第26話 モブ兵士、迫る

「……これ、あんたと勇者が連れてきた被害者のカルテ」


 そう言いながら、ランツェル先生は数枚の資料を見せてきた。


「〝右手〟に……ドーナツ型の痣、ですか」


 ランツェル先生の資料には、そう書き記してあった。

 そしてその隣には、痣のスケッチと思われる絵が一枚。


「遺体にもあったんだけどね……解剖中に何故か消えちゃっ・・・・・たんだよ・・・・。ボクの気のせいかと思ったから、特に報告もしなかったんだけどね」


「……なるほど」


「その痣がどうかした?」


「仮説でしかないのですが……」


 この痣は、吸血鬼によってつけられた〝マーキング〟かもしれない。

 最悪のパターンとしては、すでに〝眷属化〟が済んでいる者の証という線もある。

 遺体から消えたのは、なんらかの役目を果たしたことで、効果が切れたからだろう。

 

「吸血鬼に襲われる予定のやつか、それともすでに襲われた証か……ってことだね」


「はい……」


 俺はつい先日、勇者学園でこの痣と同じものを見たばかり。

〝彼女〟については、色々な意味で警戒しておいたほうがよさそうだ。 


「ランツェル先生、ありがとうございました。これでまた、解決に一歩近づけた気がします」


「そいつはよかった。じゃあ、診察料で六千ゴールド置いてきな」


「診察料⁉」


「くくく……冗談だよ。代わりに、あんたが死んだときは、ボクに解剖させてね? その体、ずいぶんと研究しがいがありそうだからさ」


「か、考えておきます……」


 不気味な笑い声のランツェル先生を背に、俺は診療所をあとにした。

 この診療所のお世話になることは、できるだけ避けよう。

 本編でも、効能の分からない薬を売りつけてくることが多々あった。

 いくら俺がモブでも、その餌食にならないとは限らない。



 診療所を出た俺は、カグヤに協力を仰ぐべく、そのまま月の塔へ向かうことにした。するとその道中、はるか遠くから、こちらに向かって飛来するカグヤの姿が見えた。

 

