第18話 モブ兵士、誘われる
「よくやってくれた! シルヴァ!」
騎士団本部に報告に行くと、エルダさんは満面の笑みで俺を出迎えてくれた。
彼女が上機嫌なのは、もちろん俺が魔族を討伐したからである。
今更だが、あそこにはわざと逃がして、カグヤに仕留めてもらうのが正解だった。
一度取り逃がしたことで、どこかムキになっていたのかもしれない。
「……騎士団長さん? 一応私もいるんだけど」
「チッ……貴様もご苦労だったな、カグヤ」
「ふふっ、光栄だわ」
意地の悪い笑みを浮かべるカグヤに対し、エルダさんは悔しげに顔をしかめた。
結局のところ、今回の件はカグヤと、途中で協力を申し出た勇者候補――――シャルル=オーロランドによって解決したというのが、騎士団全体の認識だった。
俺が討伐したという事実は、こうして直接報告を聞いているエルダさんしか知らない。
「はぁ……まあいい。貴様を出世させる手段なら、まだいくらでもある」
「いや……諦めるって言ってたじゃないですか」
「は、はて……そんなこと言ったかな?」
エルダさんは、すっとぼけた顔で口笛を吹き始めた。
上司なのだから、できれば約束くらい守ってほしいものだ。
「ごほんっ! と、ともかく! 今回はご苦労だった! 貴様らにはしかるべき報酬を支払わせてもらう」
机の上に置いてあった大きな皮袋を、エルダさんは俺たちに差し出した。
受け取って中を覗き込めば、そこには大量の金貨があった。どうりで重いわけである。
「……一応伝えておくが、廃屋で貴様らが見つけた者たちは、全員無事だったぞ。おそらく非常食として捕まっていたんだろうな」
「そうですか……」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
魔族に捕まって無事だったのは、まさに奇跡と言っていい。
本当に、間に合ってよかった。
――――しかし、本当にこれで終わりなのだろうか?
「あら、どうしたの? そんな浮かない顔して」
「どうした? 腹でも痛いのか?」
俺が考え込んでいると、カグヤとエルダさんが顔を覗き込んできた。
「あ、いえ……なんでもありません」
「そうか……ひとまず、色々とご苦労だったな。退室していいぞ」
「はい……」
そうして俺たちは、騎士団長室をあとにした。
騎士団本部の廊下を歩いていると、再びカグヤが俺の顔を覗き込んできた。
「何か引っかかることがあるのね」
「……よく分かったな」
「分かるわ。だって夫のことだもの」
そう言いながら、カグヤは微笑んだ。
「結婚した覚えはねぇ……けど、引っかかりがあるのは合ってるよ」
「ふーん……で、それは何かしら」
「うーん、今はまだなんとなくって言うか……考えてる途中っていうか」
思い浮かぶのは、人質の姿だ。
彼らは備蓄として閉じ込められていた。それについては俺も同意見だ。
しかし、妙に引っかかる。
「ふふっ、考え込むアナタも素敵ね」
「からかうなよ……一応真面目に考えてるんだから」
「あら、ごめんなさい。真剣なアナタの横顔が、あまりにも綺麗だったから」
「綺麗……」
そうだ、備蓄にされていた彼らは、薄汚れていてもおかしくないはずだった。
しかし彼らは、あまりにも小綺麗だった。
まるで捕まって間もないかのように――――。
これまで襲った人間をその場で吸血していた魔族が、どうして備蓄するようになったのか。
俺たちに食事を邪魔されたことで、急遽スタイルを変えたのかもしれない。
しかし、あの魔族にそんな知能があるのだろうか?
