、名前は……?」
デイルアがラヴィポッドを見て問いかける。
怒りや恨みというよりは、興味本位からなのだろう。
これまでのデイルアの眼光に比べれば幾分柔らかい眼差し。
元々の目つきが怖いだけ。
殴り合いの喧嘩をした後のヤンキー同士が、互いに認め合って拳を突き合わせるような。
そんな雰囲気からの言葉だった。
ラヴィポッドは名を聞かれてきょとん、とした。
急に様子が変わったな、と。
ここは名乗るところだろう。
ドリサでの出会いを経て人との繋がりの大切さを知った。
昨日の敵は今日の友。
この場では交戦する結果になったが、状況が違えば協力し合えるかもしれない。
手を取り合えるかもしれない。
そしてラヴィポッドは。
「て、てぇーーーーっ!!」
両手の人差し指を向け、止めの弾丸を連射した。
「!?」
油断を誘って攻撃するつもりかもしれない。
逃がせば仲間を連れて仕返しに来るかもしれない。
もう一度勝てるとは限らないのだ。
臆病なラヴィポッドにとって。
昨日の敵は、今日も明日も大体敵。
ゴーレムたちも主の意思を理解し、デイルアを排除すべく動き出す。
「お前覚えとけよっ!」
実力に反して小物臭ぷんぷん漂う捨て台詞と爆炎を残して、デイルアが去っていった。
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