第11話 モブ兵士、愛される
ブレアスにおいて、カグヤは当然ヒロインの一角を担っている。
その妖艶さと美しさに多くのファンが魅了され、何人もの神絵師たちが同人誌を描いていた。もちろん、俺もそれのお世話になった。
――――と、そんな話は置いといて。
「ずっとあなたを探していたのよ、私」
「だから……その理由を聞いてるんだけど」
「あなたに会いたかったからに決まってるじゃない」
「……」
穏やかな笑みを浮かべるカグヤに対し、俺は寒気を感じた。
ブレアスのメインキャラであるはずのこいつは、何故か俺に対して異常な執着を見せていた。先に言っておくが、決して俺から彼女に対して何かアクションを起こした覚えはない。好かれる覚えがないから、こんなにもビビっているのだ。
「東門にいるって聞いたから行ってみたのに、何故かいないし……仕方なく、あなたを探して街中を飛び回ったわ。でも、こうして会えたってことは、やっぱり私たちは、運命の赤い糸で繋がっているのね」
――――お前の運命の相手は、本来なら
そう言っても、絶対伝わらないんだろうなぁ。
「……仮にも、カグヤは特級勇者だろ? 俺みたいなうだつの上がらない門兵に執着したって、何もいいことないぞ」
「あなたのような気高くて強い男には、私のような美しくも儚げな女が似合う……そうでしょ?」
駄目だ、話が全然通じてねぇ。
ていうか、カグヤが儚いだと? 現在確認されている魔族の中で、もっとも強いとされるレベル4を、笑いながらグチャグチャにしたこいつが? 笑えない冗談である。
カグヤがいればこの国は安泰――――そんな風に言われるくらい、彼女はゼレンシア王国全土から崇められていた。比べるまでもなく、俺とは住む世界が違い過ぎる。
こいつとの出会いは、遡ること一年ほど前。
人手不足ということで、俺は新人勇者の魔族討伐任務に無理やり同行させられた。
しかし、その新人勇者は魔族相手にあっさり敗北し、命を落としてしまった。そこで俺は、仕方なくレベル2を討伐したのだ。
誤算だったのは、それを同行していたエルダさんに見られてしまったこと。
そして、応援に駆けつけたカグヤにも、ばっちり見られてしまったことだ。
以来、カグヤもエルダさんも、妙に俺に付きまとうようになってしまった。
ぶっちゃけ、ブレアスのキャラと交流できて、嬉しい気持ちもある。しかしそれ以上に、やはり本編への影響が心配だった。
「それで、どうして南門にいるの? 私に断りもなく」
「なんでお前に断りを入れる必要があるんだよ……」
「当然でしょう? 私はあなたの妻。どこで働いているのか、逐一知っておく必要があるわ」
「ねぇよそんなもん!」
カグヤは理解不能と言った表情で、首を傾げていた。
俺、間違ったこと言ってるのかな。
「……街中で魔族が事件を起こしてるらしい。その捜査に追われて、兵士の数が足りなくなってるんだ。東門はいつでも基本暇だから、南門の応援に行かされたんだよ」
「なるほど、そういうことだったのね」
「分かったら、ちゃっちゃと事件を解決してくれないか? 勇者様。一応それが仕事だろ?」
「嫌よ」
「……え?」
まさか拒否が飛んでくるとは思っておらず、呆気に取られてしまった。
「だって、あまり面白くなさそうなんだもの」
「……」
当たり前のように言っているが、本当にこいつは勇者なのだろうか。使命とか関係ないじゃん、もう。
「でも、あなたと一緒に捜査できるなら、協力してあげてもいいわ。ふふっ、初めての共同作業ね、
「や、やめろ……!」
あのカグヤから〝アナタ〟とか言われたら、好きになっちゃうだろ。
こっちはシャルたそ一筋で生きてきたのに……!
