第5話 いざ冒険へ

 クレイゴーレムの肩に乗り、ズンズン森を進むラヴィポッド。


 文庫本くらいの大きさの石板を両手で持ち、眺めて唸っている。ゴーレム錬成時に現れた石板だ。


 モグピ族と交流していた一年間、クレイゴーレムには遊び相手になってもらう程度で、殆ど家の付近から動かしたことはない。家屋修繕用の木材はモグピ族が木々を薙ぎ倒して用意してくれた上、食料調達の狩りもモグピ族が行ってくれた。


 至れり尽くせりで畑作業に集中した日々。


 それ故、錬成してから一年経った今も、クレイゴーレムについては未知で溢れている。


「マテリアル、火、石、氷。うーん……」


 石板にマナで描かれた樹形図。マテリアルという文字から火、石、氷の三つに線が分岐している。


「ねえ、石とってみて」


 石ならそこら中に落ちているため何かと試し易い。よく分からないことは手当たり次第に試していくのがラヴィポッド流。


 クレイゴーレムが石を拾ってラヴィポッドに渡そうとする。


「わたしはいらないよ。その石はクレイゴーレムの」


「好きにしていいんだよ」と伝えると、クレイゴーレムが手の中に石を取り込んだ。底なしの沼に沈んでいくように、石が土の中へ飲み込まれる。


「おお! 好きな食べ物とかなのかな? もっと石食べてみて」


 不思議な現象に目を輝かせる。


 催促されたクレイゴーレムは、歩きながら大きめの石を見つけては吸収していった。その度にラヴィポッドが「おお!」と感心する。


 そうして幾つかの石を吸収したが、これといった変化はなかった。


「これも食べてみて」


 指先に初級の火魔術で火を点しクレイゴーレムの肩に当てる。すると石同様に吸い込まれていく。


「うーん、たぶん氷も食べれるんだろうけど……雪崩とか隕石とかから守ってもらえるのかな」


 ラヴポッドが思いついたのは防御手段としての吸収。自然災害に巻き込まれることはそうそうないが、あって困る機能でもない。心に留めておけばいつか役立つだろう。


 考え疲れ、一旦石板をポケットに入れる。肩から下げた水瓶の栓を抜き、野菜ジュースを飲む。


「ぷはーっ!」


 豪快に喉をリフレッシュし、栓を閉め直す。


 そうして暫く進んだ頃。


「そろそろ森の外かぁ……」


 森を抜けて少ししたところには村がある。何度か訪れているものの、人見知りなラヴィポッドは未だに緊張してしまう。村に入ることを考えると、不安に眉が下がった。


 やがて森を抜け、視界が広がる。樹冠に遮られることのなくなった太陽光が眩しい。増えた光量、目が少し熱くなるような感覚がして細めた。やがて徐々に順応した目を開くと、平野が映る。


 クレイゴーレムに乗って平野を進んでいると、視界の端にとある生き物を捉えた。


 鳥類の尖った嘴に、しなやかな首。楕円形の胴体からはふさふさと羽毛が生え、枝のように細長い二本の足で歩く。


 ダチョウだ。群れからはぐれたのか一羽だけで行動している。


 ラヴィポッドは何度かここを通っているが、初めて見る生き物だった。


「おお~」


 クレイゴーレムに進んでもらいつつ、手庇で観察する。


 そしてダチョウの側方を通り過ぎたとき、


 目が合った。


 何も考えていなそうな真ん丸の瞳。


 ラヴィポッドは驚き、一瞬肩を跳ねさせたが、


「ちょっとかわいいかも」


 第一印象はまずまずといったところ。


 しかし相手はそう思わなかったらしい。ダチョウがラヴィポッド目掛けて駆け出した。高速で動く足が回転して見える。後方に煙を巻き上げながら疾走し、ラヴィポッドとの距離がぐんぐん縮んでいく。


