第4話 土との盟約

 ラヴィポッドはゴーレムを外に出し、物思いに耽っていた。野菜ジュースを飲みながら家の跡地を眺める。


「これから、どうしよ……」


 ぽつり呟く声は、虫のさざめきにかき消される。


「土のおうちなら建てれるかもだけど……」


 建築の知識などないため、土魔術で四方を囲うだけになるが。家というよりは大きめの箱だ。


「出かけてみようかな」


 時折考えてはいた。母が帰って来ないのなら、自分から探しに行ってはどうかと。一人で森の外に出る勇気が無く、ずるずると後回しにして今に至る。


 家が壊れたことだし、旅に出るきっかけとしてはちょうど良いかも。そうでも思わないとやってられない。全て自業自得という点は片隅に置いておく。


「クレイゴーレムもいるし!」


 今のところ自宅を吹き飛ばされただけの間柄だが、旅のお供としては頼もしいことこの上ない。筈だ。


 両手で頬を叩き、気合を入れる。


「なに持っていこう……?」


 そうと決まれば旅の支度だ。すっかり森と同化した家から必要そうなものを見繕う。


「これはいらない、これも、これも。これはいる……」


 棚を開け、中身をポイポイと散らかして衣類や携帯食料、ナイフ等のサバイバルに欠かせない道具類を探す。手当たり次第バックパックに突っ込んでいくと、容量を遥かに超えて、はち切れんばかりに膨らんだ。


「あ、一応ギンガの灰も持って行こ」


 残りのギンガの灰を瓶に移して、バックパックにねじ込む。


 最後に、ガラス製の水瓶に革のホルダーを付けて肩にかければ支度完了。もちろん水瓶には自家製野菜ジュースを入れてある。


 いざバックパックを背負って意気揚々と出かける……つもりだったが。


「む、ぬおおおお!」


 バックパックに腕を通して踏ん張る。しかし重すぎて押せど引っ張れど一向に動く気配がない。


「はぁ、はぁ……」


 両手両膝を地につき、肩で息をするラヴィポッド。仰向けに寝転ぶと、直立不動のクレイゴーレムの姿が目に付く。


「持ってもらえばいいのでは?」


 なんて簡単な話だろう。スッと立ち上がり、膝に付いた土を払う。すると膨れたバックパックを指さして口を開いた。


「鞄持って」


 クレイゴーレムの眼窩に灯った光が鞄を捉えた。地響きを起こしながら向きを変え、大きな手がバックパックに伸ばされた。


 ラヴィポッドが背負えぬほどに膨れ上がったバックパックも、クレイゴーレムからすればソフトボール程度の大きさでしかない。


 その手がバックパックを包み込もうとした時、


「タンマタンマッ!」


 慌ててラヴィポッドが叫んだ。


 クレイゴーレムが動きを止める。


「今握り潰そうとしたでしょ! あっぶに~」


 変わった言葉遣いだが危なかったという意味だろう。二度家を破壊されている。三度目ともなれば、嫌な予感を察知できた。


 ぷりぷりと叱り付けられたクレイゴーレムから哀愁が漂っているのは気のせいか。心做し瞳の光が薄まっている。


「もっと優しく! 壊さないように持って!」


 クレイゴーレムは、のそっと指をバックパックの紐に通して持ち上げた。


「やればできるじゃん!」


 褒められたクレイゴーレムの目がチカチカと点滅する。


「あ、そうだ! 乗せて!」


 ラヴィポッドがクレイゴーレムの伸ばした手のひらに乗ると、肩まで案内される。肩に乗り移ろうとして、ふと下を見た。落ちれば大怪我、打ち所が悪ければ魂ごと天に召されてしまうだろう。


「たっかー……」


 想像以上の高さに、股がヒュンとした。足を震わせながらゆっくり慎重に肩へ乗り込む。


「おおおお!」


 そうしてクレイゴーレムの肩に腰掛けてみれば、いつもと同じ光景も全然違って見えた。目線の高さが違うだけで、別世界のよう。普段見上げている木や家……の跡地を上から見下ろす初めての感覚に胸が高鳴る。


