第27話 モブ兵士、推理する
まさか、NPCであるはずのダンさんが、吸血鬼なはずがない。
少し前までの俺は、そう考えていた。
しかし、色々と考えていくうちに、そうとも言いきれないということに気づいてしまった。
〝吸血鬼〟は、本来であれば早々に討伐されるはずだった魔族だ。
それが学園の実戦演習間近になっても生きている。すでに何かしら大きな影響が出ていてもおかしくはない。
「……被害者の中に、小さな女の子がいたんです」
拘束したダンさんに向かって、俺はそう告げた。
「吸血鬼は、人の生き血を吸い尽くし、殺害している。そこに情け容赦の跡はなく、ただ食事を済ませているだけ」
「……」
「だけど、ひとりだけ……吸血鬼が血を吸い切らなかった被害者がいた。それがその、小さな女の子です」
女の子が生き残ったのは、決して偶然ではなく、犯人側に何かしらの事情があったのではないかと考えた。
たとえば、身近に子供がいて、姿を重ねてしまった――――とか。
「……それだけで、私が犯人だと?」
「まさか。子供にゆかりのある人で絞り込むことはしましたが、それだけが理由じゃないですよ」
次に疑問を覚えたのは、目撃証言の少なさについてだった。
お世辞にも慎重とは言えない手口で人を襲っていた魔族が、突然人目を忍ぶことができるのか。
少なくとも、手がかりがまったくのゼロなんて状況は、生まれないはずだ。
しかし、その手がかりのなさが、俺をここへ導いてくれた。
「ターゲットを
「っ!」
「あんたは街の人間から信頼されている。そんな人に『呪われてるから解呪しましょう』なんて声をかけられたら、心当たりがある人間はホイホイついてくる。特に、突然こんな痣が浮かび上がってきた人はね」
微笑みを浮かべながら、カグヤは手の痣をダンさんに見せつける。
カグヤが痣の表面をゴシゴシと擦ると、それはすんなりと消えてしまった。
「偽物……!」
「彼女には囮になってもらいました。あんたへの疑惑をはっきりさせるために」
「くっ……!」
「あんたは、招き入れた痣持ちの女性を睡眠薬で眠らせ、食料として貯蔵していた。彼女たちの姿がここにないってことは、おそらくもう、堪能したあとなんでしょうね」
俺は、近くにあった木箱を蹴りつける。
大きな音が響き、ダンさんはとっさに身を竦ませた。
「よくも……罪のない人たちを食料にしてくれたな」
怒りに打ち震えながら、ダンさんを睨みつける。
「この場で叩っ斬ってやりたいところだが、色々と事情があってな。まずは騎士団本部へ連れていく。大人しくついてこい」
――――さて、
懐から羊皮紙を取り出し、ダンさんに見せつける。
「声は出すなよ。あんたを連れ出すところを、子供たちに見られたくない」
そんな俺の言葉に、ダンさんはひとつ頷く。
紙には、こう書かれていた。
〝あなたが脅されていることは分かっている。今は俺たちについて来てください〟
◇◆◇
ダンさんを騎士団本部へ送り届けた俺たちは、すぐに外に出た。
今頃、彼は本部備え付けの留置所の中に連れていかれたことだろう。
ことが終わるまでは、そこから出られない。
「それにしても……えらく大雑把な作戦だったわね」
カグヤにそう言われた俺は、たははと笑った。
「まあな……上手くいったのは奇跡だ」
「私の演技力のおかげね?」
「ああ、お前にか弱い女のふりができるとは……恐れ入ったよ」
「心はか弱い乙女だもの。簡単だわ」
色々とツッコミたい気持ちは山々だが、実際彼女の演技のおかげで上手くいったのは間違いない。ここは素直に感謝しておくべきだ。
「……それにしても、本当に彼は吸血鬼に脅されてるの?」
「……あの反応を見る限りじゃ、間違いないだろ。多分、子供を人質に取られてるんだろうな」
ダンさんは、吸血鬼ではない。
