第19話 モブ兵士、初デートする
――――ど、どうしよう。
数少ない私服を広げながら、俺は頭を抱える。
今日は、念願のシャルたそのデート。
推しに恥をかかせるわけにはいかない。当然、身だしなみには気を遣う必要がある。
しかし……門兵の安月給でダラダラと過ごしていた俺は、おしゃれな服なんて持っていない。ここに並べた服も、すべて似たような柄の安物ばかり。これではシャルたその隣を歩くのに相応しくない。
――――とはいえ、買いに行く時間もないんだよな……。
待ち合わせの時間は、刻一刻と迫っている。
昨日までに準備を済ませておくべきだったのは分かっている。分かってはいたのだが、舞い上がり過ぎて意識から外れていたのだ。
くそ! こんなことになるなら、もっと女性経験を積んでおくべきだった。まあ、彼女を作ろうと思っても作れなかったんだけど……。
「……仕方ない」
このまま悩んでいたって、おしゃれな服が湧いて出てくるわけじゃない。
俺は諦めて、地味な色のシャツとズボンを手に取った。
寮を出た俺は、王都の中心にある噴水広場に向かった。
待ち合わせの時間までは、まだだいぶ余裕がある。シャルたその姿は、まだないようだ。
「……緊張する」
デート自体初めてなのに、その相手がまさかの最推しだなんて。
プレッシャーで押し潰されそうだ。立っているのもしんどいくらい足が震えて、思わず挙動不審になってしまう。
「――――シルヴァ」
「はいっ!」
突然名前を呼ばれて、声が上擦ってしまった。
「変な声。どうしたの?」
「い、いや……なんでもな……っ⁉」
「……?」
俺の前に現れたシャルたそは、いつもの勇者学園の制服ではなく、可愛らしい白いワンピースを着ていた。ゲーム中でアレンとのデートで着ていた、彼女のお気に入りの私服である。
まさか、俺とのデートにこの服を着てくれるなんて――――。
「し、シルヴァ……? 泣いてるの?」
「え?」
いつの間にか、熱い涙が頬を伝っていた。
どうやら感極まり過ぎたらしい。
「ごめん、あまりにも幸せ過ぎて……」
「まだ何もしてないのに……変なシルヴァ」
そう言いながら、シャルたそは楽しそうに笑う。
そもそも俺をブレアスの虜にしてくれたのが、このシャルたそだった。
まさに俺の天使。そんな天使が、俺に向かって微笑んでくれている。
こんな幸せ、他にあるだろうか?
「シルヴァ……なんか魂みたいなのが抜けてる」
「はっ⁉」
危ない、昇天してしまうところだった。
しかし、一瞬でも天に召されかけたことで、逆に緊張が解れた気がする。
「気を取り直して……おはよう、シャルたそ」
「うん。ごめん、待たせた?」
「全然、今来たばかりだよ」
まさか、俺がこのセリフを言うときが来るとは。
人生、何が起きるか分からないものだ。まあ、そもそも人生自体が二度目だけど。
「……何も考えず来ちゃったけど、今日はどうする?」
「商店街のほうに行きたい。新しくおしゃれなカフェができたって、友達が言ってた」
「分かった、いくらでも付き合うよ」
俺たちは、噴水広場からすぐのところにある商店街へ向かった。
王都の商店街は、広大なゼレンシア王国の中でも、もっとも規模が大きい。ここで揃わないものはないと言われるくらい活気に溢れ、連日多くの人で賑わっている。
「シルヴァ、こっち」
人の多さに呆気に取られていると、シャルたそが手を引いてくれた。
「どうしたの? シルヴァ。こういうところ、あんまり慣れてない?」
「あ、ああ……あんまり来たことなくて」
「そうだったんだ。じゃあ、私がエスコートする」
そう言って、シャルたそは気合を入れた顔をする。
情けない話だが、ここは素直に任せるとしよう。
「カフェが開くまで、まだ時間がある。それまで服とか、本とか見よう」
「分かった」
そうして俺たちは、商店街へと繰り出した。
「シルヴァ、この服どう思う?」
「エクセレントッ! 最高だと思います!」
