第24話 モブ兵士、決意する
「ここっ!」
男の子が指差した先に、教会はあった。
日本でもよく見るような、十字架のついた建物だ。
俺たちが教会に近づくと、焦った様子の男性が、勢いよく飛び出してきた。
「あっ! しんぷさま!」
「アーディ!」
キャソックを着たその男性は、ホッとしながら俺たちのもとに駆け寄ってきた。
「ああ……よかった! あ、えっと……私はダンと申します。その子の保護者です」
「そうでしたか」
この神父さん、ダンって名前なのか。
ゲームでは神父としか表示されていなかったから、名前を知れたことに少し感動した。
「よかったな、アーディ。家についたぞ」
「うんっ! おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう!」
俺の背中から降りたアーディは、そのままダンさんに抱きついた。
アーディを抱き上げたダンさんは、俺たちに向けて頭を下げた。
「本当にありがとうございました。アーディがみんなとはぐれたことを知ったときは、心臓が止まるかと思いましたよ」
「ぼくがはぐれたんじゃないよ! みんながぼくからはぐれたんだ!」
「ああ、そうだったね。でも、あとでみんなにも謝るんだよ? たくさん心配させちゃったんだから」
「……わかった」
アーディは素直でいい子だな。
どこかの特級勇者に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「あ、そうだ。お二人に何かお礼をさせていただきたいのですが……」
「お構いなく……と言いたいところなんですが、ダンさんに少し聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
「え? あ、はい、もちろん構いませんが……」
ダンさんから許可を取ったあと、俺はシャルたそのほうに振り返る。
「ごめん、シャルたそ。ちょっと時間もらえる?」
「うん、もちろん」
「ありがとう」
〝吸血鬼〟の事件について、俺はまだ、すべてが解決したとは思っていない。
吸血鬼と言えば十字架が苦手――――という安直な考えでしかないが、何か小さいヒントでも手に入ることを願おう。
教会の中は、かなり年季が入っているものの、隅々まで手入れが届いているように見えた。
「建物自体は古いですが、かなり綺麗でしょう? 子供たちが協力して、毎日掃除してくれるからなんですよ」
「だって! そうじしたらしんぷさまがおかしくれるから!」
「……そういうことは言わなくていいのです」
ダンさんは恥ずかしそうに顔を伏せた。
なるほど、もので釣って掃除させてるのか。
言い方は悪いけど、別に駄目なことってわけじゃないと思う。
「あ! アーディだ!」
「どこいってたのー⁉」
中で遊んでいた子供たちが、俺たちの周りに集まってくる。
意外と人数がいるものだな。
「しんぷさまー、このおにーさんたちだれー?」
「アーディをここまで連れてきてくれた人だよ」
「そうなんだ! アーディをつれてきてくれてありがとう!」
なんてよくできた子供たちだ。
きっとこれも、育ての親であるダンさんの影響だろう。
「ほら、アーディ。みんなのところで遊んでなさい」
「はーい。おにいちゃんおねえちゃん! またね!」
子供たちと共に手を振って去っていくアーディに、俺は手を振り返す。
隣にいたシャルたそも、同じく手を振っていた。
「さて……応接室にご案内します。話はそこで」
「はい、お願いします」
ダンさんに連れられ、俺たちは応接室へと通された。
頻繁に使われている形跡があり、小綺麗な印象を受けた。
「それで……聞きたい話とはなんでしょう」
ダンさんは三人分のお茶を淹れると、対面のソファーに腰かけた。
「〝吸血鬼〟について、教会に何か情報がないかと思いまして」
「きゅ、吸血鬼……ですか⁉」
分かりやすく動揺したダンさんに、俺は首を傾げた。
吸血鬼という言葉に、そんな驚く部分があったのだろうか。
「あ、す、すみません……えっと、それは伝説上の吸血鬼についてでしょうか。それとも、少し前にあった〝吸血鬼〟騒動についてでしょうか」