ちなみに、ゲームではカグヤルートもしっかり周回しております。シナリオがいいんだよね。でも浮気じゃないから。
「そもそも俺は街の警備担当じゃないから、捜査には加わらない。ほとぼりが冷めるまで、南門で激務に追われているだけだ」
「あら……あなたほどの人を門兵にしておくなんて、あの騎士団長さんは相変わらず何をやっているのかしら? もしかして無能なの? 脳みそにカビでも生えているのかしら」
カグヤがぷんすこしながら、毒舌をまき散らし始める。
俺がひたすら断っているだけで、エルダさんはちっとも無能ではないのだが、ここで庇うとカグヤがまた面倒臭くなりそうだから、口を閉じておく。
「――――おい、新入り」
俺たちがそんな話をしていると、持ち場のほうからクロウ先輩が歩いてきた。
いけ好かないこいつと話すのは苦痛でしかないが、仕方なく対応することにする。
「ど、どうかしましたか?」
「第一騎士団長がお前をお呼びだ」
――――またかよ。
エルダさん、今度はなんの用だろう。
「大方、仕事ができなさすぎてクビでも宣告されるんじゃないか? ざまあない――――って……」
クロウ先輩の視線が、俺の隣にいたカグヤへと集中する。
「まさかこんなところで君のような美女と出会えるなんて……オレはクロウ。君の名前を聞かせてもらえないかな?」
彼はすぐにモードチェンジすると、カグヤに対して握手を求めた。
カグヤは首を傾げたあと、その握手に応じる。
「カグヤよ。悪いけど、ナンパなら間に合ってるわ。私にはもう素敵な旦那様がいるから」
「カグヤって……まさか」
カグヤに手を握られたクロウ先輩は、その肩をビクッと跳ねさせる。
そして恐る恐ると言った様子で、カグヤの顔を覗き込んだ。
途端、クロウ先輩はヒュっと息を吸い、顔を青くした。
まあ、当然の反応だな。まさかこんなところに特級勇者がいるだなんて、誰も思わないし。
「こ、これは失礼しました……で……では……」
冷や汗をダラダラとかきながら、クロウ先輩は背を向けて走り去っていった。
あの女たらしを撃退してしまうとは。カグヤ、恐るべし。
「ブドウみたいな顔色だったわね、彼。面白い人」
「元々嫌いなやつだけど……ちょっと同情しちまったよ」
相手はちゃんと選んだほうがいいぞ、クロウ先輩。
「それで、頭にカビの生えた騎士団長様が、アナタを呼んでいるようだけど……」
「それ、エルダさんの前で絶対言うなよ。二人の喧嘩の仲裁役だけは御免だぞ」
「あら、知らないの? 争いっていうのは、同じレベルの者同士でしか生まれないのよ」
「俺からすれば、どっちも同じバケモノレベルだっつーの……」
「まあ、アナタとなら喧嘩できるかもしれないわね。世界を揺るがす夫婦喧嘩、してみる?」
「最悪のお誘いだよ……」
それならまだ、エルダさんのところに逃げ込んだほうがマシかもしれない。
たとえそれで騎士団に入ることになったとしても、こいつと正面から戦うことになるよりはいい。
「はぁ……ひとまず、上司に呼び出された以上、行かないって選択肢はない。俺は今から騎士団本部に向かうから、カグヤはもう帰れ」
「嫌よ」
「なんでだよ⁉」
思わず大きな声が出た。
どこまで強情なのだろう、こいつは。
「夫が他の女のところへ行くのに、黙って送り出せるわけがないでしょう? 当然、私もついて行くわ」
「意味ねぇだろ……それ」
「意味ならあるわ。だって、面白そうなんだもの」
そう言いながら、カグヤは微笑みを浮かべた。
レベルをカンストした顔から放たれる笑みは、俺の心を強く惹きつけるのと同時に、これから始まる新たな波乱の幕開けを匂わせていた。
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