「ひぃぃぃぃ!? 逃げて早くぅ!」


 悲鳴を上げ、クレイゴーレムの頭にしがみついて目を瞑る。


 家を出てからこれまで襲われることはなかった。野生動物たちは賢い。クレイゴーレムに気づけば、彼らは生存本能の警笛に従って逃げるだろう。勝ち目のない相手に戦いを挑むことはない。


 だが賢くない野生動物もいるようだ。はぐれてしまった原因もそこにあるのかもしれない。


 クレイゴーレムが主の命令に応えようとした時には、ダチョウは既に間近まで迫っていた。強靭な脚力で跳びかかる。


 構わず大地を震わせて走り出したクレイゴーレム。その踵がダチョウにめり込み、遥か彼方へと吹き飛ばした。


「はやくはやくはやく!」


 ダチョウを撃退したことに気づかずブルブル震えるラヴィポッド。


 クレイゴーレムにとっては錬成されてから最も必死な命令。期待に応えるべく、全力でマナを巡らせて走る。巨体からは想像し難い身軽さ。一歩の大きさも合わさって猛スピードで進むと、景色が早送りするように流れていく。


 ラヴィポッドが恐る恐る顔を上げる頃には、村が見えていた。


「らっきー! 村に逃げ込んだらなんとかしてくれるでしょ! 急げー!」


 ラヴィポッドが期待を膨らませ、ドシドシと走る巨体が村に近づく。


 轟音を聞きつけ、何事かと農具を持った男衆が村から出てきた。


「あ、あの! 助けてくださ……」


 細い声を精一杯振り絞り、希望を託そうとしたラヴポッド。


 残念ながらその声は届かなかったのか、男衆はクレイゴーレムを見るなり目玉が飛び出んばかりに見開く。


「「「「えぇぇぇぇぇぇぇェッ!?」」」」


「ひぃぃぃぃ!?」


 迫りくる巨躯。絶叫を上げた男衆。それに驚くラヴィポッド。


 クレイゴーレムは、絶叫が絶叫を呼ぶ阿鼻叫喚の渦中に駆け込んだ。狂暴な生き物に荒らされぬよう村を囲った木製の柵を吹き飛ばす。村に侵入すると、横に踏みしめた足が地面をズザーッと抉った。摩擦も使って勢いを殺し、村の中央付近で急停止する。


