第25話 モブ兵士、頼られる

 シャルたそとのデートから、数日後のことだった。

 俺はもはや何度目か分からない呼び出しを受けて、エルダさんのもとに訪れていた。


「何度も呼び出してしまってすまないな」


 そう言うエルダさんの顔は、いつにも増して真剣だ。


「いえ……あの、今日はどんな御用で」


「最近、王都では新たな事件が起きていることは知ってるか?」


「新たな事件?」


「……誘拐だ」


 憎々しげにつぶやいたエルダさんは、深いため息をつく。


「今週に入ってから、すでに八件の誘拐事件が起きている。狙われているのは若い女性ばかりで、今のところ手がかりはほとんどない」


「八件もあって……手がかりがない?」


「こちらも手を尽くしているが……分かっているのは、全員外出中に狙われていることと、黒いローブを羽織った怪しい人影の目撃証言だけだ」


「っ……!」


――――黒いローブ。


 そこから連想されるのは、やはり〝吸血鬼〟の存在。

 やつは人間を誘拐し、備蓄していた。もしかすると、新たに発生した八件の行方不明事件も、吸血鬼の仕業かもしれない。


「犯人は大胆でありながら、極めて用心深い。こちらも相当巡回を強化したが、まんまと出し抜かれてしまっている。そこで……貴様から、カグヤに協力を頼んでほしい」


「それは構いませんけど……別に俺を通す必要はないのでは?」


「カグヤともっとも仲がいいのは貴様だ。貴様の言うことであれば、やつも聞くだろう」


「……聞いてくれますかね、あいつ」


 絵に描いたような天邪鬼が、果たして頼みを聞いてくれるか――――。


「貴様で駄目なら、誰が頼んでも同じことだ」


「……分かりました。頼んでみます」


「ああ、よろしく頼む」


 すでにカグヤの〝月光浴〟は終わっているだろう。今頃どこかで遊んでいるに違いない。

 彼女に借りを作るのは避けたいところだが、四の五の言っている状況ではないことは分かっている。


「それと……立て続けで悪いが、貴様にもまた捜査に加わってほしい」


「え……」


「なんだ、その驚いた顔は」


「あ、いえ……こっちはもうそのつもりだったんで」


 こっちは、吸血鬼をこの手で討伐すると決意したばかり。

 しかし、よく考えてみれば、俺はまだ正式な命令は受けていない。

 ひとりで勝手に舞い上がっていたことに気づき、羞恥心がこみ上げてくる。


「ふっ……あははは! やる気があるようで感心だな! シルヴァ!」


「いや、その……まあ、やる気はあります」


「そうかそうか。だが、貴様には勇者学園の実戦演習にも参加してもらわねば困る。何かあったときは、そっちを優先してくれ」


 俺はひとつ頷く。

 事件も重要だが、育てるべき勇者の安全を確保することも、騎士団の重要な役目だ。どちらも最優先。手を抜くわけにはいかない。


「すまない……苦労をかける」


「今更ですよ」


 むしろ、謝られると調子が狂う。

 エルダさんには、思い切りこき使われるくらいがちょうどいい。


「先に失踪者リストを渡しておこう。聞き込みをするときは、参考にしてくれ」


 エルダさんから、事件に巻き込まれた女性のリストをもらう。

 八人の名前に目を通した俺は、とある名前に違和感を覚えた。


「……騎士団長」


「ん、どうした?」


「吸血鬼に殺害された人の遺体って、まだ残っていますか?」


「いや、吸血鬼事件の解決と共に、すでに火葬されている」


「じゃあ……その遺体を調べた方はいますか?」


「診療所のランツェル=フォルザートに協力を仰いだが……」


 ランツェルの名前なら知っている。 

 街の診療所に勤務する医者で、攻略キャラのひとり。

 絆を深めていくと、回復アイテムを安く売ってくれるようになるのだが――――まあ、そんな話は置いといて。

 

