第22話 モブ兵士、圧倒する

 地面を割ったときと違って、今回はさすがに手加減した。

 それでもアレンの体は、何度も地面をバウンドしながら吹き飛んでいき、再び壁に叩きつけられた。


「あ……アレン!」


「嘘……! まさかアレンが……!」


 マルガレータとレナが、アレンのもとに駆け寄る。

 この勝負は、俺の勝ちでよさそうだ。


「シルヴァ……!」


 駆け寄ってきたシャルたそは、そのまま俺に抱き着いた。

 柔らかな感触と花のようないい匂いが、俺の思考を一瞬溶かす。


「しゃ、シャルたそ⁉ ご褒美が過ぎますぞ!」


「何、その口調」


 おっと、オタク丸出しになってしまった。

 

「アレンにも勝つなんて、本当にすごい。とてもかっこよかった」


「そ、そうかな」


 まさか推しにかっこいいと言われる日が来るとは。

 前世では誰からも言われたことなかったのに、えらい差である。


「〝癒しを与えよ〟! ヒール!」


 倒れているアレンに向かって、マルガレータが回復魔術を使用する。

 マルガレータの回復魔術は、体の傷を治すことができる。

 彼女がいることが分かっていたから、俺も遠慮なくアレンをぶん殴ることができた。


「くっ……一体何が……」


 アレンが体を起こす。

 どうやらもう動けるレベルに回復したらしい。


「アレン、大丈夫⁉」


「ああ……――――っ!」


 俺とアレンの目が合う。

 するとアレンは、再び目に闘志を宿し、剣を持って立ち上がった。


「必ずシャルルを取り戻す……! さあ! 俺と勝負だ!」


「……」


 アレン以外は、唖然とした表情を浮かべた。

 どうやらさっきの一撃で、戦闘中の記憶が飛んでしまったようだ。

 参ったな、これは。もう一度戦うしかないのか?


「アレン……」


「待っててくれ、シャルル。すぐに君を取り戻すから……!」


「今までありがとう。私は……今日限りであなたのパーティを抜ける」


「……へ?」


 アレンの顔が固まる。

 シャルたその言葉に驚いたのは、何も彼だけではない。

 マルガレータも、レナも、そして俺も……。


「シルヴァのおかげで、踏ん切りがついた。パーティを抜けても、必死に努力すれば、きっとまだ勇者になれる……あなたたちにこだわる理由は、ない」


「な、何を言ってるんだ! シャルル! やっぱりその男に洗脳されて――――」


「聞けッ!」


「っ⁉」


 いつも同じトーンで喋るシャルたそが、声を荒げた。


「私は、誰にも操られてなんかない」


「そんなはずは……だってオレたちは、絆を深めたパーティで……」


「確かに、私は仲間としてアレンを信頼してる。だけど、男としてあなたに好意を抱いたことは、一度もない」


「なっ……⁉」


 そこ、驚くところなのかな。

 誰の目から見ても明らかだったと思うけど。


「あなたの好意を、私は受け入れない。だから……もう諦めて」


「い、嫌だ……! オレは、君たちと恋人になって……最強の勇者に……!」


 アレンが俺を睨みつける。

 そこには、強い恨みの感情が込められていた。


「やっぱり……! お前のせいでシャルルが……っ!」


「ちょ、ちょっと! アレン⁉」


 レナの制止もむなしく、アレンは剣を振りかぶる。


「〝魂鳴魔術ソウルボンド〟……! 発動!」


 マルガレータとレナの体から光が溢れ出し、アレンの剣に集まる。


 ――――そうか、だからお前はそんなに執着してたのか。


 俺は〝魂鳴魔術ソウルボンド〟がなんなのか、よく知っている。

 仲間との絆を特別な魔力に変換し、放つ。

 それこそが、やつの魔術の能力。

 変換される魔力の総量は、近くにいる仲間の人数、そしてその関係値によって決まる。要は、恋人が多ければ多いほど、魔術の威力が上がるというわけだ。


 この魔術の習得を選んだ時点で、彼は仲間を増やし、絆を深めなければならなくなった。シャルたそに固執していたのも、己の魔術のためだったわけだ。


「……救えねぇな、ほんとに」


 まるで、初プレイの俺を見ているようだ。

 そりゃそうか。俺は何度もやり直して、ブレアスをクリアするための最適解を導き出した。しかし、こいつの人生はたった一回・・・・・生きることプレイングが下手なのは、当然のことだ。