 土煙が巻き起こり、村人たちが袖で口を覆って咳き込んだ。


 煙が引き、静寂が訪れる。そこにはクレイゴーレムの肩で頭を抱えるラヴィポッドと、農具を構えて四方八方からにじり寄る村人たち。


 一色触発。


「さ、先急ご……」


 ラヴィポッドの呟きに反応したクレイゴーレムが動き出すと、村人たちが「のわっ!?」と距離をとる。


 危険を感じたラヴィポッドは一目散に村を飛び出した。


 逃げ去る背を見守る柔和な顔つきの老婆。腰を丸めて押さえながら、とある客を思い出していた。


「おやあの子は……成長したねぇ」


 母の背に隠れて服を買いに来た少女。一度だけ一人で買いに来たこともある。


「えらい大きくなって。立ち寄ったんなら顔くらい見せて欲しかったねえ」


 老婆は言うが、ラヴィポッドの身長はそこまで変わっていない。まさかクレイゴーレム込みの身長に育ったと思っているのだろうか。


 老婆はラヴィポッドの姿が見えなくなるまで見送り、振り返ろうとして体の異変に気づく。


「いけない、腰が逝っちまったよ」


 ◇


 ラヴィポッドは村を出てから只管に走り、舗装の行き届いてない街道で蹲っていた。尻を突き出し、震えながら両手で押さえている。


「お、お尻が爆発する……」


 クレイゴーレムの硬質な肩の上で激しく揺られ続けた結果だ。服の中は真っ赤に腫れていることだろう。


 心配そうに佇むクレイゴーレム。


 ラヴィポッドは尻を押さえたまま今後を憂う。


「こんなでっかいクレイゴーレムが来たら、みんなちびっちゃうよね……」


 逆の立場なら、ラヴィポッドだって怯えるだろう。


「小っちゃくなれたりしないの?」


 人族サイズとまでは行かずとも、もう少しコンパクトに。そんな都合の良いことはないと分かっていても、思わず呟いてしまう。


 するとクレイゴーレムが輝きに包まれ、消える。代わりにポトリと土人形が転がった。クレイゴーレムに持たせていたバックパックも落ちる。


「……なれちゃうんだよね」


 自分で言っておきながら呆気に取られていた。


 錬成の際に作ったデフォルメされた人型とは異なり、クレイゴーレムがそのまま小さくなったような土人形を拾い上げる。


「人の居るとこに行くときはこうしておこ」


 これでひとまず悩みが解決した。晴れやかな気持ちで尻を摩りながら土人形を置く。


「……」


 そして土人形を見つめ、再び何か思案している。顎に手を当てて眉を顰める表情は真剣そのもの。


「戻って! ……ちがうなぁ」


 自らの発言に小首を傾げる。


「おっきくなって! ……なんかなぁ」


 目下の悩み。それはクレイゴーレムを呼び出す際、なんと叫ぶのが一番かっこいいか。由々しき問題である。


「現れろ! ……もっとこう」


「出でよ! ……うーんまあまあ、一旦これでいこう」


 少々腑に落ちない様子。しかしラヴィポッドの語彙力に限界がきた。暫定一番かっこいい召喚セリフで妥協する。


「出でよ、クレイゴーレム!」


 叫びつつマナをぶつける。すると土人形が光りを放つ。プシューとガスを発生させながら巨大化し、クレイゴーレムが呼び覚まされた。


「乗せて!」


 クレイゴーレムの肩に乗り、腰を下ろす。


「ひぅ!?」


 すると尻から全身へ稲妻が走った。ヒリヒリとした痛みが巡る。


「お、降ろして……」


 尻を押さえて内股でバックパックを漁る。


「あった」


 タオルを取り出し、クッション代わりにズボンへ仕込んだ。こんもり膨らんだ臀部はダボダボの服に隠されて体裁を保っている。


 再びクレイゴーレムの肩に乗り、ゆっくりと座る。


「ぬ、おぉ……」


 幾らかマシになったが、まだ痛い。歩く度に衝撃が響くことを考えると、このままでは尻が危ない。


「の、乗り方変えよかな」


 そして試行錯誤すること暫し。


「……これだ!」


 ラヴィポッドはクレイゴーレムの手のひらでうつ伏せになっていた。曲げさせた二本の指に抱き着くよう掴まり、その間から前方を覗く。


 この体勢なら尻の安全は確保できる。傍目から見れば少々間の抜けた格好だが。


 漸く歩みを再開し、何事もなく進んでいく。


 手持無沙汰になり、ポケットから石板を出す。


「ん?」


 すると石板に違和感を覚えた。すぐにその正体に気がつく。


 マナで描かれたゲージのようなものが、短くなっていた。


「なんで?」


 何か理由があって然るべき。考えられるのは。


「石と火を食べたのか、いっぱい走ったのか、小っちゃくしたり戻したりしたのか……どれだろ?」


 思いつく可能性を並べ立てる。今まで石板に変化は起きていなかったのだから、今までしてこなかった行動が原因だろう。


「一つずつ試そ」


 クレイゴーレムに指示を出し、それぞれ試してみる。石を幾つか吸収させ、走ってもらい、土人形に戻して再び巨大化させる。その都度石板を確認すると、結論が出た。


「いっぱい走ったときに減ってる。クレイゴーレムが疲れたら減るもの……マナ?」


 人であれば、運動時に減るのは糖質や脂質などのエネルギーだ。ゴーレムも何かしらのエネルギーを消費しているのなら、動力源とするマナが怪しい。


 ラヴィポッドがクレイゴーレムに手を当てる。


「ぬんっ」


 マナを流してみると、みるみる吸収された。石板に描かれたゲージも伸びていく。


「ひゃー天才すぎっ! やっぱこの線クレイゴーレムのマナの量だ!」


 試行錯誤して未知を解明した時のなんと清々しいこと。ラヴィポッドは難しいことを考えるのは苦手だが、この瞬間の気持ち良さは好きだった。流石に野菜ジュースを呷らせていただく。