 興奮が冷めやらぬ内に出発しようと思ったが、畑が目についた。


「あ……」


 今ではラヴィポッドが一人で管理している畑。長く離れてしまえば、改良してきた土も元に戻る。来る日も来る日も耕し水をやり丹誠を尽くしてきた。家が壊れても、未だ健在の畑への思い入れがラヴィポッドの裾を掴んで引き留める。


 逡巡していると、ゴゴゴゴと覚えのある地響きがした。クレイゴーレムの正面に音が近づき、地中からいくつかの影が飛び出した。


「野菜プリズゥゥゥゥ!」


 飛び出しながら己の欲求に忠実な叫びを上げたのはモグラの王子──ジョニー・タルタル。マントを翻し、シュタッと片手をついて着地する。


「よう小娘! 我が会いに来てやった……ぞ……」


 そしてサッと顔を上げると、クレイゴーレムの放つ重々しい迫力を目の当たりにして青褪めた。身震いしたかと思うと美しいフォームで土に潜る。


 続いて現れたモグラ王と従者たち。


 その後方で、ひょっこり土から頭だけを出して様子を窺うジョニー。


 何事かとクレイゴーレムの頭に抱き着いて警戒するラヴィポッドに声をかけたのは、モグラ王だった。


「急な訪問になってすまぬな。我は地中を統べる『土の精霊王』にして、『防衛』を司る精霊『モグピ族』の長、ジョノム・タルタル。此度は故あって、其方と話をしに来た」


 王としての威厳、カリスマを備えた堂々たる声が響く。


「あ、え、何の話ですか?」


 ラヴィポッドが緊張しながらも返す。先日の一件で、ジョノムが話の分かるモグラだと知った。けれど凄まじい威圧感に恐怖を禁じ得ない。


 そんなラヴィポッドの態度を見兼ねて、一匹のモグラ騎士が前に出た。銀に縁取られた赤い盾を背負う、色気ある毛並みのメスモグラ。小さなジョニーと違い、人族の成人に近い身長。スラリとした体形はモグピ族界隈のモデル体型だ。


「態々陛下自ら行幸されたのですよ! ましてや名乗りを上げたのです! そちらも名乗るのが礼儀というものでしょう! あと頭が高いです、そこから降りなさい!」


「ひぃぃぃぃ!?」


 無礼千万。赤盾メスモグラ騎士がラヴィポッドの王に対する態度を詰責する。


 ラヴィポッドは怯えてクレイゴーレムにしがみついた。勢いに気圧されただけではない。赤盾メスモグラ騎士の爆発的なマナを知覚してしまったからだ。感情の昂ぶりに連動して彼女の周囲で荒れ狂うマナの奔流。狭い世界で生きてきたラヴィポッドが目にすることのなかった、絶対強者の力の一端。


 ジョノムが苦笑し、赤盾メスモグラ騎士の前に手を出して制する。


「良いのだジョネット。彼女との経緯いきさつは話したであろう。もう少し柔軟さを身につけよ。お前は今やタルタル騎士の団長であり、『ニーオヴァルド十六精霊騎士第四霊席』でもあるのだから」


「も、申し訳ありませんでした……」


 窘められたジョネットがジョノムに頭を下げ、続けてラヴィポッドを見上げた。


「声を荒げてすまなかった。私はジョネット・タルタル。『土の王国タルタル』を守護する『タルタル騎士団』の団長を務めている。良ければ君の名前を教えていただけないだろうか?」


