第23話 モブ兵士、約束する

「覚えてろ……! いつか絶対……お前をこの手で……っ!」


 そう言い残し、アレンは泣きべそをかきながら、彼女たちと共に訓練場を去っていった。

 負け犬の遠吠えでしかないが、この先アレンには成長の余地がある。俺も油断せず、鍛錬を続けるとしよう。


「かなり恨まれているようだな、シルヴァ」


 あちゃーという顔をしながら、エルダさんは言った。


「まあ……色々ありまして」


「事情があるのは分かったが、彼も大事な勇者候補だ。それに、かなり優秀な人材とも聞いている。あまりいじわるしてやるなよ」


「今後のあいつ次第ですよ、それは」


 これからもシャルたそに変にちょっかいをかけてくるようなら、そのときはもう手加減できる自信がない。

 こっちも、できればアレンとは絡みたくないのだ。

 どうか反省して、引き続き立派な勇者を目指してほしい。


――――まあ、あの様子じゃ無理だろうけど。


「シルヴァ、エルダ騎士団長とも知り合いなんだ」


「え? あ、まあ……上司だしね」


 そんな会話を聞いていたエルダさんが、シャルたそのほうに顔を向ける。


「エルダ=スノウホワイトだ。君は確か〝吸血鬼〟の事件に協力してくれた――――」


「シャルル=オーロランドです」


「そうだ、シャルルだったな。シルヴァから君の話は聞いている。かなり優秀だとな」


「光栄です。……シルヴァにはいつもお世話になってます」


「うむ。シルヴァは私の知る中でもっとも強い兵士だ。騎士の中でも、彼を超える者はなかなかいない。共にいるだけで、きっと君の将来のためになるだろう」


「はい、私もそう思います」


「はははっ! 見る目のある娘だな!」


 エルダさんが豪快に笑う。

 こっちは推したちに褒められまくってるせいで、顔が熱いよ。


「ごほんっ……お話の途中ですみません、エルダ騎士団長。そろそろ打ち合わせに戻りたいのですが」


「おっと、すまなかった。では二人とも、またな」


 リーブさんに声をかけられたエルダさんは、踵を返した。

 しかし、すぐに振り返って、笑顔で俺のほうを見る。

 この顔……何故かすごく嫌な予感がする。


「あ、そうだ。シルヴァ!」


「はい?」


「人の敷地で勝手に暴れたペナルティだ! 貴様も勇者学園の実戦演習に参加しろ!」


「え……?」


「貴様に断る権利はない! ではな!」


 気持ちのいい笑顔を見せながら、エルダさんは俺の反応を無視してこの場を立ち去った。

 彼女の言葉に茫然自失した俺は、しばらく立ち尽くすことしかできなかった。


◇◆◇


「……仕方ないよな、不法侵入だし」


 シャルたそと共に学園を出てから、俺はとぼとぼと歩いていた。

 怒りで我を忘れていたとはいえ、部外者である俺が学園の敷地に足を踏み入れるのは、褒められたことではない。


「ごめん、シルヴァ。色々面倒をかけちゃった」


「シャルたそが謝る必要なんてないよ。これは俺の意思でやったことなんだから」


 実戦演習に参加しなければならなくなったのは、本当に誤算だった。

 しかしよく考えれば、不法侵入をその程度の仕事で許してもらえるのは、まさに破格の対応だ。なんだかんだ、エルダさんは俺に目をかけてくれている。こちらとしては……まあ、望んでいない部分もあるけれど、わざわざ不義理を働くような真似はしたくない。


「でも、これですっきりパーティを辞められそうだな。よかったじゃないか」


「うん、シルヴァのおかげで、勇気が出た。本当にありがとう」


 シャルたそは、心の底から嬉しそうにそう言った。

 照れてしまった俺は、首の後ろを掻く。

 推しの役に立てるなんて、控えめに言って幸せでしかない。


「新しいパーティメンバーを探すのは大変だけど……諦めずに探せば、多分なんとかなる」


「……そうだな。シャルたそなら大丈夫だ」

 

 これでシャルたそは、攻略キャラから完全に降りてしまった。

 きっともう、本編に大きく関わることはないのだろう。

 心配なのは、アレンとの繋がりがなくなったせいで、勇者になるというシャルたその未来が確約されなくなったこと。アレンのパーティメンバーにならなかったキャラが、この先どうなるのか。それはいちプレイヤーでしかなかった俺には、分からないことだ。

 

――――ん、待てよ?


 それなら、俺が深く関わっても問題ないんじゃないか?


「どうしたの? シルヴァ。そんなにニヤニヤして」


「え? あ、ああ、なんでもないよ」


 危ない危ない。

 俺は何を考えているんだ。いくらシャルたそがメインヒロインの枠から外れたところで、俺みたいなしがないモブと同じ立場なわけがないのに。

 ……ただ、変に意識して距離を取る必要は、もうなさそうだ。


「でも、またシルヴァに借りができた。何かで返さないと」


「そんなの気にしなくていいよ」


「気にしないわけにはいかない。シルヴァだって、調査協力のお礼ってことで、私と一日遊んでくれたんだし」


「……そう言えばそうだった」


 シャルたそを推すあまり、いつの間にかこっちから頼み込んだデートだと勘違いしていた。


「シルヴァ、私にしてほしいことない?」


「……また踏んで――――」


「ごめん、もうあれはやりたくない」


「ああ……」


――――残念だ。


 それならばもう、俺の求めることはひとつだけ。


「じゃあ……また一緒に遊んでくれないか?」


「……そんなのでいいの?」


「そんなのだなんて……俺にとっては、シャルたそとこうして遊べることが、何よりも幸せなんだ」


 推しを一日独占できるなんて、そんな幸せが他にあるだろうか?

 いや、ない。断じてない。世界が何度ひっくり返ったって存在しない。


「……そこまで言われちゃ、仕方ない」


 そう言ったシャルたその頬は、赤く染まっているように見えた。

 それは果たして夕日のせいなのか、それとも――――。


「分かった、またデートしよ?」


「ういぃぃぃいいいいいいい!」


「……急に奇声あげないで」


「これは失敬」


 感極まり過ぎて、つい声が漏れてしまった。

 ……漏れたどころじゃないか。


「……シルヴァ、あれ」


「ん?」


 突然、シャルたそが道の先を指差す。

 するとそこには、小さな男の子が座り込んでいた。


「うっ……ひぐっ……」


 うずくまって泣いているところを見るに、迷子の可能性もある。

 シャルたそと顔を見合わせた俺は、すぐに男の子のもとに駆け寄った。


「君、大丈夫?」


「ううっ……」


「……お母さんやお父さんは?」


「いない……」


「いない?」


「パパもママも……もういない……」


 そう言って、子供はまた泣き始めた。

 

「……家は分かる?」


「いえは……〝きょうかい〟だよ」


「教会?」


「しんぷさまのところ……みんなといっしょにそとであそんでてて……みんなどっかいっちゃった」


「……はぐれたのか」


 プレイヤーにとっての教会は、治療や回復アイテムを購入できる場所だが、設定上では孤児院としての役割もある。この子は、そこで世話になっているようだ。


「シルヴァ、この子を教会まで連れていってあげよう」


「ああ、賛成だ」

 

 そうして俺たちは、男の子を教会まで送り届けることにした。

 歩き疲れて動けないという男の子を背負い、教会までの道を歩く。

 ある意味、これはちょうどいいタイミングと言える。

 俺も教会で訊きたいことがあったのだ。 

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