 気分良く先へ進み、気が付けば太陽が沈んでいた。


 土魔術で建てた小さな三角屋根の家。子どもが寝られる最小限の大きさ。その前でラヴィポッドとクレイゴーレムは焚火を囲み、膝を抱えて座っていた。


 暗がりを照らす火の縁。熱をもってゆらゆらと歪む空気を眺め、ぼんやりする。つい先日までなら、寝る直前までモグピ族たちと騒いでいた。久しく感じていなかったもの寂しさ。膝に顔を埋める。


「疲れたね」


 クレイゴーレムと目を合わせる。伝わっているか定かではないが、聞いてくれる相手がいるだけで一人ぼっちより随分と気が楽になる。


「明日はどんなことあるんだろ……」


 未来に思いを馳せる。先行きの見えない旅。不安もあるがワクワクもしていた。


「おやすみ」


 クレイゴーレムに告げて、土の家で眠りにつく。


 ◇


 翌日、ラヴィポッドは一人、新たに発見した村の入り口の前でもじもじと立ち止まっていた。


 クレイゴーレムを土人形へ戻して村を訪れようとしたのだが、そうすると重たいバックパックを持ち運べない。仕方なくバックパックを持たせたクレイゴーレムを離れた場所に待機させ、一人足を運んだ次第。


 しかし入ったことのない村への一歩を躊躇して動けずにいる。


 息を呑み、意を決して足を踏み入れようとした時、声を掛けられた。


「あら、珍しい旅人さんね。一人で来たの?」


 村から現れたのは優しい口調の二十台後半くらいの女だった。ラヴィポッドの周囲に人がいないことを不思議に思い尋ねる。


「は、はい」


「そうだったの。お腹は空いてる?」


「……空いてます」


 今のところ食事は家から持ち出した簡素なもので済ませている。ラヴィポッドは平均的な同年代の人族よりも良く食べる。腹を撫でてみれば、物足りなさを訴えていた。


「じゃあ食事処まで案内するわね。歩きながらお話しましょう」


「あ、ありがとうございます」


 言われるがまま、あれこれと話す女の後ろでおどおどと身を縮めて歩き、大きな建物の前までやってきた。飾り気のない無骨な外観は食事処というより倉庫に近い。


「さあ、どうぞ」


 女が扉を引き、ラヴィポッドを中へ促す。


 ラヴィポッドは頭を下げ、


「し、失礼します……」


 恐る恐る建物に入った。


 すると、


「ごめんなさい……」


 背後から女の涙ぐんだ呟きが聞こえ、扉が閉じられた。外側からガタッ、という音が鳴る。


「お姉さん……?」


 ラヴィポッドが扉を押してみるが、固く閉ざされている。先刻の物音は閂を掛けた音だったのだろう。


 戸惑うラヴィポッドは背後から忍び寄る気配に気づかない。


 突如、視界が暗くなった。


「ひぃ!? なんで!?」


 驚きと恐ろしさで声を上げる。暗がりに包まれたのが、何者かに麻袋を被せられたからだと理解する頃には、わっせわっせと担いで運ばれていた。


 麻袋を担ぐのは、人族の子ども程度の大きさで緑の肌をした生き物。大きく横に尖った耳と、痩せ細った体。腰蓑を巻いただけの原始的な装い。


 手柄を立て愉快に鼻歌を交えながら住処へと戻るその生き物は、


 『ゴブリン』と呼ばれる、人族に害を為す種族だった。

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