「まあ……どちらもと言いますか」
「どちらも? 事件のほうは解決したと聞きましたが」
「そうなんですけど……少し気になることがありまして」
「……失礼ですが、シルヴァさんは騎士様か何かで?」
「はい、一応……」
騎士ではないけど、捜査には参加したんだから、すべて嘘というわけではない。
「そうでしたか……」
俺の身分を知った途端、ダンさんは分かりやすく目を泳がせた。
しきりに革の手袋をつけた右手をさすり、たまに窓の外へ視線を向ける。
「……どうかされました?」
「え? あ、いや! なんでもありません……」
「……」
懸命な作り笑いで、ダンさんはこの場を誤魔化した。
できれば追及していきたいところだが、今日の俺は非番だ。
迂闊に踏み込んで追い出されでもしたら、何も情報を聞けなくなる。
「……何かご存じですか? 〝吸血鬼〟について」
「そ、そうですね……伝説のほうでしたら、聖職者として学んだことがあります」
「詳しく聞かせていただけますか?」
「分かりました……まず〝吸血鬼〟という言葉は、はるか昔に現れた、伝説の魔族に対する呼称です。〝ヴァンパイアバット〟から進化したとされるその魔族は、ひとつの街を一晩で壊滅できるほどの力を持っていたとされています」
ヴァンパイアバットは、ブラッドバットの上位種とされている魔物だ。
血液を操る能力を持ち、騎士でも数を集めなければ討伐が難しいとされる、厄介な存在である。そんな魔物から進化した魔族は、さぞ強いだろう。一晩で街を壊滅させると言われても、大して驚かない。
「血を蓄えれば蓄えるほど強くなる性質があり、街中の血をかき集めた〝吸血鬼〟は、一級勇者が数人集まってようやく討伐できたそうです」
当時の一級勇者が、今の一級勇者と同じレベルなのかは分からない。
だが、もし現在のレベルと同等だと考えるなら、国家の危機と捉えてもおかしくない事態だ。
「……伝説の記述によると〝眷属〟を生み出す力もあったそうです。血を分け与えられた人間は、同じく吸血鬼の力を得て人を襲うんだとか」
「――――その話を聞きたかったんです」
思わず前のめりになってしまった。
一番重要な話は、まさにその〝眷属〟の部分。
前世では、吸血鬼に血を吸われた者は吸血鬼になってしまうなんて伝承があった。
こっちの世界でも、同じような話があるのか気になっていたんだ。
下位互換とはいえ、ブラッドバットから進化した魔族も〝眷属化〟の力を持っていてもおかしくはない。 つまり、あのとき俺が倒した魔族は、眷属化された人間だった可能性が――――。
「っ……」
「シルヴァ?」
「あ、いや、大丈夫……」
俺が顔をしかめたのを見て、シャルたそが心配そうな表情を浮かべた。
最初に〝吸血鬼〟と接触したとき、あの場で討伐できていれば、彼は〝眷属化〟されなかったかもしれない。
そう思えば思うほど、胸の内に後悔が広がっていく。
――――いや、まだ可能性の話だ。
すべては俺の杞憂かもしれない。
ただ、もしこれまでの仮説が合っていたとしたら……。
そのときは、今度こそやつを討伐する。俺のやるべきことは、もうそれだけだ。
「……お話ありがとうございました。参考にさせていただきます」
「は、はい……何かありましたら、また教会をご利用ください。子供たちもきっと喜びますから」
そう言いながら、ダンさんは革手袋に包まれた自身の右手をさする。
「その手……どうかされたんですか?」
「へ? あ、ああ……少し前に火傷してしまいまして」
俺は彼の答えに疑問を持った。
ここは教会。回復アイテムを売ってくれる場所だ。
手の火傷くらい、すぐに治療できるはずなのだが……。
――――まあ、子供を育てるのも大変だろうしな。
治療するにも、回復アイテムを使わなければならない。
アイテムは決して安いものではないし、大した怪我じゃないなら使わないという判断は、不自然ではない。
「……お大事にしてくださいね」
「は、はい」
そんなやり取りを最後に、俺とシャルたそは教会をあとにした。
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