「じゃあ許します――――なんて、言うつもりはないけどな」


 俺は剣に魔力を込める。

 たとえ立場はモブだったとしても、俺はもうこの世界の住人だ。

 俺の人生だって、きっとこの一回で最後。

 アレンの所業を許す理由など、ない。


「うおぉぉぉぉおおおッ!」


 アレンが剣を振り下ろす。

 放たれたのは、赤と金、彼の恋人たちの髪と同じ色の魔力によって形成された、宙を走る斬撃だった。

 大した威力だ。とても勇者候補が放った攻撃とは思えない。

 ただ……。


「ゼレンシア流剣術……」


 ――――〝青天〟


 横なぎに振るった剣が、アレンの斬撃を斬り払う。

 斬撃は空中で光の粒子となり、霧散した。


「お、オレの……〝魂鳴魔術ソウルボンド〟が……」


「……シャルたその本心を聞いておいて、まだやるのか?」


「う……うるさい! やっぱりお前は魔族だ! だからシャルルを……!」


 分からず屋にもほどがある。

 跳びかかろうとしてくるアレンに対し、やむなく剣を構えようとした、そのとき。


「何をしているのですかっ!」


 突然、そんな声が訓練場に響いた。

 現れたのは、栗色の髪の女性だった。深緑色のジャケットを着ていることから、この学園の教師であることが分かる。


「リーブ先生……」


「アレン! これはどういう状況ですか!」


「あ、えっと……こ、こいつに魔族の疑いがあって……」


 しどろもどろになりながら、アレンは俺を指差す。

 これは面倒臭いことになった。アレンから疑われるのは大した問題ではなかったが、大人まで話が行くとだいぶ厄介だ。疑いはすぐに晴れるだろうけど、調査のためにしばらく拘束されることになる。


 リーブと呼ばれた女性は、俺に訝しげな視線を向けた。

 この様子だと、とても逃がしてくれないだろう。


 ――――てか、この人誰だ?


 ブレアスを周回する中で、リーブなんてキャラは一度も出てこなかった。つまりは、俺と同じモブキャラということになる。

 しかし、彼女の外見はメインキャラ級に整っており、右手の甲には不思議な形の痣がある。

 とてもモブのキャラデザには見えない。

 もしかすると、開発途中でボツになったキャラだったりするのだろうか? 俺のようなイレギュラーもいるんだから、それくらいいてもおかしくはないが……。


「――――その男の身元は、私が保証する」


 どうしたものかと困っていると、リーブさんの後ろから見知った顔が現れた。

 それと同時に、俺はげんなりとした表情を浮かべる。


「エルダ騎士団長……」


「妙なことに巻き込まれているな、シルヴァ。とてつもない魔力を感じて来てみたら、まさか貴様がいるとは」


「まさかはこっちのセリフですよ……」


 困惑した様子のエルダさんは、リーブさんと共に俺たちに近づいてきた。そして俺に疑いを向けているアレンに向かって、彼女は口を開く。


「シルヴァは私が信頼する部下のひとりだ。決して魔族などではない」


「そ、そんな……」


 崩れ落ちそうになったアレンを、マルガレータとレナが支える。

 ひとまず、エルダさんのおかげで疑いはどうにかなりそうだ。


「それで……騎士団長はどうしてここに?」


「ああ、今度この学園で行われる〝実戦演習〟の打ち合わせに来たんだ」


 実戦演習とは、アレンが初めてレベル3の魔族と対峙することになる、中々大きなイベントである。捕らえておいた魔物や魔族を森に放ち、それを討伐するのが、実戦演習の内容だ。しかし、演習中に外部からレベル3が侵入し、生徒に襲い掛かる――――というのが、本編にある流れ。


「演習には、万が一に備えて騎士団が同行するからな。詳しく打ち合わせしておかねばならんのだ」


「なるほど……」


「それにしても、勇者候補に対して大人げないぞ、シルヴァ。お前が負けるはずないことくらい分かるだろ」


「ちょっ……」


 言っちゃいけない言葉を、エルダさんは笑いながら言い放った。

 案の定ショックを受けたであろうアレンが、がっくりと項垂れる。


「む? 私、なんかやってしまったか?」


「やっちゃいましたよ……間違いなく」 

 

 この人は、なんてナチュラルに人を傷つけるのだろう。

 まあ、おかげでスカッとしたのは事実だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

『あとがき』

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