吸血鬼に脅され、女性を捕らえる役目を強要されていただけだ。
でなければ、彼が本編に神父として登場するわけがないのだから。
彼が吸血鬼の関係者だと勘ぐることになったきっかけは、あの応接室に通されたときだった。
吸血鬼という言葉に、彼は過剰に反応した。
それから、あの〝右手〟……吸血鬼との繋がりを示す何かがあったとすれば、しきりに気にしていたことにも納得がいく。
備え付けのカップには、頻繁に使われている形跡があった。被害者は、応接室に招かれていた可能性が高い。
神父という立場を利用した犯行であれば、目撃証言がないことにも納得がいく。
しかし、これらはすべて仮説でしかない。俺はただ、その仮説を確かめただけだ。
「……俺が吸血鬼を取り逃がしたせいで、ダンさんが加害者側に回るはめになった……あの人は悪くない」
罪は罪。しかし、俺だけは彼を責めるわけにはいかない。
「ダンさんとの会話は、ほぼ間違いなく吸血鬼に盗聴されてる。詳しく情報を聞くなら、方法を考えないとな」
ダンさんが裏切らないよう、吸血鬼は常に彼の状況を把握している必要がある。
その方法はまだ分からないが、そうでなければ脅しは成立しない。
情報を聞き出すなら、吸血鬼に悟られない方法で、だ。
「彼が吸血鬼に監視されているのは私も同意だけど、それならさっき見せた紙もまずかったんじゃない?」
「吸血鬼に伝わってるのは、音だけだ。だから問題ない」
「その根拠は?」
「目で見てるなら、自分が〝マーキング〟した相手を間違えるわけないからな」
マーキングした覚えがない人間が現れたら、吸血鬼から何かしらアクションを起こすはず。しかし、カグヤは疑われることなく、あっさりと地下倉庫まで連れ込まれた。その時点で、吸血鬼は音のみで情報を得ているのだと判断した。
おそらく、あの右手に何かが仕込まれているのだろう。そう考えれば、彼が会話中に手を気にしていた理由にも説明がつく。
「切れ者ね、あなた。まさに名探偵だわ」
「ふふんっ、こっちはゲーム脳だからな。ストーリー考察には自信があるんだ」
「げーむのう?」
ブレアスの世界観は熟知しているし、考察班の掲示板に書き込みをした経験もある。いわゆる筋書きというやつを考えれば、意外と分かったりするものだ。
さて、これで吸血鬼の食料源は潰した。
腹を空かせて暴れ回る馬鹿なら楽なのだが、おそらくそう上手くはいかないだろう。
「ねぇ、アナタ?」
「ん?」
「少なくとも、吸血鬼は十人以上の血を吸ったのよね」
「まあ……そうなるな」
「なら、だいぶ力をつけてると思うわ。食事を摂れば摂るほど、魔族はその力を増大させるから」
カグヤの言うことは、もっともだった。
やつらは、食べれば食べるほど魔族としての格を上げていく。
十人が犠牲になっていると考えれば、吸血鬼が成長しているということも想像に難くない。
「成長、か……」
街に潜伏した魔族の目的は、総じて
人を食らい、力をつけて、勇者の数を減らす。それがやつらの使命だ。
レベル3程度の魔族が現役の勇者に挑んだところで、大した成果は挙げられない。
だが――――相手が、まだ未熟な
「……勇者学園の実戦演習……引率教師は、確かリーブさんだったな」
本編では、実戦演習中にレベル3の魔族が襲ってくる。
そのときは一体しかいなかったおかげで、アレンたちだけでもなんとかなった。
しかし、吸血鬼がそこに加われば、事態は最悪だ。
「これからどうするつもり? 名探偵さん」
「……罠を張る」
「罠?」
「といっても、めちゃくちゃ脳筋な作戦だけどな……」
苦笑いを浮かべながら、俺は思いついた作戦をカグヤに伝える。
我ながら、単純な脳みそをしてるもんだ。
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