「分かった、じゃあ買う」
シャルたそは、新しい服を買った。
「シルヴァ、このアクセサリーどう思う?」
「ファンタスティックッ! 抜群です!」
「分かった、じゃあ買う」
シャルたそは、新しいアクセサリーを買った。
「シルヴァが全部褒めてくれるから、全部買っちゃった」
隣を歩くシャルたそは、上機嫌な様子でそう言った。
何軒か回って買いものをした結果、俺の手には多くの紙袋がぶら下がっていた。
さすがは貴族の娘。
俺じゃ到底買えないようなものを、コンビニ感覚で購入していた。
念のため言っておくが、これは決してシャルたそが押しつけてきたわけではなく、俺のほうから持たせてほしいと懇願した結果だ。
シャルたその荷物係なんて大役、誰にも譲るわけにはいかない。
「そろそろカフェが開く頃なんじゃないか?」
「うん、行ってみよう」
シャルたそに案内してもらって、噂のカフェへと向かう。
人気店のようで少し並んだのち、店内に入ることができた。
内装は、現実のカフェと大差なかった。メニューにはケーキの他に、コーヒー、紅茶などの飲み物がある。現実に近い要素を見つけると、やはりこの世界は人の手で作られたゲームに基づいているのだと実感できる。
「いちごタルトが美味しいらしい。私はそれにする」
「じゃあ俺もそれで」
注文を終えてしばらくすると、タルトとドリンクが運ばれてきた。
ちなみにドリンクは、シャルたそが紅茶で、俺はコーヒーを頼んだ。
「シルヴァ、コーヒー飲めるんだ」
「ああ、まあね」
「すごい、私は苦いからにがて」
コーヒーを飲むと、前世のことを思い出す。
激務に苦しんだ、あの社畜の日々を――――。
転生できたからいいものの、もしもあれで終わりだったらと思うと、心底ゾッとする。
「最近、学園のほうはどう?」
「なんとか上手くやってる。……相変わらず、アレンはなんか変だけど」
どうやら、アレンへの好感度はずいぶんと低いままのようだ。
よほどバカな行動を取らない限り、学園内で出会えるキャラの好感度は勝手に上がっていくものなのだが、不思議なこともあるものだ。
「そうだ、聞いてほしい愚痴がある」
「え、どうしたの?」
「私以外のパーティメンバーが、毎日アレンとイチャイチャしている。そのせいで、最近すごく居心地が悪い」
「それは……付き合ってるとか、なのか?」
「多分……それなのに、アレンは私のことも誘ってくるから、とても困ってる」
「あー……」
ハーレムルートを目指すなら、緻密な好感度管理が必要になる。
全員の好感度を均等に上げつつ、間髪入れずに全員分の告白イベントをこなすことで、ようやく達成できるのだ。全員の好感度を上げ切る前に誰かと恋人になってしまったら、即アウト。すべてのヒロインが、ヒロインレースから身を引いてしまう。
「仲間としては、アレンのことはすごく信頼してる。でも、恋人がいるのにちょっかいかけてくるのは、普通に不愉快」
「アハハ、ソウダヨネ。ワカルヨ」
俺は冷や汗をかきながら、引きつった笑みを浮かべた。
ごめんなさい、シャルたそ。プレイ中は、俺も何度もやってしまいました。
「……それに私は」
シャルたそが、俺のほうをジッと見つめてくる。
その意図が分からず、俺は首を傾げた。
「――――まあいいや、なんでもない」
「き、気になる……!」
「時には言えないこともある。乙女心は複雑」
達観しているようで全然達観できていない顔をしたシャルたそは、優雅に紅茶を口に運ぶ。
そんな彼女越しに、俺は信じられないものを見た。
「……嘘だろ?」
「どうしたの?」
振り返ったシャルたそは、俺と同じ表情を浮かべた。
「シャルル……? シャルルじゃないか!」
噂をすればなんとやら。
そこにいたのは、たった今話題に上がっていたアレンだった。
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