「おいおい……タイミングよすぎだろ」


「アナタに呼ばれた気がしたの」


 そう言いながら、カグヤは俺の隣にふわりと着地する。


「……確かに会いに行こうと思ってたけどさ」


「あら、本当に探してたの? 驚いたわ」


「全然心通じてないじゃん……」


 俺のツッコミに対し、カグヤは妖しく微笑む。


「少なくとも、私はアナタに会いたかったわ。アナタも私に会いたいと思っていたなら、それは心が通じてるってことじゃない?」


「っ……」


 反則級の笑顔を向けられ、心臓の鼓動が激しくなる。

 お互いに散々舐めた口を利き合っているが、やはりカグヤはヒロインなのだ。

 その魅力は、どうしても俺の心を惹きつけるようになっている。


「それで、私になんの用かしら? デートなら歓迎するわ」


「……悪いけど、そういう誘いじゃない」


「あら、残念」


「吸血鬼がまだ生きてる。お前の力を借りたい」


「ふーん……?」


 ついさっきまで微笑んでいたカグヤの表情が、突然獰猛なものへと変わる。


「戦う機会がなくて、この前は不完全燃焼だったの。欲求不満が解消できそうでよかったわ」


「そ、そうか……」


 確かに、前回の捜査ではほとんどついてくるだけだったもんなぁ……。

 少し申し訳ないことをしたと思っていたのだ。


「それで、私は何をすればいいのかしら」


「……ひとつ、吸血鬼に迫るための作戦がある。それに協力してもらいたい」


「構わないけど……」


 吸血鬼は、人々の中に紛れ込み、悠々と狩りをしている。 

 まずはやつの正体にたどり着く。

 そして必ず、報いを受けさせてやる。


◇◆◇


 日が暮れて、夜の帳が完全に下りた頃――――。

 教会の神父であるダンは、子供たちに気づかれないよう、慎重に外に出た。

 するとその目の前を、ひとりの女性が横切る。

 その女性の手の甲には、特徴的な痣があった。


「……あの、すみません」


「はい?」


 女性に声をかけたダンは、すぐに彼女のもとへ駆け寄った。


「失礼ですが、その手の痣……いつ頃から浮かび上がってきたか分かりますか?」


「……つい先日、王都に来てからよ」


「……なるほど」


 真剣な表情を浮かべたダンは、ちらりと教会のほうを見る。

 そして首から下げたロザリオを握りしめ、改めて女性と向き合った。


「あなたは今、悪魔に目をつけられています。このままでは、近いうちに不幸な目に遭うことでしょう」


「……まあ、それは怖いわ」


「……?」


 そのとき、ふと女性が微笑んだように見えた。

 しかし、そんな不吉なことを言われて、喜ぶ者がいるわけがない。

 ダンはすぐに気のせいだと思い込み、言葉を続けた。


「私の教会なら、その痣を消すことができます。もちろん、お代などいただきません。手遅れになる前に、悪魔の呪いを祓いましょう」


「……分かりました、どうか私をお助けください、神父様」


「もちろんです。では、どうぞこちらへ」


 ダンの案内のもと、女性は応接室へと通された。

 ダンは女性にソファーに座るよう促し、二人分の紅茶を淹れる。


「まずは、カウンセリングから始めましょう。紅茶でも飲んで、リラックスした状態で」


 紅茶のいい香りが、部屋いっぱいに広がる。

 女性はその香りに安心した様子で、表情を和らげた。


「いい香りでしょう? この紅茶には、荒んだ心を落ち着かせる効果があるんですよ」


「へぇ……そうなの」


 女性が紅茶を口に含む。

 それを見ていたダンは、気づかれないよう唇を噛んだ。


「っ……では、始めますね。カウンセリングと言いましたが、要は他愛のない話をするだけです。今悩んでいることや、最近身の回りで起きた出来事について教えてください」


「分かったわ。えっと……さい、きん……は……あ、あれ……?」


 女性の体が揺らぐ。

 彼女は今、強烈な眠気に襲われていた。

 

「大丈夫ですか⁉」


「だい……じょ……――――」


 慌ててダンが声をかけるが、女性はそのままソファーに倒れ込んでしまった。

 それから少しして、安らかな寝息が聞こえ始める。


「……寝てしまわれましたか。仕方ありませんね」


 ダンは冷たく言い放つと、女性の体を横抱きにして、応接室を出た。

 そして廊下の奥にあった鍵付きの扉を開ける。

 扉の向こうには、地下へと伸びる階段があった。

 ダンは内側から扉を施錠し、女性を抱え直して階段を下りていく。


 地下室は、食材や回復薬などの倉庫になっていた。

 ダンは部屋の中心に女性を寝かせ、積み上げられた荷物の中から縄を取り出した。

 

「……」


 女性に対し、ダンは縄をかけようとする。

 しかし、寝ていたはずの女性は、突如としてその目を開いた。


「私を縛ろうとするなんて、ずいぶんな不届き者ね」


「なっ――――⁉ クソっ!」


 ダンはとっさに近くにあった修繕用の木材を掴み、女性に向かって振り下ろす。

 女性はニヤリと笑うと、華麗な動きでそれをかわした。


「残念だけど、私を捕らえていいのは、愛しの夫だけよ」


 彼女――――カグヤは、指をひとつ鳴らす。

 すると、倉庫中の荷物が、ダンに向かって一斉に飛来した。

 回避する術を持たないダンは、瞬く間に荷物に押し潰されてしまう。


「い、一体……何が……」


 ダンが荷物の山からなんとか這い出ようとしたとき、地上に続く階段のほうから足音がやってきた。


「……ちょっと不安だったけど、上手くいったな」


 地下室に現れたシルヴァを見て、ダンは目を見開く。


「あ、あなたは……」 


「ダンさん。悪いけど、あなたを拘束させてもらいます」


 先ほどダンが使おうとしていた縄を手に取り、シルヴァはそう言い放った。

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