 先程と打って変わった穏やかな口調。ジョネットより遥かに大きなクレイゴーレムを前にしても狼狽しないのは、彼女の脅威足りえないからか。


「……ラヴィポッドです」


 クレイゴーレムにしがみついたまま答える。


「ラヴィポッド……良い響きだ」


「あ、ありがとうございます」


 少々硬い雰囲気のジョネットとラヴィポッド。


 そこへ、くすくすと笑い声が漏れて聞こえた。両者のやり取りを見て、笑いを堪えるのはジョニー。


「あの質実剛健な姉上が怒られておる! 良い気味ぞ!」


 土から上半身だけを出し、バシバシと地を叩いて笑う。


 ジョネットが肩を震わせ、空を仰いで笑いこけるジョニーの頭を鷲掴みにした。土から引っこ抜き、目線を合わせる。


「ジョニー。喜びなさい、帰ったら鋼鉄削り二時間コースよ」


「だ、断固拒否である! 何卒! 鋼鉄削りだけは!」


 鋼鉄削りとは、モグピ族に伝わるスパルタ訓練。制限時間中、素手で鉄を削り続ける地獄の訓練だ。


 ジョネットであれば、鉄すら土同然に掘り進める。しかしジョニーはまだその領域には達しておらず、爪が鉄に負けてしまう。血の滲む訓練を二時間。逃げ出したいところだが、監督はジョネットだろう。このままでは逃げられない。


 ジョニーが救いを求めて父ジョノムを見つめる。


 しかし返されたのは、不敵な笑み。


「騎士団長直々に鍛え上げて貰うなど、タルタル騎士が聞けば羨望に涙するであろう。励めよ、ジョニー」


「ぎぃゃぁぁぁぁ!」


 ジョニーが鷲掴みにされた頭を抱えて叫ぶ。


 気の毒な光景だが、ジョノムの言葉通りタルタル騎士たちの視線には羨望が宿っていた。


「身内が騒々しくて敵わん」


 ジョノムがどこか楽しそうにゴホンと咳払いをして、呆気に取られているラヴィポッドに向き直る。


「してラヴィポッドよ。其方への要件であるが、其方の作った野菜を我がタルタル王国に売ってはくれぬか?」


「へ……?」


 思いがけぬ提案にポカンと開いた口が塞がらない。


「先日頂いた作物であるが……好評でな。料理長からも是非にと仕入れを望む声が届いておるのだ」


 野菜を美味しいと言ってくれるのは嬉しいが、如何せんタイミングが悪い。


「ご、ごめんなさい、これから出かけようと思っていたので……」


 断ることを申し訳なく思いながら、おどおどと口にする。


「出かけるとは長期的にか?」


「はいぃ、いつ帰ってくるかわからなくて……」


「そうか」


 ジョノムが顎に手を当てて思考する。


「ではその間、ここをどうしようと考えておったのだ?」


「か、考えてませんでした」


「む?」


「へ?」


 思慮深き土の精霊王が目を丸くする。


 ラヴィポッドも真似るように目を丸くした。


 まさかタルタル王国の料理長が絶賛する程の作物を生み出す貴重な土地を、無策で放置するとは。


「バカがおる! 何も考えておらぬとは!」


 ジョニーがラヴィポッドを指さして笑う。すると、その頭を握る力が強まる。


「い、痛い痛い! やめてくれ姉上! 我もバカになってしまうではないか!」


「一時間追加だ」


 ジョネットは力を緩めない。愚弟には反省が必要だ。


 そうこうしてる内に、ジョノムが何か思いついた様子。


「ではこういうのはどうであろう? 其方の土作りと作物に関する知識を我らに教授する代わりに、其方が留守の間、タルタル王家がこの地を守るというのは」


 その提案は、ラヴィポッドにとって渡りに船だった。


 農作物に関する知識を秘匿したいとは思っていないし、ギンガの灰をくれたことからモグピ族を信頼しても良いと思っていた。今も頭を締め上げられている若干一匹を除いて。


「いいんですか?」


 冒険に出ようとして漸く気づいたが、思い出の地を、故郷を、留守にしている間に荒らされてしまったら。考えただけで気が沈む。


「こちらから頼んでおるのだ」


「じゃあ、それでお願いします」


「決まりだな」


 ここに、ラヴィポッドとタルタル王家との間に盟約が交わされた。




 そしてそれから。


 ラヴィポッドと、派遣された農務省に勤めるモグピ族による畑作の日々が始まった。


 熱心に質問し、尖った石で薄い石板を削ってメモを取るモグピ族の使者。


 数が増えて手狭になったため、数倍の規模に拡張された畑にて。全員が共に汗水流して土を耕し、各々の作物に適した成分比になるよう土魔術で土を改良する。


 また、モグピ族は高い建築技術を誇っており、ラヴィポッドの記憶を頼りに家を殆ど壊れる前の状態へと修繕した。


 モグピ族の農具等を保管する小屋も新設されている。当のモグピ族たちは地中で眠るため、仮設住宅は建てなかった。地上からだともぐら塚が見えるだけだ。


 適度な運動と充足感。良い笑顔で鍬を振るうラヴィポッドは思う。


(あれ、出かけなくてもいいのでは?)


