第31話 推しヒロイン、譲る

 ヤタガラス。焔の如く赤い双眸をもち、黒い羽毛に包まれた体は、シャルルを乗せて飛べるほど大きい。

 そしてその赤い眼に睨まれたガレッドは、自身のすべてが筒抜けになっているような感覚を覚えた。


「ヤタガラスのヤーくん。この子は、私に〝導きの火〟を見せてくれる」


「むっ⁉」


 ガレッドの左わき腹に、小さな炎が灯る。

 それを認識した瞬間、ヤタガラスの強烈な体当たりが、ガレッドのわき腹に直撃した。


「ぐっ……⁉」


 その攻撃に、ガレッドを穿つほどの威力はない。

 しかし、わずかでもダメージを負ったことに、彼は驚きを隠せずにいた。


――――認識はできたが……避けられん。


 ヤタガラスは、相手の弱点を〝導きの火〟によって明らかにする。

 その部分への攻撃は、防御不能・・・・

 たとえ見えていたとしても、反応できない。

〝必中〟――――それこそが、ヤタガラスの能力である。

 

「だが……! 極めて貧弱! この程度のダメージ、いくら受けたとてオレを殺すには至らんぞ!」


「だったら……倒れるまで、攻撃するだけ」


 ガレッドの右目に、導きの火が灯る。

 ヤタガラスの飛来を察知したガレッドは、すぐに右目を庇った。

 突進攻撃はガレッドの腕によって阻まれ、ヤタガラスは距離を取る。


「ふはは! ぬるい! 防いでやったぞ!」


「……残念」


 シャルルがそうつぶやくのと同時に、ガレッドの右目が深い裂傷を負った。


「――――っ⁉」


 残った左目が、気高き狼の姿を捉える。

 そうして彼は、自身の目を抉った者が、リルであることを悟った。


「必中は……仲間の攻撃に対しても及ぶのか……!」


「正解」


 ヤタガラスの火は、仲間を導く。

 一度灯った火は、攻撃を受けるまで消えることはない。


「面白い……! やるではないか! 小娘!」


 ダメージを感じさせないガレッドを前に、シャルルは冷や汗をかいた。

 カグヤとの鍛錬によって精霊魔術の性能が向上し、シャルルは〝二重顕現デュアルサモン〟を習得した。

 今まで二体以上の精霊を同時に使役できなかった彼女は、これによって大幅に手数を増やすことに成功した。しかし、二重顕現デュアルサモンを維持しようとすれば、魔力と集中力を大きく消耗する。


――――これで決めるしかない……!


 彼女にはまだ、ここで新たな精霊を顕現させるほどの余裕はない。

 守りに入っていては、負ける。


「滾る……! 血が沸騰しそうだ!」

 

 高笑いしながら、ガレッドは拳を地面に叩きつける。

 爆発と錯覚するほどの轟音が響き、地面に深い亀裂が走る。

 

「うっ……」

 

