第12話 モブ兵士、命令される

「……どうしてその女がいるんだ?」


 エルダさんのもとを訪ねた俺は、小さくため息をついた。

 俺の隣には、宣言通りカグヤがいた。


「あら、私がどこで何をしていようが、あなたには関係のないことでしょう?」


 そう言いながら、カグヤはこれ見よがしに俺の腕に抱きついてくる。

 柔らかな感触が、俺の理性を蹂躙する。この女に近づくとろくなことがないと分かっているのに、本能が抗えない。オタクとは本当に難儀な生物である。


「離れろ貴様ら! ふ、不埒だぞ!」


「あらまあ、ただ身を寄せているだけよ? 決して不埒な行為ではないわ。ね、アナタ」


 エルダさんの反応で気をよくしたのか、カグヤはさらに身を寄せてくる。

 冷静になるのだ、シルヴァ。こいつは人が動揺しているのを見るのが好きな、真正のドS。狼狽えれば狼狽えるほど、カグヤを喜ばせるだけなのだ。


「……そうですよ、騎士団長。俺たちはただ身を寄せているだけ。問題になるような行いではありません」


「鼻血出てるわよ」


「おっと……」


 ――――体は正直だったか。


「いいから離れろ! これから真面目な話をするんだ!」


「相変わらずお堅いわね、騎士団長さんは……」


 カグヤが俺から離れる。

 これは決してエルダさんの意思を汲んだわけではなく、こうしていることに飽きたというだけだろう。この世界に生きる者の中で、カグヤは誰よりも気まぐれなのだ。


「はぁ……シルヴァ、貴様はもう少し付き合う友人を選んだほうがいいぞ」


「き、気を付けます」


 俺はカグヤのことを好意的に思っているが、友人とは思っていない。その理由は単に俺がオタクという立場にいるからに他ならないが、この距離感を見たら、親しい関係に思われてしまうのは仕方がない。むしろ距離を取りたいと思っていると言っても、誰も信じてくれないんだろうな……。


「……早速だが、本題に入らせてもらう」


 エルダさんがそう切り出すと、ピリッとした空気が辺りを満たした。

 

「ここ最近、街の中で起きている事件については知っているな」


「はい〝吸血鬼〟の話ですよね」


〝吸血鬼〟とは、巷で起きている魔族事件における犯人の通称である。被害者は二人。どちらも血を失った状態で発見されたため、その通称で呼ばれるようになった。


「おそらくだが〝ブラッドバット〟から進化した魔族だろう。この辺りで吸血能力を持つ魔物は、ブラッドバットだけだ」


 魔物の進化形である魔族は、魔物のときの習性をある程度引き継ぐことが分かっている。俺もこの事件は、ブラッドバットから進化した魔族が起こしているもので間違いないと思う。


 この事件は、ブレアス本編のイベントにないものだ。

 チュートリアル中の会話で軽く触れられた程度の事件のため、俺も詳細は知らない。

 つまり、メインキャラたちが奮闘することなく、あっさり解決した事件ということだ。魔族が討伐されるのも、時間の問題だろう。


「人の生活に紛れ込んでいることから、魔族のレベルは3以上と推定される。連日の捜査でほとんど尻尾を見せないことも考えると、かなり厄介な相手と見ていいだろう。故にひとグループにひとり、二級以上の勇者をつけている」


 妥当な判断だと思う。騎士十人程度では、レベル3の魔族は相手にできない。二級勇者が入って、ようやくトントンといった具合だ。

 しかし、二級以上の勇者の数は、かなり限られている。自由に動ける勇者が少ないため、捜査部隊の数も減らさなければならない。捜査が難航するのも無理はない。


「……そこでシルヴァ、貴様の出番というわけだ」


「……魔族探しのノウハウなんてありませんが」


「構わん。とにかく人手が足りないのだ。単独行動でもいいから、捜査に加わってくれ」


「単独行動って……」


 騎士団でも見つけられない敵を、ひとりで探してどうこうできるとは思えない。

 まさか、何かと口実をつけて、また俺を騎士団に引き込もうとしているのか?


「なんだ、その疑いの目は」


「いえ……先に聞いておきたいのですが、やましい気持ちはないんですよね? 純粋に手が足りなくて、俺に指示を出しているんですよね?」


「あ、当たり前だ! 別に私は、これで貴様が活躍して周りからの評価も上がって騎士団に勧誘しやすくする〝外堀埋め大作戦〟を決行しているわけではないぞ!」


「全部言ってんじゃねぇか」


 油断も隙もねぇな。

 ただ、これが命令なら断ることはできない。

 どうせ単独行動が許されるなら、だらだらパトロールでもしていればいいわけだから、今の南門の仕事よりは楽になるはず。

 正真正銘の給料泥棒として、甘い蜜を啜るのも悪くないか……どうせ間もなく解決する事件だし。


「……分かりました。引き受けます」


「よく言ってくれた! 貴様のような忠実な部下がいてくれて嬉しいぞ!」


 エルダさんニッコニコで草。

 しかし、これで万が一にも魔族と鉢合わせてしまったときはどうするか。

 

 ――――討伐するしかねぇよな。


 俺が介入したことで、もしかするとこの事件が本編に影響を及ぼす可能性がある。

 鉢合わせたときは、その場で討伐して、本編通りあっさり解決という形にすべきだろう。俺の評価が上がってしまうことについては、あとで考えればいい。


「シルヴァが参加するなら、私も参加するわ」


 これで話は終わりと思われたそのとき、カグヤがそんな風に言い出した。


「……貴様が、この吸血鬼の事件に参加するというのか?」


「ええ、勇者としての責務を果たそうと思って」


「それは……特級が加わってくれるのであれば、こちらとしてはありがたいが」


「ただし――――」


 カグヤは再び俺の腕に抱きついてくる。

 目を丸くする俺たちをよそに、カグヤは言葉を続けた。


「私はシルヴァと行動するわ。だって、ひとりなんて可哀想だもの」


「ま、待てカグヤ……! それでは私の〝外堀埋め大作戦〟に支障が出る!」


「知らないわ、そんなの。私はシルヴァと一緒にいたいだけ。彼と一緒なら事件解決に協力してもいいけど、そうじゃないなら関わるつもりはないわ」


「ぐぬぬ……」


「まあ、あなたが首を縦に振らなくても、私は勝手にシルヴァについていくけど。どうせ結果が同じなら、協力を仰いでおいたほうが得ではないかしら?」


 そう言いながら、カグヤは恍惚とした笑みを浮かべていた。

 きっとエルダさんの悶々とした顔を見て、己の欲を満たしているのだろう。

 ああ、なんとも性格の悪い女だ。しかし、俺のオタクの部分が、この〝カグヤらしさ〟に興奮を覚えてしまっている。そうそう、この表情なんだよなぁ。


「……分かった。それでいい」


「賢い人は嫌いじゃないわ」


「貴様が正義感に目覚め、他の部隊を率いてくれたほうが、事件解決は早まると思うのだが」


「いやよ、そんなの。だって面白くないもの」


「身勝手なやつめ……!」


 俺にとっては、どっちもどっちですけどね。


「とにかく! シルヴァ、まずは捜査会議に出席し、詳しい捜査状況と担当エリアを把握してこい」


「え……単独で捜査するなら、別に出席の必要もないんじゃ……」


「上司命令だ」


「…………チッ」


「舌打ちするなぁ! 上司の前でぇ!」


 そう叫びながら、エルダさんは机をバシバシと叩いた。

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