 きっかけとして大きかったのは家が壊れたことだ。それが今では元通り。加えて仕事仲間も増えて賑やかになっている。


 母を見つけるという目的があるが、当てもなく、入れ違いになるかもしれない。


 何より、今が楽しかった。しかし、


(やっぱ出かけるの止めるって言いづらい……)


 モグピ族が何故こうして学ぶ運びと相成ったのか。それを考えれば、とても口に出来なかった。


 ◇


 あれよあれよという間に一年の歳月が流れた。


 季節の特徴に合う作物など、一通りの説明を終えた。土作りに関しては、流石モグピ族。土で生きているだけあってラヴィポッドの感覚派な説明でもすぐに理解したため早い段階で伝え終えている。


 ラヴィポッドを一年間引き留めて申し訳なく思っていたモグピ族。彼らからの後押しあって、ラヴィポッドは一年前のような装いで冒険に出ようとしていた。


くのだな」


 態々見送りに来た王ジョノム。


 暇なのかな、という言葉をグッと堪え、ラヴィポットは引き攣った笑みを浮かべる。「やっぱ出かけません」と言えぬまま到頭この時が来てしまった。


「はいぃ」


「これを持っていくと良い」


 そう言ってジョノムが手渡したのは、土元素を表す紋章が刻印された腕輪。


「困りごとがあれば、旅先で出会ったモグピ族にそれを見せよ。きっと力になってくれるであろう」


「ありがとうございます! でっか~」


 腕輪なのだが、そのサイズは自動車のハンドルを一回り大きくしたくらい。


 ラヴィポッドがふざけて頭からくぐると、


「ふぇ?」


 腕輪が縮んで腹に巻き付いた。


「その腕輪は着用者に合わせて大きさが調節されるのだ……」


 ジョノムが呆れて額を押さえる。


「バカすぎる! 一年経っても変わらぬなラヴィ!」


 ジョニーが笑い転げる。ラヴィポッドと同じくらいの身長に育ち、少しツンツンとした毛並みはやんちゃな少年のイメージそのものだ。


 その頭が背後からむんずと鷲掴みにされる。


「お前の大好きなミスリル削り五時間コースといこうか?」


「あ、姉上……!?」


 ジョネットが特訓メニューを伝える。


「来ていたのであるか!?」と驚愕しながら抜け出そうと藻掻くジョニー。


 それを斜眼にジョノムが、


「マナを込めれば外れる」


 とラヴィポッドに伝えた。


 ラヴィポッドが腕輪へマナを込める。すると腕輪が広がった。袖を捲り、今度はしっかり左腕に嵌める。


「かっちょいい~!」


 腕輪を眺めて目を輝かせた。


 その様子に、モグピ族たちが欣幸とする。


「乗せて!」


 ラヴィポッドがクレイゴーレムにお願いし、肩に乗る。


「達者でな」


「ご武運を」


「怪我すんなよ!」


「「「「ラヴィ殿ぉ~!」」」」


 ジョノムにジョネットとジョニー、そして咽び泣く農務省の面々。


「行ってきまーす!」


 ラヴィポッドが手を上げ、元気一杯声を出して、


「出発……!」


 クレイゴーレムにも指示を出す。超重量が大地を踏み締め轟音が響く。


 そしてついに、幾つもの「行ってらっしゃい」を背に受けて、ラヴィポッドの冒険が始まった。


 草いきれ籠る十歳の夏。


 クレイゴーレムが少し、柔らかくなった。

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