 地面が揺れて、シャルルは体勢を崩す。

 その隙に、ガレッドは膨大な魔力を拳に纏わせた。


「さあ、今度はこっちの番だぞ、小娘」


 濃厚な死の香り――――。

 この攻撃を受ければ、確実に死ぬ。


「っ! リル!」


「ふははははは! 受けるがいい! 〝ドラミングフィスト〟!」


 リルはシャルルの首根っこを噛んで、すぐにその場を離脱する。

 ガレッドの拳が炸裂し、森の一部を豪快に吹き飛ばした。


「ほう、なかなか素早い犬っころだな」


「拳の余波だけで……」


 大きく抉れた地面を見て、シャルルは奥歯を噛み締める。

 火力差は一目瞭然。正面からぶつかり合えば、シャルルに勝ち目はない。


「まだまだ戦いを楽しみたいところだが……そうも言ってられん。この一撃にて、確実に仕留めさせてもらうぞ」


 ガレッドがそう言うと、彼の全身に・・・・・導きの火が灯った。

 ぎょっとするシャルルをよそに、ガレッドは再び己の拳に魔力を集中させる。

 全身に導きの火が灯るということは、ガードする気が一切ないということだ。

 その肉体でシャルルの攻撃を受け止め、反撃の拳を叩きこむつもりなのだ。


――――やるしかない。


 シャルルはヤタガラスを呼び、己の魔力を注ぎ込む。

 これによって、ヤタガラスの体はより強固になる。


「行って……ヤーくん!」


 魔力を纏ったヤタガラスが、ガレッドに突進した。

 完全に無防備な状態で攻撃を受けたガレッドは、わき腹の一部を抉り取られた。

 夥しい量の血が溢れ出す。しかし、ガレッドは決して倒れない。


「ぐっ……! 仕留めきれなかったなァ! 小娘! これで終わりだ! ドラミングフィ――――ッ⁉」


 拳を繰り出そうとしたガレッドは、強烈な違和感を覚えた。

 今まさに死の淵にいるはずのシャルルが、笑みを浮かべている。

 すべて思惑通りと言いたげに……。


「……これで終わり」


 シャルルがそうつぶやく。

 直後、彼の左目に激痛が走る。

 視界が完全に失われ、ガレッドはたまらず膝をついた。


「な……なんだ……これは……」


 暗闇の中で、ガレッドは困惑する。


「リルをヤーくんの影に隠して、あなたの懐に潜り込ませた」 


「っ……なるほど、鳥を囮にしたというわけか」

 

 ヤタガラスが翼を広げれば、リルの体を完全に覆い隠すこともできる。

 リルの瞬発力は、強化されたヤタガラスと同等。

 ヤタガラスの影に隠れて移動することなど、朝飯前である。


「このオレが……こんな小娘に……!」


 腕に魔力を集めていたガレッドは、魔力で身を守ることもできず、リルの不意打ちを食らってしまった。

 両目の欠損。これでは、シャルルと戦うことなど到底不可能である。


「私の攻撃じゃ、どうしても火力が足りない。でも、こうしてあなたから光を奪うことならできる」


「……っ!」


 勝負はついた。

 盲目となったガレッドがいくら暴れたところで、今のシャルルを仕留めることはできない。


「――――ふふふ、ふはははははははは!」


「……何が面白いの?」


「いやはや……まさか、こんなにも早く〝ストック〟を消費するとは思わなくてな」


「すとっく?」


 いつの間にか、ガレッドは赤い液体の入った瓶を持っていた。

 それを見たシャルルに、寒気が走る。


「っ! リル!」


「ふはっ! もう遅いわ!」


 ガレッドは、その瓶を口に放り込み、お構いなしに噛み砕く。

 

「この液体は……貴様ら人間から絞り出した生き血を、極限まで濃縮したもの……! 吸血鬼の力・・・・・を借りるのは癪だったが……この際仕方あるまい!」


――――明らかに魔力が増えてる……⁉


 シャルルは、ガレッドが放つプレッシャーを受け、思わずあとずさりした。

 ガレッドの傷が、みるみるうちに治っていく。

 深々と抉ったはずの目の傷も、瞬く間に完治してしまった。


「人間の生き血程度で、まさかここまで強化されるとはな」


 憎々しげにそう言いつつ、ガレッドは魔力を解き放つ。

 空気が震えるほどの魔力は、魔術の酷使で疲弊していたシャルルを苦しめる。


「うっ……く……」


「誇るがいい、小娘。血を飲む前のオレでは、決して貴様には勝てなかった」

 

 ガレッドが拳を振り上げる。

 そして気づいたときには、シャルルは数十メートル離れた場所に転がっていた。


「っ……⁉ な、何が……」


 シャルルが慌てて体を起こそうとすると、全身に鋭い痛みが走った。

 まるで体中の骨がズレてしまったと錯覚するような、そんな痛みだった。

  

「精霊どもに庇われたか……ふっ、従順だな」


 ガレッドが、地面に転がっていたヤタガラスの体を蹴り飛ばす。

 そのそばには、弱ったリルの姿もあった。

 そこでようやく、シャルルは自分が殴り飛ばされたことに気づく。

 リルとヤタガラスがクッションになってくれたおかげで、シャルルは致命傷を負わずに済んだのだ。


「さて……消えるがいい、小娘」


 もう、シャルルを守る者はいない。

 再びガレッドが拳を振り上げる。

 それを見たシャルルは、小さく笑った。


「……何を笑っている。気でも触れたか?」


「――――ありがとう」


「む?」


「あなたのおかげで……私はもっと強くなれることが分かった」


 シャルルがそうつぶやくと、試練の森を囲んでいた結界が、突然音を立てて砕け散った。


「な、なんだ……⁉」


 ガレッドは、上空に漂う異様な魔力を察知した。

 顔を上げれば、そこにはひとりの美しい女の姿。


「……またもやギリギリ合格といったところね、恋敵さん」


ズル・・されなければ、私が勝ってた」


「あらそう。まあ、そんなことはどうでもいいわ」


 シャルルのもとに舞い降りたカグヤは、玩具を見るような目で、ガレッドを見つめた。


「あら、頑丈そうなオモチャがいるわ。弟子から私へのプレゼントかしら」


「悔しいけど……譲る」


「じゃあ、遠慮なく」


 そう言って、カグヤは無邪気な笑みを浮かべた。 

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