俺には、食欲に任せて無差別に襲い掛かる獣にしか見えなかったが……。
「……吸血鬼のことは、教会に聞くのが一番かな」
これで事件は解決したと思いたい。
しかし、わずかでも
「ねぇ、アナタ」
「ん?」
「事件も解決したし、私は一度〝月光浴〟に戻るわ」
「あ……そうか。悪かったな、何日も連れ回して」
「いいのよ、私から願い出たことだもの」
月の魔力に適応したカグヤは、一般的な方法で魔力を回復することができなくなった。月光を浴びる――――それこそが、彼女にとっての唯一の魔力回復方法である。
王都のはずれに、〝月の塔〟と呼ばれる使われなくなった見張り塔がある。
カグヤはそこがお気に入りで、魔力を回復するときは、必ずその塔の頂上で眠る。
「この先、私が必要になるときが来ると思うの。それまでに、ちゃんと万全な状態にしておくわ」
「……分かった。そのときはまた頼む」
――――そうだ、忘れるところだった。
「まだ報酬分けてなかったな、三等分だから……えっと」
「いらないわ、そんなはした金」
「……はした金」
ずっしりと重たい袋を見て、俺は愕然とした。
特級勇者が死ぬほど稼いでいることは知っているが、まさかこの大金がはした金と言われてしまうとは。
「私はアナタと一緒に過ごせただけで、十分満足したわ」
「……あんまり面と向かってそういうこと言うなよ」
「ふふっ、照れたのかしら? それじゃあね、可愛い旦那様。……浮気しちゃ駄目よ?」
そう言い残して、カグヤは廊下の窓から飛び立った。
なんとせっかちなのだろう。せめて入り口から帰ればいいのに。
「……送ろうと思ってたんだけどな」
苦笑いを浮かべつつ、俺は〝待ち人〟のもとへと向かうことにした。
騎士団本部を出ると、そこにはシャルたそがいた。
「待たせてごめん」
「ううん、問題ない。……カグヤは?」
「用があって解散したよ」
「そっか」
「……ありがとう、シャルたそ。おかげで解決したよ」
「お礼はいい。私も自分のために協力しただけ」
おすまし顔を浮かべながら、シャルたそはそう言った。
確かに今回の件で、シャルたそは間違いなく功績を上げた。
きっと勇者学園の成績にも、ある程度それが反映されるだろう。
しかし、俺はシャルたそが心優しい人間であることを知っている。たとえ自分の利益に繋がらなくても、シャルたそはきっと俺を助けてくれたはずだ。
ブラジオ捜しに協力してくれたときのように――――。
「それでも、俺はシャルたそに感謝してるよ」
「……ん」
俺がそう伝えると、シャルたそは照れた様子で顔を逸らしてしまった。
この顔を見ることができただけで、俺は満足です。
「そうだ、報酬なんだけど……」
「私の分はいらない」
「え⁉ な、なんで?」
「私はただ、魔族を見つけただけ。いつか正式な勇者になって、自分の力で魔族を倒すまで、報酬をもらうわけにはいかない」
「シャルたそ……」
なんて高い志。やはり門兵としてのんびり過ごしている俺とは、生き方が違う。
「……でも、代わりにほしいものがある」
「お、そういうことなら任せてくれ! シャルたそのためならなんでも買ってやる!」
「残念だけど、お金で手に入るものじゃない」
「え……」
シャルたそは、俺を上目遣いで見ながら、手を握ってきた。
そのあまりの可愛さに、思わず肩が跳ねる。
「私がほしいのは、シルヴァとの時間」
「そ、それって……」
「私と、一日デートしてほしい」
「シャルたそと……デート⁉」
「嫌?」
「めっそうもございません!」
「ならよかった……」
シャルたそは安堵の表情を浮かべながら、俺から手を放した。
オタクが推しとデート……果たして、そんなことがあっていいのだろうか?
いや、それがタブーであっても、推しの誘いを断るわけにはいかない。推しが手を差し伸べてくれたなら、行先がたとえ地獄であっても、その手を放さないのがオタクである。
「じゃあ、今度の休日空けといて」
「もちろん! 死ぬ気で空ける!」
「そこまで頑張らなくていい」
そう言いながら、シャルたそはくすりと笑った。
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