第17話 モブ兵士、討伐する

 リルが向かった先は廃屋だった。

 大きな建物に囲まれ、日の光も届かずただ朽ちていくのを待つばかりだったそれは、不気味なオーラを放っている。


「なかなか趣がある建物ね」


「リル、ここから臭いがするの?」


 シャルたそがそう問いかけると、リルはひとつ鼻を鳴らした。

「そうだ」と言ったらしい。


「どうするの? アナタ。全員で突入する?」


「……いや、中には俺とシャルたそだけで入る。カグヤは外で待機していてほしい」


「その作戦で本当に大丈夫かしら。ひどいことを言うようだけど、それで昨日は取り逃がしたのよ?」


「分かってる。だから、今回は保険をかけたいんだ」


 何が待ち受けているか分からない狭い空間に、全員で突っ込むのは危険だ。

 臭いを追跡できるリル、リルを使役するシャルたそは、必ず突入しなければならない。そして、魔族を仕留める人間も必要だ。

 その役目は、敵の手の内を知った俺が相応しい。ていうか、絶対に俺がやる。

 元はと言えば、俺が取り逃がした相手なのだ。けじめをつけなければならない。

 ――――とはいえ、同じミスをしないとも限らない。だからこそ、保険カグヤが必要なのだ。

 魔族を仕留めきれなくても、外に追い出すことができれば、カグヤが必ず仕留めてくれる。


「カグヤの力は、ちょっと派手過ぎるしな。屋内戦闘は苦手だろ?」


「私のこと、よく知ってくれているのね。嬉しい、これが愛なの?」


「ちげぇよ」


「アナタの愛に応えるため、指示に従うわ。安心して? 虫の一匹も通さないから」


 微笑んだカグヤは、ふわりと浮かび、近くの建物の屋根に着地した。

 そして俺たちに向かってひらひらと手を振る。準備万端と言いたいらしい。


「シャルたそは、俺の後ろにぴったりとついて来てくれ。先頭はリルに任せたいんだけど……」


「大丈夫。リルは精霊だから、ちょっとやそっとの攻撃じゃ傷つかない」


「そうか、頼もしいな」


 精霊は、本来は実体を持たず、必要に応じて肉体を生成する。

 シャルたそによって呼び出されるたび、新しい肉体で顕現するため、本体である魂さえ無事なら何度でも蘇ることが可能だ。

 だからと言って、動物がひどい目に遭うのは勘弁願いたいものだが。


「リルも立派な俺たちの仲間だ。むやみに傷つけさせるわけにはいかないよな」


 頭を撫ででやると、リルは気持ちよさそうに目を細めた。

 こいつとシャルたそには、俺が指一本も触れさせない。そう胸に誓い、俺は剣を抜く。


「じゃあ、行こうか」


 そうして俺たちは、廃屋の中に足を踏み入れた。

 


 中は真っ暗で、このままではとても進めそうにない。


「リル、これを咥えてもらえるか?」


 俺は火のついたカンテラを、リルへと差し出す。

 すると、リルは持ち手の部分を口で咥えてくれた。これで俺の両手は自由になった。

 リルの鼻を頼りに、慎重に進んでいく。

 すると、急にシャルたそが俺の腕に抱きついてきた。


「え⁉ シャルたそ……?」


「……ごめん、ちょっと怖くなってきた」


 そう言いながら、シャルたそは怯えた表情を浮かべていた。

 この薄暗さに、どこから敵が出てくるか分からない状況……あくまで勇者候補・・であり、圧倒的に経験が不足しているシャルたそが怯えるのも無理はない。


「大丈夫。誰が相手でも、シャルたそには指一本触れさせない」


「……シルヴァ」


 シャルたそが俺の名をつぶやく。

 あまり気の利いたことを言えなくてすまない、シャルたそ。

 気休めでも、これで少しは安心してくれるといいのだが……。


「――――わふ」


 リルが小さく吠えた。

 どうやら臭いのもとが近くにいるらしい。

 目の前には、ボロボロの扉があった。


「間違いなくここだな」


 顔をしかめながら、俺はそうつぶやいた。

 俺でも分かるほどの、血と獣の臭い。間違いなく、ここに魔族がいる。

 

「シャルたそ、リルと一緒に下がってて」


「……分かった」


 俺の手を放し、シャルたそは扉から距離を取る。

 深く息を吸ったあと、俺は扉を勢いよく蹴破り、部屋の中へ飛び込んだ。


「シャァァアアアッ!」


「っ!」


 そこにいたのは、鋭い牙を生やした異形の化物だった。

 髪の毛が抜け切った頭に、まるで飢えに苦しんでいるかのような血走った眼光。ローブから伸びた腕の先には、変形して分厚くなった爪が生えている。

 このローブは、取り逃がした魔族が着ていたもので間違いない。


「ふー……」


 剣を中段で構え、ゆっくり息を吐く。

 相手は魔族、しかもレベル3。油断がそのまま死に直結する。

 だからこそ、何事に対しても冷静に、判断を間違えないことを心掛ける。

 跳びかかってきた魔族に対し、俺は剣を振る。

 一瞬の交差のあと、俺の剣は魔族の腕を肩口から斬り飛ばした。


「ギャァァアアア⁉」


 悲鳴を上げ、魔族は苦しむ。

 思っていたよりも脆い。これなら――――。


「ゼレンシア流剣術……!」


 床を抉るような軌道で、魔族を斬り上げる。


「〝脱昇だっしょう〟!」


 魔族の体から、勢いよく血が噴き出す。

 うめき声を上げながら崩れ落ちる魔族に対し、俺はとどめを刺すべく心臓に剣を突き立てた。一瞬大きく痙攣したあと、魔族は動かなくなる。

 

 ――――なんだ、この違和感は。


 不意を突いたとはいえ、あまりにも楽勝すぎる。

 偽物……というわけでもなさそうだ。斬った感触がそう言っている。


「……終わった?」


「ああ、なんとかな」


「すごい一撃だった」


「そ、それほどでも……」


 シャルたそに褒められて、頬を掻く。俺、本当に生まれ変わってよかった。

 しかし、感動している場合ではない。


「……」


「どうしたの? なんか浮かない顔してる」


「いや、なんというか……手ごたえがなくて」


 動かなくなった魔族を見ながら、俺はつぶやく。

 間違いなく違和感はあるのに、それがどこから来るものなのか分からない。

 この死体を詳しく調べれば、何か分かるだろうか?


「……シルヴァ、今何か物音がしなかった?」


「え?」


 シャルたそに言われて、俺は耳を澄ます。

 すると、廃屋の中で何かが動いた音が聞こえた。


「……確かに、何かいるな」


「探す?」


「ああ、もしかしたら、もう一体魔族が潜んでいるかもしれない」


 再びシャルたそを下がらせ、俺は物音がした方向へ進む。

 そこには扉があった。それはまだ風化せず、扉としての機能を保っていた。

 扉の前には、真新しい大きな木箱が積んである。配置からして、まるで何かを閉じ込めているような……。


「物音、そこから聞こえる」


「……木箱をどかす。シャルたそはまだ下がってて」


「分かった」


 俺は慎重に木箱をどかした。

 警戒を強めながら、扉を開け放つ。

 

「んー! んー……!」


「……え?」


 するとそこには、縄で縛られ、猿轡をつけられた数名の男女の姿があった。

 

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