「それがどうかしたか?」


「少し、気になることがありまして……」


 ふわりと浮かび上がってきた、ひとつの筋書き。

 それが正しいかどうか確かめるには、調べなければならないことが山ほどある。

 とてもモブに務まる役目とは思えないが……やってみるしかない。


「……ふふっ、やはり……どうしても貴様には期待してしまうな」


「へ?」


「こちらの話だ。では、諸々頼んだぞ」


「はい」


 そうして俺は、騎士団本部をあとにした。



 そのままの足で俺が向かったのは、ランツェル=フォルザートがいる診療所だった。


――――相変わらず、すごい臭いだな。


 中に足を踏み入れると、強烈な薬品の臭いが鼻を突いた。

 医者であるランツェルは〝薬剤師〟としても活躍している。

 これはその素材の臭いだろう。


「すみません、ランツェル先生はいらっしゃいますか?」


 診療所の奥に声をかけると、しばらくして白衣の女性が姿を現した。


「……怪我人? それとも病人? ……いや、どっちでもなさそうだね」


 ボサボサの深い青色の長髪に、色濃く目立つ目元の隈。

 白衣の下は、薄手のキャミソール。胸元には深い谷間がくっきりと見えている。

 こちらとしては、全体的に目のやり場に困ってしまう装いだ。


「あんたは確か……前に魔族に襲われたって女を連れてきた……」


「はい……一度しか顔を合わせてないのに、よく覚えてましたね」


「覚えてるさ。あんな〝化物〟と一緒にいたんだから」


 化物とは、カグヤのことだろう。酷い言い様だが、なかなかどうして否定できない。

 ランツェル先生は、おもむろにたばこに火をつける。

 日本にあったものと変わらない香りが、部屋に漂い始めた。


「名前は?」


「し、シルヴァです」


「へぇ……」


 ランツェル先生は、何故か俺をジロジロと観察し始めた。


「……あんた、面白いね。一旦脱いでくれる・・・・・・?」


「――――は?」


「なんか用があって来たんだろ? 聞いてほしけりゃ、一回脱いで」


「い、いや……脱ぐことになんの意味が……」


「早く。上半身だけでいいから」


「……」


 ランツェル先生の悪癖が出たな、こりゃ。

 ゲーム本編でも、彼女は他人を脱がせる癖がある。そうすることで、相手がどんな人間なのか分かるらしい。

 仕方なく、俺は着けていた革鎧を外し、シャツを脱ぎ捨てた。

 

「へぇ、案外着痩せしてるんだね」


「ま、まあ……」

 

「……」


「……」


 謎の沈黙が広がる。

 動いていいかどうかも分からない俺は、ただ真っ直ぐ立ち尽くすことしかできなかった。


「――――ん、オッケー。大体分かった。もう服着ていいよ」


「これにはなんの意味があったんです……?」


「あんた、騎士じゃなくて兵士なんでしょ?」


――――全然聞いてねぇ。


「そ、そうですけど」


「それなのにこの体か……興味深いね。どうやったらここまで仕上がるんだろう」


 何やらメモを取り始めた彼女を見て、俺は首を傾げる。

 そんなにおかしかったかな、俺の体。

 鏡で見ても、特に変なところはないと思うんだけど……。


「まあ、あんたの体はこのあと解剖してもっと詳しく調べるとして……」


「解剖⁉」


「……冗談だよ。それで、ボクになんの用?」


「心臓に悪いですよ……えっと、吸血鬼に襲われた被害者について調べたいことがありまして」


「被害者? 遺体ならもうここにはないけど。情報なら、全部騎士団に伝えてるし」


「いえ、俺が知りたいのは、被害者の〝右手〟についてです」


 俺がそう言うと、ランツェル先生はピクっと反応した。

 何か思い当たることがあったようだ。


「……その情報なら心当たりがあるよ」


――――ちょっと待ってて。


 そう言い残し、ランツェル先生は一度奥に引っ込んだ。 

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