第10話 モブ兵士、見つかる
「はぁ……」
いつかと同じように、俺は盛大なため息をついた。
俺がいるのは、いつもの持ち場である東門ではなく、人通りが激しい南門だった。
何故俺がここにいるのか、その理由は単純。南門の人手が足りなくなったため、応援に行くようエルダさんから頼まれたからだ。
街中で魔族の仕業と思われる事件が発生し、そちらに人手が割かれているようだ。
〝楔の日〟以来、こういうことが多発している。勇者や騎士団は、血眼になってその原因を探っていた。大変そうだが、ここまでは本編通りに進んでいるため、俺は何も告げ口しない。この件は、元々この世界で生きている者たちの手によって解決するはずだ。
まあ、こうしてその余波を受けてしまったのは、大きな誤算であったが……。
――――本当は今頃、いつも通り雲を数えてのんびりしていたはずなのに。
渋々ではあるものの、俺はエルダさんの頼みを受け入れた。
エルダさんからの勧誘を断り続けたことが負い目となり、受けないという選択肢を選ぶことができなかったのだ。ここまで彼女が計算していたんだとしたら、そのときは素直に褒め称えよう。この悪女め、と。
――――つーか、どこまで続いてんだ、この列。
南門の前には、行商人や他国の者がずらっと並んでおり、王都に入るための手続きを行っている。これがまた時間がかかるのだ。交代の時間が来るまで、おそらく延々と身分を確認し続けるだけの作業が続くことだろう。
まあ、それも数日の辛抱だ。事件が解決すれば、元の暇な門兵に戻ることができる。労働なんてクソくらえ。俺は雲を数えてお賃金をもらうんだ。
「おい、新入り。さっきから手が止まってる」
「……はっ⁉ す、すみません」
隣にいた先輩兵士に声をかけられ、俺はハッとする。
いつの間にか現実逃避で意識を飛ばしていたらしい。
俺は慌てて通行人の身分を確認する作業に戻る。
――――怒られちった。
反省を活かし、今度はちゃんと通行人を捌きながら、チラリと隣を見る。
俺に注意してくれたこの男は、クロウと言うらしい。元から南門警備を担当している先輩兵士で、甘いマスクが特徴。確かに顔は跳び抜けて整っているが、正直あまり好感は持てない。
その理由は、通行人の性別によって、態度を大きく変えるところにある。
「君、どこから来たの?」
ちょうど彼の前に、女性の通行人が来た。
「と……隣町です……」
「ふーん……可愛いね。お名前は?」
「へっ⁉ そ、そんな……ユリアです」
「ユリアちゃんか、いい名前だね。王都へはなんの用事で?」
「商店街の花屋に、仕入れをお願いされて……」
「なるほど、どうりで君から甘い香りがすると思った」
「ひゃっ……! だ、駄目ですよ……こんなところで」
クロウ先輩が顔を近づけると、女性はまんざらでもない表情を浮かべながら、わずかに顔を逸らした。
「よければ今度お茶でも行こうよ。オレはクロウ。覚えてくれると嬉しいな」
「も、もちろん……!」
「ありがとう。では改めて……ようこそ王都へ。あなたを歓迎します」
お決まりの言葉と共に握手を交わし、女性は門を潜る。
姿が見えなくなるまでの間、彼女は何度も振り返っては、クロウ先輩の姿を確認していた。
ここまでは、まあ、別にいい。通行人の捌き方なんて人それぞれだし、要は不審者さえ街の中に入れないようにすればいいだけだ。彼は立派に仕事をしている。
しかし、問題はここからだ。
クロウ先輩の前に、今度は男の行商人が現れる。
「……名前は?」
「ブレッサです。王都には自慢の宝石を売りに――――」
「ふーん、通行許可証ある?」
「は、はい……」
「…………はい、オーケー。さっさと入れ」
ほとんど目を合わせず、握手もせず、クロウは行商人を街の中に入れた。
お分かりいただけただろうか、この雑さを。
女性と男性で、態度が丸っきり違う。最初見たときは、別人が対応しているのかと思ったくらいだ。
「……何見てんだよ」
「あ、いや……その、男性にももう少し優しく対応したほうがいいのではないかと」
「うるせぇよ。新入りのくせに意見してくんな」
――――この野郎。
見下すような視線を向けられ、俺はなんとか笑顔を保ったまま、拳をぎゅっと握りしめた。落ち着け、我慢だ、我慢。殴っちゃだめだぞ、シルヴァ。
そう、冷静に考えよう。俺はこいつのことを知らなかった。つまりブレイブ・オブ・アスタリスクの世界では、俺と同じモブキャラということだ。そう考えれば、心も落ち着く。なんたって、ただのモブだ。こいつが何をしようとしまいと、この世界にはなんの影響もないわけだ。
「いるよな、そうやって自分がモテないからって僻んでくるやつ」
モブ野郎が……。
同じモブ同士、どちらが上か分からせてやりたくなってきた。
「新入り! 交代の時間だ!」
「……承知しました」
ようやく交代の時間が来た。
俺はあとから来た別の先輩と交代し、持ち場を離れた。
門から少し離れたところの壁まで移動し、人の気配がないことを確認する。
そして鎧を外し、勢いよく地面に叩きつけた。
「ファ〇ク!」
つい修正が入るような言語を吐いてしまった。
忙しさとあのモブ野郎のせいで、イライラしていたのだ。
別に、男女で対応が違うくらいなら構わない。しかし、その態度に怒りを覚えた通行人への対応を、やつは俺に丸投げするのだ。
前世で経験したクレーム対応を思い出して、胃がキリキリする。
仕事が終わったら、教会にでも行ってお祈りしよう。
いつかあのクソモブが、自分が弄んだ女に刺されますようにって。
「はぁ……ん?」
城壁の際に座り込み、空を見上げる。
すると、遠くに小さな点が見えた。その点は徐々に大きくなり、俺のもとに向かって飛んでくる。
「おいおい……!」
慌てて避難しようとするが、そうする前に、小さな点だったものは目の前の地面に着弾した。
土埃が舞い、思わず咳き込む。
やがて土埃が晴れると、そこにはひとりの少女が立っていた。
「……やっと見つけたわ、シルヴァ」
「お、お前……」
長い紫色の髪に、妖艶な印象を持つ泣きぼくろ。大きな羽織と、厚底のブーツ。まさしく彼女は、俺の知り合いだった。
「な、なんの用だ……カグヤ」
「なんの用だなんて……愛すべき
そう言いながら、彼女はじりじりと距離を詰めてくる。
先に言っておくが、俺は結婚なんてしていないし、まだ恋人すらいない。
自称俺の妻であるこの女の名は、カグヤ。
三級から一級まで位づけされた勇者の中で、〝特級〟という規格外の称号を与えられた、正真正銘の
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